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第八話

少し間が空いてしまいましたがGWまえの二話投稿です。

第八話


 昭和一七年(1942年)十一月八日、まだ日の登らぬカビエン基地に四基の〈魁〉発動機の爆音が響き渡った。

 ブインより最新鋭の局地戦闘機〈蒼電〉を受領しに来た私達四名は、およそ二週間の慣熟と錬成の訓練を終え、慣れ親しんだ愛機とともに本日より根拠地であるラバウル防衛の要としてそのラバウルへ向かう。

 暖機運転を終えた機体は、一度燃料節約の為に発動機を止め整備区画より整備兵の手で滑走路脇の待機区画へ移動してゆく、朝食を腹に収めた私達搭乗員もその輪に入って共に機体を押す。

 燃料を目一杯積んだ機体は重い。但しカビエンからラバウルまでは約170キロと近いため増槽タンクは使わない、胴体内の燃料タンクを満タンにしての旅立ちの予定であった。

 加えて機首の12.7mm機銃と翼内砲の20mm機銃も最大携行弾数を装備してあった。当初、短い飛行距離ということも有って機銃弾は携帯しない予定であったが、小隊長の小橋少尉からの強硬な要請で最大数を携帯することと成った。

「いや、何か有りそうな気がする。

 用心だと思ってくれ。」

と、理由を聞いた私に少し逸らかす様に笑顔で小橋少尉は答えたが、私にもその用心は度を越したものに思えなかった。

 ここは、既に戦場なのだ、今いるカビエンも例外でなく空襲を受けていた。

 となれば、根拠地とはいえ最前線のラバウルに丸腰で行くのは問題が有る、加えて私達が弾薬を自前で持ってゆけばその分、同行の九六式輸送機で運ばれる弾薬の数が増えることになる。確かに数は多くは無いがその辺の違いが終盤で意味を持ってくる可能性は充分あった。


 時間になると、全員列機前に整列し基地司令の激励の言葉や、塚本大尉の言葉、小橋小隊長の注意事項を聞かされてやっと操縦席に乗り込むこととなった。

 ここまで大いに世話になった塚本大尉はこのままカビエンに残り、二週間後に特設空母の〈冲鷹〉で運ばれてくる予定の〈蒼電〉第二陣六機の錬成準備に取り掛かるとの言葉だった。

 私達搭乗員が操縦席収まり出発準備が終えられたのが確認されると発動機に順次火が入れられた。

 一番機の小橋少尉の座乗機が、発動機の出力を上げ誘導路をユックリと滑走路端へむかっていく、私は地上の整備兵に❝チョークはらえ!❞の合図を送ると整備兵たちは素早く主輪に噛まされていた車止めを外して左右に離れてゆく。

 それを確認して私はユックリとスロットを前に押し込み機体を誘導路に沿って滑走路端へ進めていった。前述のとおり視界が悪く苦労させられる作業だが既に二週間の錬成訓練の中で皆が地上誘導時のコツは身につけており私も大した苦もなく機体を滑走路の端へ持ってくることが出来た。ブレーキを掛けてふと後ろを振り向くと第二飛行分隊の二機も何の問題もなく私の後に続いていた。

 私は小橋機の左後ろに自機を止めると、

「発進する。皆無理せずついて来い。」

と、小隊長の小橋少尉の声が受聴器から聞こえてくる。

 私達が返事をする暇もなく小橋機はいつものように爆音と砂煙を残して、夜明け前の尚暗い滑走路を駆け抜けて行った。

 次は私の番だった、何時もどおりに一度停止したままで発動機の出力を上げて点火栓に付着した煤をを燃し落とし、排気管から吹き出る黒い排気炎が消え正常燃焼を示す青白い燃焼炎を確認してスロットルをアイドリング位置に戻す。

 再びしっかりとブレーキを踏み込んだままスロットルを開ける、今度は離昇位置だ。

 その位置で回転が安定するのを確認して操縦桿を押し込む。

 プロペラ後流受けた水平尾翼の昇降舵がその風を受けて尾翼を持ち上げる。

 そこで操縦桿を水平に戻す、昇降舵が中立に戻って尾翼を持ち上げる力が弱まり再び機首が頭を上げる前にフットブレーキを離して機体の滑走を始める。

 機体内タンクを満タンにして重量が増えている〈蒼電〉だが、夜明け前の冷えた大気のお陰で滑走距離はそれほど長くは成らない。プロペラのトルクの影響で左に行こうとする機体を小刻みにフットレバーを踏んでラダーを調整して真っ直ぐに滑走させる、この辺は繰り返し身体に覚えこましているので身体が勝手に調整してくれるので助かる。

 地上から脚が離れると何時もの作業をして行く。主脚引き上げ、カウルフラップ閉じ、主翼フラップの収納、座席を通常の位置に戻して風防を閉める、この一連の作業も身体が覚えていて無意識のうちの済ましてゆく。

 通常の飛行状態に移行したのを確認して、私は先行する小隊長の小橋少尉と編隊を組む。

 私が小橋少尉の左後方、定位置に付くのに続いて第二分隊が追いついて定位置に付く。暫くカビエン基地上空を旋回し、その後に離陸してくるはずの九六式輸送機を待つ。

 この機体には二〇四空より研修のため派遣された整備兵五人と〈蒼電〉の保守部品や搭載火器の弾薬が載せられていた。

 暫く待つと双発双尾翼が特徴の九六式陸上攻撃機の輸送型九六式輸送機が土埃を巻き上げて離陸してくるの見えた。当たりは私達が離陸作業する間に徐々に明るくなっており僅かに差し込む朝の陽の光が滑走路に差し込むことでこの様な風景を見ることを可能としていた。

 九六式輸送機の前に私達第一分隊、後方に第二分隊、高度は〈蒼電〉隊の方を上にして編隊を組、ラバウルへ向かった。


 ラバウルとカビエンの間の距離は約170km,通常の巡航速度であれば一時間ほどで着くことに成る、今回は足の遅い九六式輸送機が同行するのでそこまで早くは飛べないがそれでも二時間は掛からない。

 故に五〇分も飛べば早くもラバウルは直ぐそこと言うことになる。

 しかし、私はここで妙な感覚に囚われた。

 ここは二〇四空の根拠地であるラバウル、安全な空域の筈だった。

 しかし、私はあたかも敵制空権内へ突入した、そんな感覚に囚われた。

 そこまでその空には敵意が満ちていた。

 焦って回りを見回すと後続の二機も同じような表情で頻りと周囲を振り返っていた。

「全機、6,000kmまで高度を上げる。

 輸送隊はこのままの高度でこの周辺を旋回していてくれ。」

「「「了解!」」」

 そう返して私達は発動機の出力を上げ前進しながら高度を上げ始めた。その時、私は遥か彼方の進行方向に微かな黒煙を見つけた。

「小隊長、前方十一時付近に黒煙。」

「了解、確認した。」

酸素マスクを付けながらそう報告した私に対して小橋少尉が答えたのはその短い一言であった、しかし、あの小橋少尉のことである、恐らく私の報告前に気がついていたのであろう、その後は特に会話もなく、私達は粛々と戦闘準備を行っていった。

 搭載機銃の装填を確認、続いて光学照準器のスイッチを入れ、一時編隊を解いて機首銃と翼内銃の試射を行う、恒速式プロペラのピッチを底位置で固定に切り替えて戦闘状態へ移行する。

 戦闘準備を整えながら我々はラバウル基地上空へ進入した。

 既に日は登りきり朝の陽の光の中にラバウル基地の惨状がよりハッキリと見えてきた。

 目前に見えるのは投弾を済ませて退避行動に写った敵大型爆撃機、B-17とB-24の姿だった、友軍の零式艦戦隊は根拠地を爆撃された事の報復か、執拗にその爆撃機を追ってゆく。

 米爆撃隊は総数三〇機ほど、四つほどの梯団に別れ、3,000mから5,000mの高度から爆撃した後に梯団ごとに思い思い方角へ逃げてゆく様に見えた。

 追うのは零式艦戦隊、その殆どが三二型乙、主翼を短く切り詰めた邀撃専用型だ。それが必死に追いすがって攻撃を加えるが相手は大きく頑丈で中々火を噴かない。中には銃身の長い九九式20ミリ機銃の2号銃を搭載した機体も居るのだろうがこれまででのところ戦果は多くはない、我々も経験した大きさから来る距離の錯覚で間合いの外から攻撃している感もある。

 基地は数か所から黒煙を上げており、少なくない損害を受けているようだった、地上からの対空砲火も数が少ない、取り敢えずは東西飛行場の滑走路への直撃は免れているらしく上空から見る限りは損傷箇所は見当たらなかった。それに基地の指揮所や司令部の建物も今のところは無事のようだ。

 しかし、敵の動き方がおかしい、まるで我が軍の邀撃機を誘い出しているような動きだ。

 そこで気になった私は周囲、特に下方に注意を向けてみた。敵の動きも気になるのだが先ほどから尻がむず痒いような妙な感じがしていたのだ。

 そして、それは予想に違わずそこに居た。

 我々の遙か下、まるで忍び足で近寄る様に飛ぶ一群の敵爆撃機が居た。


「小隊長、二時方向下、高度2,000に敵爆撃機編隊、数八」

「やはり居たか・・・。

 よし!こちらでも見つけた、B-17だな。

 こいつらが本命という訳だ。」

 発見を勢い込んで告げた私に返す、小橋少尉の声はどこまでも冷静だった。

「まあ何にしろ、

 檜山よく見つけたな。」

 その後の言葉は少し感情のこもったものだった。

「こいつらの目的は低高度から精密爆撃だ。

 狙うのは指揮所や司令部の有る建物、

 つまりこの基地の中枢だ。」

 どこまでも冷静な少尉の言葉に私は、いや、他の搭乗員も息を飲む。

「基地を守る邀撃機は、先に攻撃した爆撃機を追って基地の外。

 囮に引っ掛かったな。」

「小橋小隊長、やりましょう!」

 普段口数が少ない寡黙な印象の勝田二飛曹が珍しく声を上げた。

「勿論だ、このままやらせるつもりは無い。」

 基地へ向かう敵爆撃機に同行する形で私達は遥か上空に居た。

「俺と檜山で先の編隊を攻撃する、

 倉本と勝田は後ろの編隊を頼む。」

「「「了解!」」」

「良いか、奴らは爆撃準備に入ったら直進しか出来ない。

 爆弾槽を開けたら速度が落ちるからその時がチャンスだ。

 必ず先頭に攻撃を集中させろ。」

 米陸海軍の爆撃機は精密水平爆撃を可能にするノルデン照準器を装備していた。

 これは爆撃地点を入力すると飛行コースや飛行高度に従った投下ポイントでの自動投下まで行ってくれると言う、米国の工業技術の粋を集めた逸品であった。

 しかし、当然であるがこの米軍自慢のノルデン照準器にも欠点とも言えるのがあった。

 それは飛行コースや投下ポイントが照準器によって決められていることから、爆撃終了まで回避運動が出来ないと言うことだ。

 そして編隊の先頭を飛ぶ機体は嚮導機として編隊の爆撃を先導指示を行い後続機はその爆撃タイミングに合わせて爆弾を落とす。

 そして、爆撃機はその爆弾槽の扉を開けないと爆弾を投下出来ない、それ故に爆弾槽の扉は爆撃コースに乗ると開かれるのだが、開けば空気抵抗が大きくなる、そうなると上空からは格好の標的と成る、しかも爆撃の最終段階であることも教えてくれる、だからこそその時を狙えと小橋少尉は言う。

 もちろん決して容易な方法ではない、その時が危険であることは敵も十分承知している、敵は濃密なブローニング機関銃による弾幕で己とその編隊を守ろうとする、下手に手を出せばあっという間にその火線に捕らわれてしまうのは先のブイン上空の邀撃戦で私も経験していた、しかもチャンスは一度きりだ。もしこの攻撃に失敗すればラバウル基地の中枢が爆撃され、基地はその機能を失う。

 そうなれば微妙な状態にあるガダルカナルを含むソロモン海域全体の均衡が崩れ、戦況は一気に米国側に傾く事になるそうなれば帝国の版図は南溟から瓦解してゆく事になる。それは防がねば成らない、だから我々はこれを成さねば成らないのだ。


 我々が攻撃チャンスを伺う中、敵編隊はさらに基地へ近づいてゆく、爆撃の最終段階に入っているのであろうか?先程から敵編隊のコースは単純な直線となっていた。

 進行方向から推測するに先頭の編隊は基地司令部の建物が有る一帯へ、後続の編隊は一式陸上攻撃機隊が使用している西飛行場へ向かっているようだった。

 私は固唾を呑んで敵爆撃機の動きに注意を向けながら周囲を見回す。見れば後続の編隊を攻撃予定の第二分隊の二機が我々から離れて行くのが見えた。

 敵爆撃機が急に速度を落とした。爆弾槽を開けたのだ、もう猶予はない。

「行くぞ!」

 そう一言だけ告げると小橋少尉の〈蒼電〉は一気に羽を翻して敵爆撃機編隊の編隊長機と思われる一番機へ降下突撃を開始した。


第七話の後書きで❝次回は〈蒼電〉無双です❞と書いたのですが何故か中々戦闘が始まってくれなくて分割する形になってしまいました。第九話も続けて投稿の予定ですので少々お待ちください。

ここまで読んでいただきありがとう御座います、誤字脱字などございましたら感想からで結構ですのでお知られください。

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