第二十話
三日連続投稿の二日目です。
第二十話
一方の日本艦隊の状況はどうであっただろうか?
当時日本艦隊には、自身が閉じた罠に追い込まれたとの認識は当然無かった。
その時の様子を前述の有川砲術参謀は次のように記している。
「これはそろそろ危ないかな?っと思っていた矢先の出来事でした。
最初の混乱も収まり主砲が観測射撃の交互撃ちを始めたその直後だったと思います、一際大きな飛来音がして船体の両舷に水柱で立ち上がり、至近弾の着弾とそれに伴う水中爆発その衝撃と供にそれとは違うこれまで感じたことのない衝撃を感じたのです。
それは十発を超える砲弾が「八咫」を挟叉し、その内の数発が直撃した衝撃でした。私はちょうど秋山少将の命令で防空指揮所から第一艦橋に降りたところでした。
『有川参謀、状況説明を頼む。』
私が艦橋へ入ってきたのを確認した司令が私のそう声を掛け、現状報告を促した。
『現在、「八咫」を砲撃しているのは、15.2センチ砲と見られます、発砲炎から推測して三連装四基、おそらく相手は軽巡でしょう、これが三隻、「八咫」」に砲撃を加えているようです。』
『軽巡か、ならば慌てることは無いか・・。』
秋山少将は私の報告を聞いて幾分か安堵の表情を見せた、確かに戦艦にも匹敵する防御力を持つ装甲巡洋艦が軽巡洋艦の砲撃を恐れる道理はない、しかし・・・・、それは一隻の時の話だ。
『司令、安心するのは早いのでは無いでしょうか?』
『どう言うことだ?』
そう、語気を荒くして理由を正したのは戦隊参謀長だった。
『敵の主砲は確かに15.2センチですから大きな破壊力は有りません、ですが一度に多数の砲弾を発射でき、更に連射が利きます、毎分三〜四発の発射能力を持つ砲が一二門、それが三隻、その集中砲火は想像を絶するものに成ると思われます。』
私がそう語る間に飛来する砲弾の数が急激に増しました、それは例えるならば砲弾のスコールとも言うほどの激しさで、私もこれ以上何も言えずに艦橋からその惨状を呆然と眺めるだけだけでした。
やがて「八咫」を挟叉した他の艦も砲撃を本格化し、「八咫」撃ち込まれる砲弾はスコールから豪雨の様な様相を呈してきました。
『八咫』がその集中豪雨にうたれていたのは凡そ五分間、その間に飛来した砲弾の数は戦後の資料を基に計算すると、一分間に四発撃てる砲が一艦に三連装四基で一二門、同じ装備の艦が三隻いて、それが五分間砲撃しているのだから、七二〇発の砲弾がその五分間に撃ち込まれた事に成ります。
実際には乗員が不慣れなためそこまでの速度では砲撃できなかった事もあったが六〇〇発は超えていたのは事実であると見られています。
更にその中で実際の命中した砲弾はおよそ三割と見られており、概算で二四〇発が『八咫』へ命中している計算になります。
その砲弾は主に左舷中央構造物を中心に『八咫』の船体の至るところを食い荒らすように破壊していきました。
艦の中央、煙突周辺に直撃した無数の15.2センチ砲弾は、『大和』型戦艦と同様の外見的特徴でもある集中して搭載され対空砲群、新世代の新型高角砲である長十センチ高角砲と英国からの鹵獲品であるボフォースの四〇ミリ対空機銃の銃座を容赦なく切裂き粉砕し、操作要員と供に破壊していったのです。
更に艦尾周辺に着弾した砲弾は左舷カタパルトを基部から吹き飛ばし、半ばで圧し折れたデリッククレーンと供に海面に叩き落とし、艦首方面に着弾した15.2センチ砲弾は数は多くなく大半は主砲塔の装甲に弾き飛ばされたが、それでも甲板に張られた板材を切裂いて吹き飛ばし対空砲座を損壊させて行きました。
『左舷四番、八番、十番高角砲被弾大破!』
伝令が被弾状況を告げる伝声管の内容を大声で報告する。
『後檣に被弾、後部艦橋連絡途絶えました!』
更に損害が増えるがどうしようも有りませんでした。被害状況を伝える伝令も応急処置に走る消防班の乗組員も海水と煤に塗れ、負傷しながらも責務を果たそうとしていました。
そこへさらなる悲報が入ります。
『駆逐艦「峯雲」に直撃弾、火災発生、機関部破損、速度落ちます!』
信号員が叫ぶ、それに重なるように、
『重巡「羽黒」に直撃弾多数、第二砲塔損傷!、』
次々と後続する艦の被害状況が報じられました。
『拙いな。』
秋山少将がそう呟いた時だと思います、海上を一条の光が走りその先が彼方の敵艦隊へ向けられました。
『探照灯?』
それは航海長の言葉だったと思います、それを聞きつけて舷窓へ駆け寄った参謀長は呻くような声で言ったのです。
『「峯雲」・・・!』
その一言で、皆が『峯雲』の意図するところを察しました。
これまで、散発的な砲撃をしてきた僚艦の『村雨』と『朝雲』が猛然と斉射を始めました、いえ、その二艦だけでなく炎を上げて炎上する『峯雲』自身も残っていた主砲を撃ち始めました。この時雷撃も行われていたことは私達は後に知りました。
砲弾の向かう先、探照灯の光を当てられていた敵の駆逐艦周辺に夥しい数の水柱が上がり艦上に直撃を表す爆発光が上がりました、すると探照灯は素早く照らす先を変え後続の駆逐艦に向けられたのです、同じ光景がもう一度繰り返させましたが、その直後、敵の砲弾が『峯雲』に集中し無数の水柱と爆発光が消えた後、そこに『峯雲』の姿は有りませんでした。
沈黙は一瞬でした、今は戦闘中であり失った戦友を弔う余裕はなかった、しかも形勢は極めて悪いのです。しかし、未だに敵の砲弾の飛来が続く中、秋山少将が着弾する砲弾の炸裂音よりも大きな声で艦長に命じたのです。
『艦長、一度流れを断ち切ろう、距離を取るんだ。』
少し考える素振りを見せた三谷艦長であったが、少しの躊躇の間にも十発を超える砲弾が飛来し艦が損傷する事実から、即座に命令を受け入れ航海長に命じる事が出来たのです。
『航海長、面舵だ、面舵二〇!』
『おも~舵二〇!』
話を聞いていた航海長はすぐさま、舵輪の有る操舵室への伝声管へ命じた。
『おも~舵二〇、宜候!』
伝声管から復唱の声が聞こえ間もなく艦が左に傾き右への回頭が始まりました、やがて『八咫』をしつこく連打していた砲弾の雨がそれ一時周辺は静けさを取り戻した気がしました。
『しかし、妙だな。』
『妙と言いますと?』
これまで舷窓の向うに立ち上がる水柱を見つめていた秋山少将が訝しげにそう呟き、それに艦長の三谷大佐が問い掛けた。
『疑問は二つだ。』
そう言って秋山少将は注目する私達の方に振り返り、言葉を続けた。
『何故、電波探知機は敵電探の電波に気が付かなかったのか?
有川参謀が言うとおりこれは遭遇戦ではない、米軍は一万メートル以上も遠方から我々の艦隊の陣容を知った上で待ち伏せを仕掛けて来た。
その証拠に連中、この「八咫」を集中的に狙ってきた。
連中は少なくともこいつが戦艦と変わらない大きさの艦だと知っている、この暗闇でな。
それが可能なのは電探だけだろう。』
『確かに、逆探でそれに気が付かないのは妙ですな。通信参謀はどう思う?』
秋山少将の指摘に、参謀長が同意し話を判る人間へ振りました。
『あの、確実では有りませんが、もしかしたら敵はセンチ波を使っているのかもしれません、E27が探知出来るのはメートル波までだと聞いていますから。』
いきなり話を振られた通信参謀の渡辺中佐でしたが流石に専門家だけあって的確な答えが帰ってきた。
『センチ波と言うのは?』
『探知波の波長が一メートルより短い波長を言います、我が軍の二二号電探は一〇センチ波を使っています、こちらの方が、二一号一三号の1.5メートル波より距離と方位が正確に測れるのですで。
しかし、現在のE27ではそのセンチ波は探知できないので改良型を開発中だと三部(艦政本部で通信・電探関係を担当する第三部)では言っていました。』
『なるほどな、そうなると改良型の開発を急いでもわなければ困るな。このままだと夜戦において一方的に不利に成る可能性がある。』
『その為にも我々は生きて帰らねば成りませんな、この経験を持って。』
秋山少将の言葉をに頷いた参謀長がそう引き継ぎました、しかし、疑問はもう一つ有ります。
『もう一つの疑問は、敵が何故我々を攻撃したのかだ。』
皆に促されるようにして司令はもう一つの疑問を口にしました、しかし、皆の反応は今一つでした、それは❝何故それが疑問であるかが解らない❞と言った感じでした。
『考えてみてくれ、この海域にいる我が軍の艦隊は我々だけではない、むしろこの後方にいる本隊のほうが遥かに大きな獲物のはずだ。』
ここまで言われて皆がハッとした表情を浮かべました、そうです、我が艦隊の南方、ガダルカナル島のタサファロング沖には本隊旗艦の戦艦『大和』を中心にした挺身隊本隊の多数の艦艇がこの後のヘンダーソン飛行場基地砲撃のために出番を待っている状態なのです。
なのに彼らは私達の前衛警戒隊へ攻撃を仕掛けてきたのです。
何故かは私たちに知る術は有りませんでした、ですから想像になります、
『我々を本隊と見誤ったのではないでしょうか?』
大方がそのような結論に至る事に成りました。それは私も同感です、しかし、それは我々に都合が良い想像のような気がして明確な答えとは成りえませんでした。
しかし、状況は我々がノンビリと話し合いをする時間を与えてはくれませんでした。
私はこの時、敵の砲撃間隔が大きく空いたことに気が付きましたが、我々の進路変更による観測射撃に戻ったと考えて特に気にはしませんでした。
私は、それが私達を米軍が仕掛けた罠の中に追い込む策だとは気付いていなかったです。
三日も連続して投稿するのは初めてですが、三話分全部書いてありますので問題ないと思います。
という訳で最後までお読み頂きありがとうございました、誤字脱字が有りましたら感想の方へ書き込みお願いします、勿論感想大歓迎です。
では明日、帝国海軍前衛警戒隊と米海軍第68任務部隊の死闘、クライマックスをお届けします。




