第十六話
遅くなりましたが、第十六話です、テ一号作戦をアメリカ側視点を中心に書きました。
第十六話
戦後公開された当時の公文書(報告書)によると米軍を中心とする連合国軍は我が軍のテ号作戦を開始以前より察知していたとされている。
コーストウォッチャーや現地人内通者からの情報、増えた暗号電文、増強され拡張された航空機と基地、再開された鼠輸送、ショートランド泊地に集結した大小型の輸送艦艇の一群、そしてその甲板上に満載されていた上陸用舟艇(運用していた帝国陸軍では大発と呼ばれていた)の存在など、それらの情報は全て日本軍による大規模で組織的な攻勢の兆しを如実に示していたのであるから当然と言えた。
これらの情報から米軍ヘンダーソン飛行場基地司令部は、日本軍による三度目の総攻撃を予測し、敵兵力の海上輸送阻止の為の航空戦力と、日本軍の攻撃に対抗すると同時に未だに同島に存在する日本軍の兵力の掃討を任務とする陸上兵力と火砲の増強を南太平洋方面軍司令部に求めた。
この現場からの要請に対し、半ば蚊帳の外に置かれた海軍の指揮官でもある方面軍司令官ウィリアム・ハルゼー大将は不満を口にしながらも同意、実行に移された。
最終的に、ガダルカナル島の兵力は海兵隊と陸軍合わせて五万名にまで増員され、航空機も戦闘機と爆撃機合わせて九〇機まで増強、重野戦砲とその弾薬と食料燃料の集積と搬入も予定通りに行われ、日本軍の想定進軍ルート上には進軍を阻止する目的で重機関銃を据えたトーチが築かれ滑走路周辺には重砲を配置して日本軍の攻撃に備えていた。
一連の対応策により基地の防御は格段に向上する事となった。
しかし、報告書に拠ればハルゼー大将は一連の対応策に対して『手緩い!』と批判していたと記されている。
これまで散々日本軍に痛い思いさせられてきたハルゼーから見れば、ヘンダーソンの司令部の対応策はあまりに直線的で正直なものであり物足りなくもあった。
「相手は、狡猾で野蛮なジャップだぞ。この程度でくたばるもんか。」
と、彼は側近に語っているが単に人種的偏見から出た言葉ではない、根底には当時では一般的な白人優勢の思想があるものの、彼としては日本軍が常に自分達アメリカ人の常識の範疇を逸脱した行動をする存在であることの認識を忘れるべきでは無いと言いたかった。
何より、今見える日本軍の行動は、明らかに大規模攻勢の兆候を示唆していた、いや、示しすぎていた。
ハルゼー大将はそう考えていた。
彼とて『日本軍が大規模攻勢に出る。』とした見立てに疑問を歳挟む気は無かった。しかし、なぜそれを戦力を消耗した今行う必要があるのか?その答えが見えない。
その一点が彼の脳裏のどこかに引っ掛かっていた。
どう考えてもこの調子で戦力を投入すれば、背後の豊富な資源と戦力を有している米軍とは違いガダルカナル島を奪取しても遠からず戦力が底をつき維持が出来なくなる。
それでも大規模攻勢を仕掛ける理由が見えないのだ。
「まあ、そうなったら跡形もなく吹き飛ばしてやるだけだがな。」
彼はその時を待ちわびる凄みの有る笑みを浮かべて部下である参謀たちにそう呟いた。
既に有名な話であるが、彼は大の日本人嫌いで知られている。
彼にとって日本人は狡猾で狡賢く野蛮で人外の存在であった、故にその日本兵を駆逐することに何も疑いを抱いていないのも事実であった。
ただ、下品で勢いの良い言動とは裏腹にウィリアム・ハルゼーと言う提督は頭も切れるし状況分析し判断する能力も優れた人物であった。
彼の粗野な言動は、一種の景気づけと部下である将兵の人心掌握の為の演技である側面が強と後に彼の側近達は語っている。
しかし、現実問題としてソロモン海周辺に戦艦や空母のような強力な海上戦力を持たない以上、海軍としては直接
手を出すことは出来ず、現場の支援にあたる他は無く、対応策を承認する結果となったのである。
勿論、米軍としても座して日本軍が攻め寄せるのを待つ手はない。
米軍の記録によれば敵の中核的な戦力集積地である、ラバウルやブイン、そして今回輸送船団が集結しているショートランド泊地へは度々陸軍の航空隊を中心とした双発・四発の爆撃機が攻撃に向かっていた。
しかし、思いの外防備が厚く毎回相当な損害を受けて帰還していた、二つの基地には最近配備されたらしい新型の邀撃機(〈蒼電〉のこと)が待ち構えていて三〇ミリ二門、二〇ミリ二門の重武装と旧来のジークとは比べ物にならない上昇力と急降下能力で米爆撃機を翻弄していた(当時米軍は〈蒼電〉の武装を誤認していた)、正体不明の敵新鋭機は爆撃機隊のクルーから飛竜の一種である「ワイバーン」の忌名を与えられ恐れられていた。加えてショートランド泊地には先のミッドウェー海戦において米軍の恐怖の的となった「メールシュトーム」(防空装甲巡洋艦「草薙」に付けられた米軍側の渾名)が居て迂闊に近寄れないのが実情であった。
そして、この年のクリスマスを間近とした二三日、ついに日本軍が動いた。
初手は航空戦であった。
同日早朝より始まった、日本軍の航空攻撃に対しヘンダーソン飛行場基地はレーダーによって遠方から接近を感知、既に準備を済ませていた邀撃隊の発進を急がせようとした。
しかし、戦闘機の離陸時に合わせるように日本軍の重砲(米軍がピストル・ピートと呼ぶ九二式一〇糎加農砲)の砲撃が滑走を襲った、これにより離陸が中断させられる等に戦闘機の発進に手間取り、発進を終える頃には敵戦闘機は上空に進入しており、更に上から被せる様に邀撃隊に襲い掛かかられ不利な状態での戦闘を余儀なくされた。
それでも半数以上の邀撃機が辛うじて敵機の襲撃を掻い潜り上空に逃れることに成功した、次はこちらの番と本来の標的と成る攻撃機を探したパイロット達は我が目を疑うことと成った。
その様子を先の報告書は次のように記している。
「上空で彼らを迎えたのは日本軍の戦闘機の群れであった、日本軍は最初の攻撃隊を戦闘機のみで構成して来た。
攻撃隊を守ると言う頚木から脱したジーク(零式艦戦の米側コードネーム)の動きは俊敏な上、ガダルカナル島への攻撃が始まった当初の十五分程度とは違い基地上空での戦闘は優に三十分以上は続いた。
敵機は五十機あまり、こちらの邀撃機は六二機が発進したが約半数の二四機が撃墜若しくは大きな損害を受けている。
それでも整備隊は可能な限り修復を行おうとしたが、敵機が去って一時間あまりで次の敵攻撃隊がヘンダーソン飛行場基地を襲った、今度の攻撃隊は先の攻撃隊よりも少数で旧式機が中心の三十機余りであったが、恐ろしいほどの操縦技能を持っており、邀撃に向かったこちらの戦闘機はまるで赤子の手を捻るように叩き落とされていった。」
初日の戦闘で半数近い戦闘機を失った米軍の基地司令部と方面軍司令部は急ぎ周辺の基地から余剰の機体と搭乗員を掻き集めてガダルカナル島へ送り込む事を決め、再びガダルカナル島での戦闘の主導権を握ろうとした・・・・しかし、
「彼らの苦労も翌日の日本軍による二度の空襲で振り出しに戻る結果と成った。」
と先の報告書は記している。
「翌日の日本軍は前日と同じ攻撃を繰り出してきた、この日の二度の攻撃に邀撃に上がった米軍の戦闘機四八機の役半数以上二五機が失われる結果と成ったのだ。」
米軍の南太平洋方面軍司令部は、明らかに一時的とはいえ守勢と成ってしまった自軍の立て直しに躍起に成らざるを得ない結果となった。
そんなある意味、混乱の只中の南太平洋方面軍司令部に一本の電文が届けられた。
電文を発信したのはヌーメアを飛び立ちソロモン海北方を哨戒中だった海軍のPBYカタリナ飛行艇の一機であった。
「トラック環礁よりソロモンへ向かうと思われる艦艇群を発見。」
所属不明の艦艇群を発見したカタリナ飛行艇の乗員の報告は極めて簡潔で重要であった。
更に、然程の時間を経ずに哨戒機から敵と思われる艦艇群の詳細情報が電文によってもたらされた。同機は第一報の後で艦艇群へ接近し詳細を調べていたらしい、周辺はまだ日本軍も制空権を持ち戦闘機が頻繁に現れる海域でも有る、哨戒機の搭乗員達はそれでも忠実に職務を果たし報告して来たらしい。
「発見せし艦艇群は敵艦隊なり、戦艦一重巡三駆逐艦多数、空母は確認されず、艦隊は約二五ノットでサンタイザベル島の三〇〇海里を南南西へ向かいつつ有り。」
この続報は方面軍司令部に驚愕を持って迎えられた。
ソロモン海で動き出した日本軍の動きに連動してトラック環礁の戦力が動くと予測していたが、これまでの損失を考えれば鼠輸送による物資輸送の強化程度と見ていたのが、戦艦や巡洋艦まで投入してくるとなれば、それはおそらく飛行場の砲撃であろう。
既に日本軍は二度砲撃を企み一度成功している、多くの軍隊がそうであるが特に日本軍は成功事例を根拠に繰り返す性癖が強かった。となれば今回、一隻とはいえ戦艦を投入しての飛行場砲撃の危険性は大きいと言えた。
対する米海軍の主力は第68任務部隊(TF68)、中核は最新鋭とはいえ軽巡洋艦四隻であった。
「てっ、提督。」
通信兵から通信文を受け取った通信参謀のマリオン・チーク中佐は、その文面を見て幾分青褪めさせてその通信文をハルゼー大将に手渡した。
しかし、その通信文に目を通してもハルゼー大将は眉を顰めるだけで通信文を他の参謀たちに見えるようにデスクに放り出し、皆に落ち着くように言って言葉を続けた。
「思っていたより少ないな、ジャップども先の第三次ソロモン海戦で何も学ばなかったらしい。
たった一隻の戦艦でガダルカナルが落ちると考えたのか?ヤマモトは。」
「確かに。一隻の攻撃では程度は知れていますね。」
相変わらず戦力を小出しする日本軍の戦術を揶揄したハルゼー大将の言葉に周囲の幕僚達は落ち着きを取り戻してゆく。
「トラックには例のビックセブンの片割れが居たはずだな。」
「はい、航空偵察により戦艦『ムツ』が確認されています。と言っても最近は閉じこもって居るようですが。」
「『ナガト』型の最大速力は25ノットと推測されています、今回発見された艦隊が25ノットで航行してるとなれば付いてこれない可能性が有るのではないでしょうか。」
「となると、ジャップの戦艦は『コンゴウ』型か、あの小型戦艦なら速度は早いが航空機で充分対応可能だ。メリル(第68任務部隊指揮官アーロン・S・メリル少将)には少々苦戦をさせてしまうかも知れないが奴ならやってくれるだろう。」
ハルゼー大将は、幕僚との会話をそう終わらせて以後の情報収集とガダルカナル島ヘンダーソン飛行場基地へ敵艦隊への攻撃準備を命じた。
意外に思われるかも知れないが当時米国軍は戦艦「大和」がトラック環礁に居ることを知らなかったと見られている、少なくともその存在は不確かな情報程度の扱いとなっておりノーマークの情報であったと言われている。
しかし、その命令直後に彼の思惑は外される結果となる、先の詳細電の入電の数分後に哨戒機が『我、敵機の攻撃を受く。』の電文を最後に同機は連絡を絶ったのだ。
「拙いな、ここで敵を見失うのは危険だ、周辺の基地に哨戒機を飛ばすように指示しろ、陸軍の四発爆撃機も使え。」
予想はしていてもいざ目を失うとなると危機感は募る、思わず強い口調でそう命令を下すと担当の参謀は素早く司令室を出て行った。
そして、彼らと入れ替わるように真の凶報が方面軍司令部に舞い込んだ。
「我、敵の攻撃を受けつつ有り、滑走路に直撃弾多数。
現在、当方の滑走路は使用不可能なり。」
それは日本軍の航空攻撃受けていたガダルカナル島ヘンダーソン飛行場基地からの悲鳴にも似た緊急電であった。
書きたいことが多すぎて中々まとまりません。結局テ一号作戦はもう一話続きます。
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