『僕の言葉は、伝わらなかった』
僕は彼女の事が嫌いだった。
日浦透子。
彼女とは登校時、ごくたまーに顔を合わせる。
僕に向ける、その表情が嫌いだった。
辛かった。
僕だけの為に、そんな表情を。
だからいつも仏頂面で。
「おはよう」
「天野くん、おはよ!」
彼女は健康そのものだった。
毎日元気に登校して。
毎日給食をおかわりして。
毎日部活に出て。
毎日毎日、しっかり学校に来た。
放課後、廊下で顔を合わせると、いつもの元気な表情だった。
僕も同じ、元気な顔を返した。
彼女は。
「大丈夫だから、そんな顔しないで」
彼女は元気をなくして、少しだけ寂しそうな顔になった。
僕はそんな彼女を、励まして元気づける事はできなかった。
「ありがとう」
彼女はそう言って、一人で帰った。
ある日。
気まぐれで、僕は病院にゆっくり向かった。
透子が居た。
元気の塊の透子が。
彼女はこう言った。
「ごめんね、最近あんまり一緒に居れなくて」
そうだ……。
最近あんまり一緒に居られない。
寂しい。
僕の言葉は伝わらなかった。
「ありがとう。君はいつもそうだね」
病室に、僕だけじゃなくて彼女の笑い声も響いた。
またすぐに会える。
それが嬉しくて。
「天野くん。最後だから言うね。…………大好きだよ」
僕は、笑った。
笑いながら、泣いた。
「これからも、ずっと一緒だよ。私の事、忘れないでね」
もっと、言ってくれ。
頼むから、その元気な声を、出してくれ。
「君の言う事はいつも変だったけど、私にはちゃんと伝わってた」
もう、喋るのも平気なはず。
もういいんだよ。喋って。
「私はずっと、君の事を見てた。君は本当は、本当に正直者なんだ」
『僕の事を全部見てくれない。だから僕は君の事がずっと大嫌いだったんだ』
「ありがとう。天野くんと過ごした日々は、本当に……楽しかった……」
翌日。
彼女は、生きていた。
だから僕は、これからもずっと正直に生きると決意した。
彼女の事を忘れる為に。
元気な君だけが、ずっと僕の事をわからなかった。
『そう、だから僕は、ずっと君の事が嫌いだったんだ』
僕は空を見上げないで、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、前だけを見た。
これが僕である天野弱の、長い物語の幕開けだった。