第4話 禁術
買い物へ向かっていたバーラの夫であるマルガは、先程行われていた”英雄の戦い”を歩きながら頭の中で繰り返し再生させていた。
生きていく中で一度見るか見ないかぐらいの歴史的な戦いを、この自身の目で見たのだ。
当然テンションは上がり足取りも速くなる。
王宮付近を通ったマルガは色々怒号や叫び声が響いているのを耳にし「騒がしいな」と思いつつも、買い出しのついでに向かっていた。
すると王国兵達が罪もない国民達を捉え、嫌がる国民達に無理やり奴隷紋を付けていたのだ。マルガはいち早く気付き逃げようとしたが王国兵に「逃亡者がいるぞ!捉えよ!」と増援を呼ばれ追いかけ回され家の方まで必死に逃げていた。
マルガの使用した風属性魔法によって多少距離を離したがまだ追いかけられているに違いない。
家に入るや否やバーラとマーラに何が起こっているのか説明する暇もなく「南にあるユーム村に逃げろ、後から追いかける」と吐き捨て二人に《クイック》という速度上昇魔法を付与しバーラには緑の石を渡した後、マルガは進むべき逆方向の方角へ駆け出す。
バーラは何が起きているのか理解が出来なかったが夫であるマルガが必死の形相で「逃げろ」と言っているのだ、後から理由を問いたださなければと誓いながらユーム村に向かう為、全力で走り始めた。
「これで家族は守れるはずだ」
と笑いながら言葉を吐き捨てるマルガの目の前には王国兵が三人剣を構えており、彼らを相手に時間を稼ぐ事すら難しかった。王国兵はギルドランクで言う”C”級に位置していて、かなりの手腕が軍に配属されるのだ。しかしマルガのランクは”E”、到底勝てる訳が無いのだが彼は隠し続けた”禁術魔法”があった。
彼の信仰する神は”邪神教”。
マルガは結婚前に邪神教の神官を務めていており、その際に自身が管理する資料室で過去の文献を目にした事があるマルガは、禁術魔法の使用方法を頭に覚え、書物を自宅の地下倉庫へ移し、悪用の危険性を考え秘匿してきたのだ。
「副作用にビビってしまうな。しかし家族の為だ使わざるを得ない……か。許してくれ、バーラ。後できっちり謝るよ」
そう決意を固めたマルガは秘匿にしてきた禁呪魔法を使う。
「禁術魔法《鬼神変術》」
そう言い終わった途端足下に赤黒い魔法陣が展開されマルガは痛み耐える為に叫びながら自分の腹にナイフを無理矢理ねじ込み、裂けた腹の穴から臓物を取り出し気絶する前に白目を剥きながら魔法陣に投げ捨てる、突然の狂気を目にした王国兵達は戸惑いを隠せず慌てた様子で警戒する。
すると途端マルガの全身を黒いもやが覆い始め周りの空気は振動し、骨がミシミシという音を立てながら全身を巨大にしていく。最終的に全身が5mにもなる巨大な化け物に変身した。
王国兵達は目を見開き絶句する。
「おい、お前達あれはなんだ……」
「分かりません、私も見た事がありません!」
「一度だけ文献で見た事がある……あれは鬼神だ」
--フゥゥゥゥゥゥ
黒いもやが四散し姿を表したのは”鬼”だった。
彼が使った禁術は、自身の臓物を生贄に使用する事でA級冒険者でやっと渡り合えるようなる《鬼神》に成り替わる禁術だ。
到底Cランクの実力しか持たない王国兵にとっては、目の前の鬼が”死神”にしか見えなかった。
殺される……かといって王宮に逃げ帰ったとしてもあの不条理な”転生者”に処刑される未来しか見えない彼らは撤退する事すら許されない。
『ドンナ事情ガアロウト、家族ニ手ヲ出ス者ハ許サナイ。王国兵モ落チル所マデ落チタ者ダ、身ヲ犠牲ニシテデモ国民達ヲ守リ抜クノガ王国兵ノ信条デハナカッタノカ?』
王国兵達はまるで、心を見抜かれているようなギラリと揺らめく紅い目を見据えて口を開く。
「私達も善良な国民に対してこんな事はしたくないのだ……だが私達にも守るべき家族がいる。国民と家族を天秤にかけて、どちらを優先して守るべきかは当然お前にも分かるであろう。私達はあの”転生者”に従うしかないのだ。どれだけ非人道的な事を行なってもな」
そう濁った目で「やるしかない」と決意を決めている王国兵達を前にマルガは「引クツモリハナイノダナ?デハ始メルゾ」と”転生者”により引き起こされた醜い戦いの火蓋を切り出した。
王国兵達は隊列を整え正面からの攻撃を防ぐ為盾を構える。
しかし、彼らには攻撃を防いだ後攻撃へ転じたとしても勝てるビジョン見えないのだ、それ故に王国兵の一人がある作戦を耳打ちで伝える。
「私が前線へ飛び出し敵を引きつけます。その内に二人は左右二手に別れて側面への攻撃を行って下さい。チャンスは一度きりです」
それは自殺する事と同義だった。
だが恐怖に支配され逃げ帰ったとしても結局はゴミのように殺されるのであれば胸を張り、自身の仕事を全うして死ぬ方がよっぽど良かった。
そして目配りで合図をした王国兵の一人が飛び出す。
--ウォォォォォォォォォッ!
マルガに対し全力で直線を走り切り込む王国兵を二人が左右から挟み己の全力をぶつける。
「《剛剣斬》!」
「《居合斬り》!」
--ズシャア……
彼らは音を聞き取り、敵に確実に致命傷を与えたという手応えを得たが何かがおかしいと感じる。
『オ前ラ王国兵ハマダ決意ガ足リナカッタナ』
そう答えたマルガは傷一つ付いていない。
「何故だ?」と自身の全力をぶつけて手応えを感じた王国兵は、ふとマルガの手元を目視し絶望する。
先程攻撃を当てたように確信した王国兵だったが、マルガは一瞬で目の前の王国兵を掴み敵の攻撃を、前線へ突っ込んで来た王国兵に当てさせ盾にした、つまり同士討ちさせたのだ。
『国民ヲ守リ抜ク立派ナ職業を選ンダノハオ前達自身ダ。国民ハ愚カ家族スラ守レナカッタ自身ヲ地獄デ恨メ--《死ノ炎》』
マルガが手のひらを王国兵達に向けると黒い炎が王国兵を蝕み、身体の内側から黒い炎が燃え盛る。彼らは、内臓がどろどろと溶ける痛みを味わい全身を引っ掻き、もがき苦しんだ。
『コノ身体ガ持ツ内ニ急ガナクテハナ』
--マルガは空を仰ぎ、家族がどうなったのか思考する。
そして王国兵が動かなくなるまで見届ける事も無くマルガは南へ進んだのだった。