もしも、昔話のおばあさんがヤンデレだったら
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
ある日、おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へと行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、上流からどんぶらこどんぶらこと流れてくる桃があるのに気が付きました。
それも、とてもおおきな桃です。
おじいさんに食わせてやろうとおばあさんは桃を持ち帰ることにしました。
家に帰りおじいさんの帰りを待って、桃を包丁で切ると、なんと中から「おぎゃあ」と赤ん坊が生まれてきたではありませんか。
かわいいかわいい、と赤ん坊を見て言うおじいさんに、おばあさんは一気に赤ん坊が憎らしくなりましたが、熟年結婚した夫婦に子はありませんでしたので、大変喜んだおじいさんにその気持ちはどうでもいいこととしました。少し、おばあさんも負い目を感じていたらしいのです。
その嫉妬心から赤ん坊に「桃からうまれた桃太郎」というとんでもないセンスの名前をつけたおばあさんでしたが、考えてみればこのおばあさんにしては非常に生易しいものでした。おじいさんのネーミングセンスはないに等しいものでしたので、問題にはなりませんでした。
のちに成長した桃太郎はこの名前を不満に思うのですが、そのころにはおばあさんの性格を察知していた桃太郎としてはこの程度で済んでよかったと、その命拾いに胸をなでおろしたそうです。
とある日、おじいさんが怪我をしたスズメを拾ってきて、治療を施すことになりました。おじいさんはスズメをおちょんと名付けて大層可愛がりました。
おばあさんの嫉妬深さに幼いながら気が付いていた桃太郎は戦々恐々とその様子を伺っていましたが、ついにおばあさんはすずめのおちょんに嫉妬して、家を追い出してしまいました。おじいさんには「あの子が備蓄の米製の糊を食べてしまうものだから、困ってつい怒鳴ってしまったら逃げ出してしまった」と泣き出す演技までしてみせます。勿論、幼いながらおばあさんが包丁で脅しつけておちょんを追い出したことを知っていた桃太郎でしたが、黙っていました。
しかし、数日後、おじいさんがスズメの里を見つけたとかいうもんだから大変です。そこでたいへんなもてなしを受けて、小さいつづらまで貰ってきたと嬉しそうに語るおじいさんに、おばあさんは告げ口はされなかったのかと一安心しましたが、このままではいつバレるかわかりません。
おじいさんに向かって申し訳なさそうに「おちょんにいきなり怒鳴って悪かったと謝りたいから里の場所を教えておくれ」とまんまと里の所在地を聞き出したおばあさんはすぐさまスズメの里へ向かいました。
おちょんは親類にも告げ口していなかったらしく、スズメの里の者たちはおばあさんの口上を聞いていたく感謝すると、おじいさん同様のもてなしをおばあさんにしました。
しかし、最後におちょんが「お土産に」と持ってきた大きいつづらと小さいつづらを見て、おばあさんの顔の色が変わりました。何と大きいつづらにたくさんの妖怪の気配がするではありませんか。きっとおちょんはフェアプレイをしようというのです、おばあさんへの復讐は自分の手だけを汚して行おうというのでしょう。おばあさんが大きい方のつづらを持って帰る道中で開けてくれれば、そのままおばあさんは死に曝されます。しかも、妖怪のせいにすればいいので、証拠も残りません。一瞬でそれを察知したおばあさんはにこりと笑って大きい方のつづらを選びました。
大きい方のつづらを受け取ったおばあさんはというと、まんまとその場でそれを解放しました。つづらから現れた妖怪の群れに、一気にハチの巣を突いたような騒ぎになった里の大混乱に乗じてまんまと逃げおおせたおばあさんは何食わぬ顔で家へと帰りました。
どこかで「鬼畜や! 悪役や!」と叫ぶ桃太郎がおりました。
また、ある日、おじいさんのために丹精こめて握ったおにぎりをおじいさんが落としてしまったところ、ねずみたちに食われたとおじいさんに聞いたおばあさんは、「そのかわりにねずみたちは呑めや歌えやの接待をしてくれたんじゃ」とフォローするおじいさんを尻目に、「それはよかったですね」と一旦は笑顔で納得するふりをして、心の中でとある計画を練っていました。
数日後、おじいさんから聞いたねずみたちの巣であるという穴の前におばあさんの姿がありました。その手にはおにぎりがあるではありませんか。おばあさんが大声で叫びました。
「ああ! ついうっかりおにぎりを落としてしまった! 待っておくれおにぎりや! ころころころりんすっとんとんと転がらないでおくれ!」
数分後、穴の底から呻き声があがるのを聞き届けたおばあさんは満足げに家へと帰っていきました。
どこかで「毒殺とか鬼畜や! 悪役や!」と叫ぶ桃太郎がおりました。
ついにおばあさんは何かとおじいさんに世話を焼かれる桃太郎にまで深く嫉妬しはじめました。
小さいときからおばあさんの鬼畜さを知っている桃太郎はそれを何とか察知して、家から逃げることにしました。
突然どうしたのだとまったくおばあさんのヤンデレに気が付かないおじいさんに「てめえの嫁が病んでるからだよ!」と叫べばこの身がどうなるかわからないので、桃太郎は「最近ここいらで悪さをしているという、鬼の盗賊団を退治したい」と言い訳しました。いい口実であったのです。
桃太郎の熱心な説得に感動したおじいさんは、桃太郎に武器をプレゼントするといいました。おばあさんの視線に気が付いている桃太郎としては内心「やめてくれ!」と叫んでいましたが、実際にそう叫んでおじいさんの行為を無得にすればこの身がどうなるかわからないので、桃太郎は冷や汗を流しながら、武器を受け取りました。
おばあさんはおじいさんのいる手前、桃太郎にプレゼントを贈ることにしました。きび団子です。桃太郎は泣きながらそれを受け取りました。
さて、家を出た桃太郎は道の前方に、たいへんお腹を空かせた犬の姿を確認しましたが、接近はせずそのまま素通りしました。サルやキジもいましたが、いずれも素通りしました。
そして、海の向こうに存在する鬼が島を発見すると無言で泳ぎ始めました。
桃太郎が島に到着すると、鬼たちは宴会をしていました。なんだかとっても楽しそうです。桃太郎は心がすさみました。
そこでついに、桃太郎の姿が鬼たちに発見されてしまいました。鬼たちが口々になんだなんだと言い寄ってきます。桃太郎は笑顔で鬼たちに話しかけました。
「僕を養ってくれていた老夫婦の妻の方がヤンデレすぎて、僕を殺そうとするので家出してきました。やってられっかという気分なので、皆さんの盗賊団に入れてはくれませんでしょうか」
桃太郎の話にほろりと着た鬼たちでしたが、さすがにためらいがありました。鬼たちの盗賊団には今まで人間を入れたことがなかったのです。
「しかし……坊主は人間だろう?」
そのためらいを口に出した鬼たちに、桃太郎はもう一度微笑んで腰に下げていたものを差し出しました。
「お近づきのしるしに、こちらのキビ団子を献上いたします」
それは見るだけでよだれがでてきそうなくらい、おいしそうなキビ団子でした。鬼たちは、そのように素晴らしいものまで準備してくるとはよほどの決心だといたく感心し、桃太郎を盗賊団に入れることにしました。
その後は、桃太郎の献上品を肴に、呑めや歌えやどんちゃんさわぎでありました。勧めても「皆様に献上したものを食べるわけには……」と遠慮してキビ団子を食べようとしない桃太郎に、慎み深い奴だと鬼たちは関心しておりました。
翌朝、肌を紫に染めて死んでいる鬼たちの死体が宴会場には大量に転がっておりました。桃太郎は絶望した表情で呟きました。
「やると思ってたぜ、おばあさん……」
桃太郎は、おばあさんがキビ団子に毒をしこむであろうことくらいは察知していたのです。しかし、育ててくれた母親代わりであったことは確かなのでもしやと期待し、毒が入っていなければそのまま盗賊団に居つくつもりで実験をしました。結果は大当たりです。
おじいさんがプレゼントを贈った桃太郎を素直に生かすおばあさんではないのです。
「毒殺とか鬼畜や! これじゃ俺が悪役やないか!」と叫ぶ桃太郎がおりましたとさ。
おしまい。