4 反転の木曜
木曜日
私の人生が反転する。
「じゃぁ、そういうことでお願いします。」
大阪での仕事が終ったのは予想よりもかなり早かった。
これなら帰りの新幹線をだいぶ早めることができる。
帰りは夜かと思ったけど夕方くらいには東京に着きそうだ。
夕食はあたしが作ろうかな。
良太、驚くかな。
思いのほかうまくいった仕事。
機嫌は上々だった。
帰り際スーパーで食材を買って家路を急いだ。
家について玄関を開けようとしたら開いていた。
おかしいな。まだ、この時間だったら良太は帰ってないはず。
そう思った。
玄関には良太の靴と私の靴じゃないハイヒール。
嫌な予感がした。
「・・・・・・・」
そのままリビングへつづく廊下の途中にある寝室から女の嬌声と荒い息、ベットの軋む音がする。
少し開いた寝室のドア。
つばを飲み下してドアを引き開けた。
知らない女とヤッてる私の彼氏。
「なにしてるの?」
見ればわかるでしょ?
「だれ、その女。」
浮気相手でしょ。
頭は思ったより冷静だった。
二人は行為をやめて私に驚いてる。
「朝子!!」
「キャッ!」
「ねぇ、なにしてんのよ。」
「いや、これは・・・・その・・」
焦るベットの上の二人。
「仕事中じゃなかったの?今日会社は?ねぇ?」
焦ってる良太。
その間、女はさっさと服を着だしててバックを転がってた引っ掴むとこの部屋から逃げ出した。
横を通り過ぎた時ふわっと香った甘い香水の香り。
わたしより若い女だった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
苦しい沈黙があたりを包む。
頭は何も考えられなかった。
ただ、今この男の顔なんて見たくないと頭ががんがんと命令を散らしてる。
ソレをかろうじて受けた体は普段使いのバックを引っ掴んだ。
あたしが動きだしたのに会わせて全裸の男も動いて私の腕をつかんだ。
「朝子!」
「離して!!あんたの顔なんて見たくない!汚い手で触るな!」
「朝子・・・」
「なんで浮気なんてしてんのよ。どうしてここなのよ。どうして今なのよ!!アホじゃないの?!バカなの?!なんであんな・・・・」
一気にせり上がった言葉を羅列したらなんだか滑稽で一緒に涙が出てきた。
あぁあたしは今裏切られたのか。
なんだか濁流のような感情やら思考やらがめちゃくちゃでその場に泣き崩れた。
「ごめん。」
「謝るならすんなよ!クソ野郎!」
「・・・・・ごめん。もう、終わりにしたい。」
「・・・・・・は?」
涙が止まった。何をいってるんだ。この全裸の男は。
修復する気もないんだ。
ホントに思考が真っ白になった。
「あの女?」
「いや、違う。もう、おまえとやっていかないという意味だ。」
「え、は?・・・・え・・・・?」
「おまえ結婚したがってただろ?俺は、まだ結婚したくない。まだ、遊んでいたいんだ。浮気はわざとだ。こうしたらおまえは俺と別れてくれるだろう?」
何を言ってるんだろう?
「俺とおまえは順調でこのまま行ったら結婚してしまう。ソレが俺は嫌なんだ。今日は賭けに出たんだ。おまえがもし現場を押さえたら別れようって。」
「そう・・・・なんだ。」
涙もとまって口からこぼれたのはそれだった。
茫然とする私の横で良太は服を着た。
その着た服がそういえばこないだのデートの時と同じ服だとかわけのわからないことを考えてた。
彼は私と目線を合わせると真剣な顔で・・・
告白された時と同じくらい真剣な顔で・・・
「俺と別れてくれ」
そう言った。
私はただうなずくしかなかった。
縋りつくことも大きな声で泣きわめくこともできなかった。
ただ、頭を一回縦に振るのが精いっぱいだった。
ホントは振りたくないのかもしれない。条件反射なのかもしれない。
でも、横に振る選択肢はあたしにはなかったんだと思う。
彼は、ソレを見た後立ちあがって去っていった。
「荷物はおまえのいない時に取りに来る。鍵はその時玄関のポストに入れておくよ。それから、二人で貯めた金はおまえにやる。」
そう言って立ち去った。
暗い部屋、私とじゃない情事のあとが微かに残る部屋に私は残された。
バタンと閉まるドアの音がやけに耳について私は一筋だけ涙を流した。