第二話
一度書いたのですが長すぎたので前後編に分けて投稿しました。こちらが後編です。
第二話
昭和一七年(1942年)八月七日、米海兵隊の偵察大隊の上陸に始まった、ガダルカナル島への侵攻は帝国陸海軍上層を驚愕させるのに充分な衝撃を与えた。
当初、軍上層は米軍の反攻開始を早くとも年明け、昭和一八年に入ってからと見て各軍の補充と強化を行っていた、しかし、米国軍は我々の常識を超える勢いで戦力の拡充を行い、その刃を東南太平洋戦域、ソロモン海域へ向けてきたのだ。
もとよりそこは戦力空白地帯ではない、直ぐ北のトラック諸島は本土の母港である呉に続く南洋最大の連合艦隊の拠点であり、西のニューブリテン島のラバウルには帝国海軍屈指の精鋭航空隊が展開していた。
しかし、決して少なくは無いが充分とはいえない航空戦力には増強と補充が必要だった、そこで行われたのが木更津の第六航空隊のラバウルへの派遣であった。しかも早急な派遣を行うためには空母や輸送船では間に合わない可能性が高い、そこで立案されたのが先遣隊の零式艦戦一八機を空路でもって直接ラバウルまで移動させようと言う前代未聞の派遣計画であった。
昭和一七年八月一九日、木更津飛行場を飛び立った先遣隊の零式艦戦一八機は道案内の先導機である二機の一式陸上攻撃機に率いられて一路南溟の彼方を目指した。
およそ一週間の行程でもって我々はラバウル基地へとたどり着いたが、当時のラバウル基地の主力である、台南航空隊と第二航空隊がガダルカナル島の上空援護と基地防空に頑張っていたが、ラバウルを中心としたニューブリテン島方面は東と南の二方向からの攻勢に晒されており機体と搭乗員の損耗が激しく、我々六空の到着を心待ちにしていたのだ。
この時、我々の脅威となったのは東のガダルカナル島を占領しそこへ着々と戦力を集結させていたアメリカ陸海軍の航空戦力であり。南のオーストラリアを拠点にニューギニア島から南洋方面の我が軍を駆逐せんとする大英帝国軍の海空軍であった。
しかしながら、敵も容易に攻勢に出られないらしく、これまでに仕入れた情報によれば、ガダルカナル島周辺の敵の主力は陸軍機、それも双発四発の陸上爆撃機が中心で海軍機は意外なほどに少ないとのことだった。
これに関しては先に記したように先のミッドウェー海戦により帝国海軍の虎の子である正規空母三隻を撃沈と言う快挙を上げた米海軍ではあったが、山口提督麾下の「飛龍」による反撃と、「草薙」以下第12戦隊の攻撃により多くの搭乗員と艦載機を失い、この時点でガダルカナル島方面へ多数の艦載機を投入でき余裕が無かったが実情だったのだ。
もっともこの辺の事情を知ったのは戦後であり、あの時もう少し力押しが出来れば戦況は一変したのにと、思うと残念なところである。
そしてもう一方の敵である大英帝国軍で有るが先にも記したように、オーストラリアを拠点とし勢力下にあったニューギニア島の基地を用いて我々の背後を突く形で攻勢を強めており、最大の拠点であるポートモレスビーを廻る陸海空の激戦がこちらも繰り広げられていたのだ。
当初、ニューギニア島方面の英国軍は陸軍が中心となって撃退していたのだが、ラバウルからも海軍航空隊が攻撃に参加することあってより損耗を深刻にする結果と成っていたのであった。
そうした中、我々六空の先遣隊もラバウルに到着して間も無くガダルカナル方面、ポートモレスビー方面へと日参する結果と成り、我々も次第に消耗の度合いを深めたが、10月になると軽空母「瑞鳳」と共に本隊の零式艦戦27機が到着して一息入れることが出来るようになった。この頃より次第に戦力を回復してきた米海軍航空隊のガダルカナル島方面の戦場へ姿を見せ始め、戦闘の更なる激化が予測されるようになった。
ここで問題となるのがラバウルとガダルカナル島の距離であった、片道560浬(1050キロ)の長距離進攻は搭乗員と機体に大きな負担を強いる結果となる。このため六空は中間地点であるブーゲンビル島に急遽建設されたブ
インの飛行場に進出し、そこからガダルカナル島攻撃隊へ参加する事となった。
この時、ブインへ持ち込まれたのは新型の零式艦戦である2号艦戦であった、この新型の零式艦戦はそれまでのエンジンを栄の一二型(940hp)から二一型(1、130hp)へパワーアップ、と同時に機体の各部の補強を行い急降下性能を向上させる対策を行っているのが特徴で、さらに二種類の主翼を用意したことでも異色の機体といえた。
二種類の主翼は甲翼・乙翼と呼称され、一号艦戦(後の改称で二一型と呼称されるようになる)と同様の12メートルの主翼は甲翼と呼ばれこちらには両端の折りたたみ機能を継続して残されていた。これに対して乙翼と呼ばれたもう一つの主翼は、甲翼の折りたたみ箇所で切断、両翼50センチずつ短縮したものとなっている、この改修の結果速度・上昇力・上昇限度の各数値の改善されており、さらに横転性能と急降下性能も改善し次第に脅威を増す米軍、特に大型爆撃機への有効は対抗手段と期待さた。
この機体はラバウル到着時には既に呼称変更が行われており、甲翼を装備した機体は零式艦戦三二型甲、乙翼を装備した機体は三二型乙と呼称されることになる。なおブインへ持ち込まれた三二型乙の内、半数は大型機に対する武装強化の為、長銃身の九九式二号三型20mm機銃を装備していた。
ブーゲンビル島ブイン基地を拠点に我々六空はガダルカナル島へ出撃したが、ブインは未開地に造られた最前線の基地であり、劣悪な環境と頻発する敵の攻撃が我々を消耗させていった。
十月二二日、私は前日の出撃で乗機を損傷させその修理の為、その日は出撃不可能として迎撃任務に割り付けられことになった。
皆が出撃しガダルカナルへ向かうのを地上から見送ったのち、私達は迎撃要員用の天幕のカャンバス張りのイスに寝転び、出撃に備えた。外気温が35℃を超え非常に湿度が高い中、万が一の戦闘に備えて身体を休めるのは搭乗員の責務であり任務の一つされていた。もっとも他に出来ることも無いので身体を休めるしかないのが実情だったが。
天幕の中を見渡すと、そこには13人の搭乗員が身体を休めていた、そして発進準備の整った迎撃戦用の機体を確認すると、迎撃用の三二型乙Ⅱ(九九式二号三型装備)が六機、通常の三二型乙が三機、それと不時着した二一型を修理再生した機体が二機の計十一機が翼を並べて万が一の出撃に備えていた。
十一機の戦闘機という数字が果たして充分なのかと問われれば確かに不安な数字であるが、当の私達は二名分機体が足りないことが問題であった。詰めている迎撃要員は上は少尉から下は一等飛行兵まで多彩であるが、迎撃任務に階級は意味を成さない、早く機体へ搭乗した者勝ちとなる、従って皆が飛行服を着て飛行帽と眼鏡を持ったまま何時でも機体へ向かって走れる状態で待機しているのだ。それは私も同様であった。
突然、警報代わりのドラム缶が乱打された。
「敵襲!敵襲!」
緊急で造られた見張り櫓の上に取り付けられたスピーカーが敵襲を伝え、敵の規模、方位、高度を次々とがなり声で伝えた。
『敵は大型爆撃機、およそ30機、複数の群れにわかれラバウルへ向けて飛行中、内一群がブインへ向かう見込み。高度5000』
これまでに入った情報を要約すると以上のことらしい、おそらく付近を定期哨戒中の二式飛行艇が発見し通報してくれたのであろう。
スピーカーが繰り返し伝える声を背に私達は待機中の機体へと猛然と走り出した。私は最初迎撃装備の三二型乙Ⅱへ向かったが、一足遅く他の搭乗員に乗り込まれてしまったのでその隣、酷くくたびれた塗装の二一型へ飛び乗った。
私が操縦席に収まり、落下傘フックをかける間に、整備員達は機体に取り付き発動機の起動準備に掛かってくれていた、慣性起動器のハンドルを握る整備員に、
「回せ、回せ~っ!」
と叫ぶと、素早く機体の各部を点検、整備員がハンドルを回して慣性起動器の唸る様な音がしると、
「コンタークッ!」
と叫んで点火プラグへ向かう電源を入れた。
地上では私の指示を請けて同じく、
「コンタークッ!」
と整備員が叫んで、エナーシャ・ハンドルを抜き取り、と同時に起動器の接続クラッチレバーを引いて接続、プロペラが回り始めた。
起動に伴う青白い排気煙が排気管から噴出し、栄エンジンは目を覚ました。
この間に他の機体も次々とエンジンを始動させ、滑走路へ向かい始めた、私も一度スロットルを絞って出力を落とし整備員へ車止めを外すよう指示し、それを確認すると再びスロットルを開けて滑走路へ向かった。
私が滑走路に辿り着く頃には、先発の各機は離陸を始めていた、最初に離陸を始めたのは大型爆撃機用に長銃身の機銃を装備した三二型乙Ⅱ六機であった、続いて通常装備の三二型乙三機が次々と轟音を立て離陸してゆく。
最後になったのが私達の二一型二機だった。私は風向きを確認しスロットルを押し込んでエンジンの回転速度を上げた、やがて機速が乗った機体は尾輪が浮き、翼が風を捕らえた。私の乗った零式艦戦二一型はその見てくれの古さとは対照的に力強いエンジン音と共に空の高み目指して上昇してゆく。
周囲を見渡すと先に離陸した三二型は既に遥か上方にいた、これは三二型のエンジンがパワーアップされていたのに加えて、過給器が一段二速となりより上空で力を発揮できるように成っていたからでもあった。対する私の乗る二一型はエンジン出力が低いのに加えておそらく大陸、台湾、フィリピン等の激戦地を渡り歩いた機体らしくエンジンの劣化が進んでいたらしく定格通りの出力が出ない、更に二一型の栄一二型は過給器が一段一速ということで高度が上がると出力が維持できなくなる、当然この状態で高高度戦闘は不可能である。
しかし、接近中の敵機は哨戒情報によればコンソリ(B-24リベレーターの日本側通称)爆撃機六機、高度5,000メートル現在のところは一応不自由無く戦闘飛行ができる高度だがおそらく敵はこちらの迎撃を予測して高度を上げてくるだろう。
不安な事案は多々あるがとりあえず、私は高度5,000で機体を水平に、OPL(光学式照準機)を点灯させ、座席ベルトをしっかりと締め、酸素マスクを着けて酸素ビンのコックを開けた。酸素が吹き出てくるのを舌先で確認して、機銃の試射を行う。
全て問題なし。
準備完了となったころ、東進する空の彼方にぽつぽつと黒い点が見え始めた、目標のコンソリだ。
大きな機体に四発のエンジンを乗せた長大な主翼を機体上部に付けた独特のシルエットが次第に鮮明に成って来る、周辺で上下に動く小さな点は先発した三二型だろう。
しかし、どの機体も射撃のタイミング早すぎる、充分に距離を詰めないで射撃をしているのが見える。的となる敵機が巨大すぎる為彼我の距離を掴みきれないで射撃をし始めているのだ、その結果、間合いが遠すぎて有効弾を与える事が出来ない。
「まずい」、っと口に出すより先に一機の三二型が敵の防御火線捕まったらしく突如として火と煙を引きながら落ちていった。
敵は苦戦する我々を嘲笑うかのごとく更に高度を上げ始めた。より手の出し難い高高度から安全に爆撃しようと言う魂胆なのだ。
「さて如何するべきか?」
私は焦る気持ちを抑えてそう呟くと、周囲を見渡した、ふと今まで後ろについて援護の位置にいたもう一機の二一型が私に並ぶと搭乗員が素早く手信号を送ってきた。
私がその信号を理解し、同意の信号を返すとその二一型は更に高度を取るべく上昇を始めた。私もそれに遅れぬように操縦桿を引き先行する機体に続いた。
上昇を続けながら前方の戦闘状況を確認する、先行した三二型組も大型機との戦闘に慣れてきたのか次第に戦果を上げ始めている。
既に敵機の内一機が四発のエンジンの内二基を破壊されて脱落し、今しがたも左翼の一機が突然姿勢を崩して降下していった、良く見ると左の翼が中ほどから無くなっている。続けて命中した三二型の20ミリ機銃の銃弾の威力でコンソリの主翼の桁が断ち切られた結果であろう。
その間に私達二機の二一型は敵との間合いを詰めながら更に高度を稼ごうと上昇を続けていた、しかし既に6,000mを超えて上昇力が落ちている機体は容易には高度を上げてはくれない、私はコックピット中でともすれば一気に操縦桿を引いて高度を上げたくなる気持ちを抑えながらじっと我慢を続けて丁寧な操縦に神経を集中させてゆく。
ここで激しい操作は禁物なのだ、高高度性能に劣る零式艦戦、中でも過給器の性能が低い二一型は高高度では速力が大幅に落ちる、さらに高度を上げ空気が薄くなり揚力が落ちるのでスピードの出ない二一型は少し無理な機動をするだけであっという間に500メートル以上の高度をロスしてしまう。ここは我慢しかなかった。
攻撃のチャンスは唯一度、私はスロットルレバー先端の機銃切替スイッチを親指で触って7.7ミリと20ミリの同時発射位置になっていることを確認して一度大きく息を吸って前方に集中した。
やがて高度は7,000、まもなく足元をコンソリが通り過ぎてゆく、そこがチャンスだ。
先行する二一型搭乗員が手信号で伝えてきたのは、敵の先頭の機体に攻撃を集中させる事だった。
目標にする先頭機は、爆撃先導機としての役目を担っている、後続の編隊各機はこの先導機の行動を基準に動く、したがってこの機体を潰すか行動を妨げれば基地への爆撃は防げなくても被害を最小限にすることは可能だろう。
ただでさえ高高度からの爆撃だ、いくら敵が高性能の爆撃照準器持っていても命中精度はさほど高くは無い、それを補う為の編隊行動を乱されば爆撃は失敗するのだ。
頃合いと成った時、先行の二一型が鋭く翼を振った。
“攻撃開始”だ。
私が了解の翼を振ると、先行の二一型が鋭く降下に入った。その機体はおそらく降下限界速度である340kt(629.7km)ギリギリでコンソリへ向かって行く、私は少し間を空けて降下を開始した、本来ならこの撃墜の難しい敵には各個撃破の危険を防ぐと言う観点からも密集編隊で当たるべきであろう。しかし、常に編隊を組む気心が知れた相手ならいざ知らず相手の技量も解らないまま密集編隊は危険だと判断した結果だった。
当然敵はこちらに気づき機銃を向けてくる、真っ赤な火線が私と先行するもう一機の二一型を絡め取ろうとするかの如く迫ってくる、標的とした先導機だけではない、編隊各機の機銃が我々を狙ってくる。私はその射線を見極め、近づく火線を素早くフットバーを蹴って機体を横滑りにさせて避けながら先導機めがけて降下を続ける。
先行の二一型も見事な機動で楽々とその火線を避けて先導機へめがけて突っ込んでゆく。これなら密集編隊の方が良かった、と思うが後の祭りだ、こちらは自分で切り抜けるしかない。
先行機は先導機の真上まで反行で降下しながら接近、そこで横転して切替して後方から追従する形で接近、同行飛行に切り替え先導機へ近づく。
そして、先行の二一型の機首と主翼前縁に発射火炎が瞬いた。次の瞬間、多数の7.7ミリ弾と20ミリ弾に連打された先導機の左主翼はその付け根からポッキリと折れ、機体はゆっくりと横転を初めやがて錐揉み状態になって落ちていった。
ああなっては誰も脱出できない、横転の遠心力で機体の側面に皆が押し付けられ身動きも出来なくなるからだ。
落ちてゆく先導機を目で追いながら私は目標を編隊の右に居た機体に切り替えた。操縦桿を右に倒し先行の二一型と同様に反行から直上で切り替えて後ろ上方から同行での攻撃を目指す。
向かってくる敵の火線を左右のフットペダルを蹴る事で機体を左右に横滑りさせて回避する、それでも避けそこなった弾丸が命中している音が何度と無く響くがこの時は気にする事もなくそのまま敵機へ突っ込んでいった。
覗き込んでいた照準器の反射ガラスの向こうにコンソリの姿が大きく見えてくる、まるでそのまま着陸でも出来そうなまでに大きい、その胴体と主翼の付け根を狙って私は発射把柄を握りこんだ。
軽快な7.7ミリ機銃の発射音と重厚な20ミリ機銃の発射音が響いて、四本の火線がコンソリへ向かった伸びた。
狙ったのは機体と主翼の付け根、しかし、機体の姿勢の見極めが悪かったのか、射線は私の思い描いていたよりも先へ向かっていった。やがて私の射撃が命中したのは機体の前部上方、機体の上部を走った着弾痕はジュラルミンを巻き上げながら機首に向かい、最終的にはコックピットへと至った、たとえ防弾であったも至近の20ミリ機銃弾にコックピットのガラスが耐えられるはずは無かった。
私は機首を掠めるように降下を続け4,000メートルを切る辺りで徐々に機体を水平に戻した、周りを見渡すと幾つもの煙が上がっている、我々の迎撃から逃れた敵爆撃機の爆撃の結果であろう、基地や滑走路周辺にも何箇所か煙が上がる箇所が見える。
上空を見渡すと既に爆撃を終わらせた敵爆撃機は帰投コースになって反転して行くところだった、「もう一度上昇して」と考えたが既に残弾は少なく燃料も怪しくなっていた、戦果を上げたものの迎撃に成功したとは言い切れない敗北感を味わいながら私は機体を着陸コースへと向けた。
もし、敵が今以上に高性能の爆撃機を開発したら、そしてそれを大量に配備したら零式艦戦だけでは対処できない、何かもっと強力な武器が必要だ、大型爆撃機でも一撃で打ち落とすような強力な武器が。
そう思いながら私は座席を着陸位置に上げ、脚を下ろしてフラップを着陸位置まで下ろし、カウルフラップを全開にして海上から滑走路のグランド・パスにのせて機体を降下させていった。
怒涛の二話同時投稿になりました、編集しても長くて申し訳ないです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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