第六話
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第六話
一連の説明の後、昼食と休憩を挟んでいよいよ我々は新しい相棒である〈蒼電〉へと乗り込んだ。
地上の整備員の手を借りて操縦席に乗り込み、操縦桿を握って周囲の計器やスイッチ、レバーなどを確認する。乗り慣れた零式艦戦と配置が違って若干の違和感は有るもののそれも許容範囲内で慣れれば問題ないだろう。
操縦席内は零式艦戦と比べれば広く余裕が有った、しかし後に搭乗した〈雷電〉の「中で宴会が開けそう」と言われる広さに比べると普通といった感じがする、同じ巨大発動機を積む機体でも胴体の整形の考え方の違いで大きな差が出ていたと考えられた。
その後も、〈蒼電〉を取り扱う上での注意を塚本大尉より細々とお聞きして、遂に飛行と言う段取りと成った。
装備を整えて再び機上の人となると早速発動機に火が入れられた、零式艦戦の〈栄〉発動機とは違う太くて大きな爆音に少々驚きながら、操縦席に身を収めて、ベルトをきつく締め落下傘のフックをかけて発進準備を行った。
後で聞いたのだが発動機の音が大きいのは今回初の体験と成る推力式単排気管の影響も有ったということだった。
発動機の回転が落ち着いてきたところで、一度計器を確認する、ここまでは問題ない、何時でも飛べる、と逸る心を抑えて次の指示を待った。
すると。
「準備は良いか?」
と、耳元で小橋少尉の声がした、まるで操縦席の風防越しに声を掛けられている様な気がして私は思わず辺りを見回した。
「檜山、何をキョロキョロしておる。」
そう言われて私は初めてその声が無線機からのものである事に気が付いた、これまで零式艦戦の無線機は雑音が酷い上に故障が多いためスイッチは切ったままで、さらに飛行帽の受聴器のプラグを接続しないでいたが、この新型では充分使えるらしく整備兵が私の搭乗を手伝いながら無線機の準備をしておいてくれたらしい。
「おい、檜山。ちゃんと聞こえておるか?」
「はい、聞こえます!」
「怒鳴らんでもいい、普通に喋れ。」
驚いたのと、普段の聞こえない無線機のつもりで私は随分と大きな声で喋って居たらしい、苦笑交じりの小橋少尉の声が帰ってきた。
「順番に離陸する。」
編隊の組み合わせは既に決められていた。
小橋少尉と私、檜山一飛の第一分隊と、勝田二飛曹と倉田二飛曹で第二分隊を組む、第二分隊は先任の勝田二飛曹が分隊長となる。
小橋少尉の〈蒼電〉が発動機の出力を上げゆっくりと動き出し、誘導路を滑走路の端へ進んで行く、私も間隔を開けて機体を滑走路へ向けて移動を開始した。
しかし、巨大な発動機を収めたカウリングが目の前に有るせいで前がよく見えない、座席を目一杯上げて更に背伸びしながら、機体をゆっくりと誘導路を進めていった。
苦戦する私を尻目に、小橋少尉の機体は既に滑走路の端に入って私が左後ろに付くのを待っていた。
「これより離陸する、良いか、焦らんでも良いから。
落ち着いて上がって来い。」
そう言い残して、小橋少尉はスロットルを一杯に開け爆音と土煙を残して離陸していった。
次は私の番だった。小橋少尉が巻き上げた土煙が納まるのを待って、主輪のブレーキを思いっきり踏んで、一度スロットルを全開に開いて、これまでの低出力運転で点火栓に付着していた煤を燃やして取り去る。
発動機覆いの機体側面に並べられた推進式単排気管から、一度その煤が燃えた黒い煙が噴き出るが直ぐに青白い排気炎に代わる。
それを確かめて私は一度戻したスロットルを再び全開まで押し込んだ。
続いてブレーキを緩めると、直径三メートルプロペラに引き摺られる様に機体はやがて動き出す、離昇出力1,500馬力を搾り出す発動機は同時に巨大なトルクで機体を左に持っていこうとする、これを素早くフットバーを踏んで修正し滑走を続ける。
まだか?零式艦戦とは違う長い滑走距離にビクビクしながら辛抱して機体の進行方向を維持し滑走して行く、本来慣れた零式艦戦であるなら、この段階で離陸しやすいように操縦桿を思い切り前に倒して昇降舵を下げ状態にして素早く機体後部を持ち上げる操作をするのだが、何しろ初めて乗る〈蒼電〉の機体特性が全く解らないため今回は大人しく速度が上がって機体後部が持ち上がるまで我慢することにした。
やがて尾翼が上がって真直ぐ前方が見えるようになり、数度のバウンドの後に引いた操縦桿に従って〈蒼電〉は地上を離れ空の高みを目指して舞い上がっていった。
離陸位置にあったフラップと車輪を収納し、カウルフラップを巡航状態に閉めて、座席を通常位置に下げて風防を閉め、私はそこでやっと安堵の溜め息を吐い。
先行の小橋少尉はと、前方を探すとはるか上空にその機体が確認できた、同じ飛行機なのに何故此処まで差がつくのか?先にコンソリ撃墜の時にも浮かんだ疑問が再び頭を過ぎった。
私は急いで巡航する小橋機に追いついて左後方の二番機の位置に自機を固定させた。やがて勝田・倉本両名の第二分隊も追いつき高度5,000mを編隊を組んで飛行を開始した。
時折、小橋少尉は機体の特性を知るためなのか右へ左へと旋回を行い、我々もそれに習って旋回を行った、その動きは思っていた以上に素直で小気味良く、それでいて落ち着きの良い安定性が印象的だった。
これも後で聞いた塚本少尉に聞いた話なのだが、二式戦では敏感で軽い舵の感触に不満が多く出されたという、このため〈蒼電〉へ改修する際に舵回りの設計を見直し舵の感触を少し重めにしたと言う事だった。
暫く編隊での飛行していたが、
「よし、これから全速を試してみる、編隊を解いて間隔を開けろ。
俺の号令で全速だ。」
と小橋少尉の指示が入ってきた、見れば右の第二分隊の二機が離れてゆく、私も急ぎ小橋機から距離を取る。
一呼吸置いて小橋少尉からの号令が入り私はすかさずスロットルを押し込んで発動機の出力を最大にした。
最大出力を命じられた〈魁〉二一型発動機は、高度5,000mにおいて出しうる最大出力1,220hpを絞り出し〈蒼電〉を一気に加速させた。
強烈な加速力で私の身体は座席に押し付けられた、想像以上の出だしだった。計器を見ると、当初二五〇ノット(450km/h)付近で巡航していた機体は瞬く間にに三〇〇ノット(540km/h)を超え、更に三三〇ノット(595km/h)も突破して加速していった。
暫く全速で飛行していたがやがて、
「よし・・・、良いだろう。」
と、全速飛行終了の号令が出されて私たちは巡航速度に戻り、帰投コースに乗ってカビエン基地へ向かった。
離陸した機体は当然墜落でもしない限りは地上へ戻らなければならない、しかし、ここへ来て難問が有る。それは二式戦譲りの〈蒼電〉の着陸の難しさだった。
〈蒼電〉の着陸速度は二式戦よりも緩和されている言え、零式艦戦とは比べのに成らないものだった。それは実際の数字にしてみると解りやす、二式戦の着陸速度は150km/h、〈蒼電〉では若干減速してはいるが145km/h、零式艦戦の120km/hとは比べ物にならない速さといえる、因みにもう一機の局地戦である〈雷電〉も150km/hで海軍最速となっている。
加えて低速域での飛行特性や巨大な発動機覆い(エンジンカウル)に起因する前方視界の悪さなどハードルは高く多かった。
であるから私たちは一機づつ慎重に降ろすことにしたわけだ。
「ユックリ、落ち着いて降りればいい、
それから三点着陸にこだわる必要は無い。前から降りろ。」
などと小橋少尉は言い残して先ず最初に降りていった。その結果、彼は何の苦もなくスムーズに滑走路に滑りこんでゆく。
ここで小橋少尉が言及した三点着陸であるが、当時の海軍で行われていた基本的な着陸法で主輪である前輪と後輪をほぼ同時に着地させる為に頭上げの姿勢で着陸する着陸法のことを言う。
これは空母に着艦する際には制動ワイヤーに着艦フックを引っ掛ける必要が有り、その為に行われていた海軍独特の着陸(着艦)方法であった、対して着艦の必要の無い陸軍では前輪より接地して後に後輪を降ろすオーソドックスな着陸法を採っていた。
海軍はこの陸軍の行うオーソドックスな着陸法を、いざと言う時に空母へ着艦できなくなる恐れがあり、また着陸距離が長くなることにもつながるために嫌っていた。しかしながらこの時は慣れない〈蒼電〉の着陸速度が大きいことと局地戦であり〈蒼電〉が空母へ着艦する事は無いと小橋少尉が判断した結果での指示だった。
次は私である、スロットルを絞り降下コースに乗せる、速度が落ちることで発動機に当たる外気が減りオーバーヒートになることを防ぐため発動機覆いのフラップ(カウルフラップ)を全開にし、フラップ着陸位置である最大下げ位置まで下げ、風防を開けて座席を離着陸時の位置まで上げて少しでも視界を確保する。
後は私の腕次第というわけだ。
零式艦戦とは比べ物に成らない速度を保ったまま〈蒼電〉は滑走路へ降りてゆく、それでも辛うじて機体をコントロールしながら私は海軍では恥とされる前輪からの地面に付ける形で着陸をし、スロットルを絞って速度を落とした。
尾輪が地面に着くと前はほとんど見えなくなる、それでも辛抱して滑走路から外れないように慎重にフットレバーを操作しながら、発動機のスイッチを切ったり入れたりしてプロペラの抵抗を利用する形で速度を落として行く、そうして離陸時と同じように背伸びをしながら誘導路に機体を進めて私は機体置き場へ〈蒼電〉を向かわせた。
ここで、着陸した後にブレーキを使わないのは片効きによる横転を防ぐためだった、当時の日本の技術レベルでは左右の車輪へ均等に制動を掛けるブレーキを作ることは出来なかった、だから私たちは習慣的にある程度速度が落ちるまでブレーキを使わないでいた、この時もブレーキを掛けたのは機体を駐機場に止めるときだったのである。
「はあ・・。」
ベルトを外して〈蒼電〉の操縦席から降りると、私はその場へへたり込んでしまった。慣れない機体でひどく緊張してしたらしい。
ふと辺りを見回すと後続の二人も同じようにへたり込んで苦笑いをしていた。
「どうだ檜山、こいつの感触は?」
何故か私達とは違って元気な小橋少尉は、〈蒼電〉の胴体を軽く叩きながらそう言って私に歩み寄ってきた。
「良いですね、
こいつなら思いっきり振り回しても簡単に折れそうにも無いです。」
私は新しい機体に興奮していたのか、感じたことを素直に言葉にした。
それは聞く相手によっては戦闘機乗りの生命を終わらせかねない一言だったがその時私はその言葉の重大性を認識することなく口にしていた。
確かに零式艦戦は良い機体だと言えた、長い足(航続距離)と特に横方向への旋回が秀逸な敏捷性と小気味良い加速力、そして高い攻撃力、しかもその性能は確実で水準以上の腕を持つ操縦士であるなら充分に力を発揮出来る扱いやすさを持つ。
しかし、私は急降下制限速度等に見られる華奢さに扱い難さを感じていた。
私にとって零式艦戦は、抜群の切れ味を持ちながら無造作に降れば折れてしまいそうな脆い名刀でしか無かった。
今私が求めているのは、相手を骨ごと断ち切るような蛮刀のような堅固な武器であった、だがそう断じてしまえば海軍の戦闘機乗りとしては不適格なのであろう、何故なら当時海軍には旧式機を除けば戦闘機は零式艦戦しか存在しなかったのだから。
それ故に私にとって〈蒼電〉は最適な武器と言えた。
「まあお前さんなら、そう言うと思ってたよ。」
小橋少尉は何故か、海軍の戦闘機乗りとしては失格の答えを口にした私に笑みを見せた。
「檜山だけではない、他の二人もだ・・。
いや、俺も同類だな。」
独り言のように小橋少尉は頷きながらそう言った。
「俺達には、零式艦戦は勿体無い。
いや逆か、零式艦戦には俺やお前ら勿体無い。
零式艦戦では物足りないと言った方が良いかな?」
そこまで言われて、私は今回自分が〈蒼電〉の搭乗員に選ばれた理由に気がついた。
小橋少尉は私を見ていつかの悪戯っ子ような笑みを浮かべてこう言った。
「この〈蒼電〉は乗る相手を選ぶ。
兜や鎧ごと断ち切れる様な気迫が無いと乗りこなせない。
零式艦戦のようにお上品ではないからな。」
読んで頂きありがとうございます。気をつけて書いていますが誤字脱字・表現が変なところが有りましたら感想へで結構ですのでご一報ください。
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