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「おい……おい、結!起きろって」

「う、うーん」


 相棒に叩き起こされた15歳の少年・椎名結は、重い瞼を擦り、何度か瞬きした。


「お前、研究中に居眠りしてたんだぜ。ここ最近、よく寝てなかったんじゃねーの?」

「えっ、嘘! うわー、研究どれだけ進んだ?」


 結は身を乗り出して、所属する科学部の先輩──とは言っても幼なじみなので、わざわざ敬語を使う必要はない──男子、河邑の手にあるレポートを横から見た。まったく進んでいない。


「ったく、お前が寝てたら全然進まねーよ……」

「ご、ごめん……。変な夢を見てたんだ」

「夢?」

「うん。何か、世界が終わってしまうような夢だった」

「学校の部室でなんと物騒な夢を……」


 河邑が呆れ声で言う。「とりあえず、その寝グセ直してこいよ」と付け足される。結は慌てて手洗い場に向かった。

 鏡を見ると、1人の少年がこちらを見返していた。

 元々赤い瞳は、充血していて更に真っ赤。やや幼い顔立ちで、小柄で華奢。──自分だ。結は、鏡を覗き込むのはあまり好きではない──むしろ嫌いである。鏡に映る自分の姿を見る度に、ああ僕はなんて頼りない外見なんだ、と思わざるを得ないからだ。

 結は落ち込んだ気持ちを振り払うように、少し長めの黒髪にばしゃっと水をかけた。

 羽織った白衣のポケットには、携帯端末が入っている。現在の時刻を確かめようと、結はその画面をタッチした。

 ──2024年2月10日 18:26

 居眠りの開始時刻は恐らく同日の10:30頃なので、およそ8時間爆睡していたということになる。それだけ時間があれば、どれだけ研究が進んだことか、と思わず嘆息する。

 研究と言っても、科学とはほぼまったく関係のないテーマなので、謂わば趣味だ。意味がないとも言えるその研究テーマは、«異世界が存在するか否か»。何ヵ月か前に、河邑とその話で盛り上がり、「確かめよう」ということで、この研究を進め出した。

 しかし、そのテーマはあまりにも漠然としすぎていて、進行状況はあまりよろしくない、というのが現状である。


「……そろそろ、戻ろうかな」


 結は小さく呟くと、長い廊下を歩いていった。



 部室に戻ると、相棒がテレビを鑑賞しながら、3人用のソファーに座っていた。

 科学部のメンバーは、結、河邑、そして結の双子の妹の3人。だからソファーは3人用。しかし、妹はとある事情で、6月以来部室に来れていない──。

 結は苦笑いを浮かべると、河邑の横に腰を下ろし、訊ねた。


「なに観てるの? ……ニュース?」

「そ。最近、物騒なネタも多いよなー……世界が滅びるとかさ。結、夢にまで見るってことは、もしや相当ビビってんの?」

「ち、違うよ!」

「じゃ、予知夢とかいうやつなのかもなっと」

「や、やめてよ」


 現在世間では、あるニュースの話題で持ちきりだ。

 最近、妙な占い師がテレビや雑誌などで取り上げられている。驚くことに、その占い師の予言は外れたことがなく、世間を圧倒している。最新かつ最大の予言は、«近々、地球は滅びる»。信じられない、いや信じたくはないが、この頃世界中で、火山が突然噴火する、島が沈むなどということが起きている。これもその前触れなのだろうか、と考えるだけで戦慄する。


「怖いよなー……結、今日は家に帰ったらどうだ? どうせ、まだ眠いんだろ」

「じゃあ、お言葉に甘え……たいところだけど、本当にいいの?」

「いーのいーの。どうせ、科学とは何の関係もない、趣味の研究なんだしさ。俺も今から帰るよ。今日俺バイクだけど、乗ってく?」

「大丈夫。今日はちょっと、病院に寄りたいから」


 結の双子の妹、もう1人の科学部員・椎名凛は、ガンで都立病院に入院している。結はほぼ毎日、妹の見舞いに病院を訪れていたのだが、最近は研究に夢中で、なかなか行けない日も多い。


「……そうか。治りそうなのか?」

「順調に回復してる……と思う。ただ、手術したばかりだから、しばらくは元気な姿を見れないと思う」


 一昨日やっと普通病棟に移され、直接の面会許可が下りた。

 結は脱いだ白衣──別になにか実験するわけではないので着る必要はなかったのだが、科学部員としてはなんとなく着ておきたかった──の代わりにコートを羽織り、首にマフラーを巻いた。「また明日」と河邑に告げ、部室を後にする。



 病院へ向かう途中にあった花屋で可愛らしい花を見つけたので、凛に買っていってやることにした。何と言って渡せば喜ぶかな、などと考えている内、病室前に到着した。特別病棟から移ったばかりの凛は個室なので、きっと寂しい思いでいるだろう。結は自動のスライドドアにIDキーカードを翳し、少し開いた隙間から顔を覗かせて、妹の名を呼んだ。


「凛」

「……結」


 あまりにも弱々しくなった妹の声に胸が痛くなったが、結は笑みを作った。


「遅いよ……。待ってたんだから……」

「ごめん、凛。……はい、お見舞い品……って言い方は嫌いなんだっけ?はい、お土産」


 オーソドックスな言葉と共に、先ほど購入した花を取り出し、面会者用の椅子にそっと置く。凛はその花を見、微笑んだ。


「可愛い……ありがとう」

「うん。気に入ってくれてよかった」


 その後数分間、何気ない会話を交わした。妹の体力を見かねた結は椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。その時ふいに、凛が言う。


「もう少し、いて」

「えっ……」

「今日、窓の外に、黒い蝶の群れを見たの。なんだか、怖い。あたしが……結が、消えちゃいそうで」


 結は目を丸くし、数秒の間立ち尽くしていたが、すぐに納得した。凛はきっと、女子高生にしてガンなどというつらい病気にかかって、少し弱気になっているのだ。結としては、朝まで一緒にいてやりたいところだ。しかし、面会が許されているのは9時まで。手術直後の凛の為にも、結はそれまでに病室を出なければならない。


「また明日も来るよ」


 結は妹の頭を優しく撫でると、病室を後にした。


「結……ッ!」


 すがるような、妹の声が聞こえた。



 結は、雪の積もったアスファルトを歩き続けた。辺りは銀世界とまではいかないが真っ白。寒さの為か、人通りはほとんどない。あまりに綺麗な景色に、思わず見とれた。

 しかし、突然 視界に黒いものがうつった。

 蝶だ。黒い蝶。だが、ありえない。今は冬、蝶が飛んでいるはずがない。

 ──窓の外に、黒い蝶の群れを見たの。

 ──あたしが……結が、消えちゃいそうで。

 何だか不気味に感じ、結はその場を避けた。しかし、蝶は群がりながら結についてきて、どんどん距離を詰めてくる。


「──ッ!?」


 どれだけ走っても追ってくる。やがて蝶が、結の体にまとわりつき始めた。振り払う為、結は腕を動かそうとする──しかし。


「──えっ」


 何故だか、蝶がまとわりついた体の部位は、まるで言うことを聞かない。どれだけ力を込めようと、ピクリとも動かない。終いには体が勝手に動き出して、近くの10階建て高層ビルの中に入っていく。


「だッ、誰か──」


 叫ぶが、自分の声が跳ね返って響くばかりで、返事はない。遂にたどり着いたのは━━10階。結は冷たいものが背中を滑り落ちるような感覚に苛まれた。勝手に動く手は、屋上の扉を開け、結の意思と関係なくその端へと進む。

 下界が見える。ここから落ちれば、確実に──


「ちょっ……止まって! お、落ちる……」


 どれだけ言っても、足は歩みを止めようとしない。落ちるまであと3歩、2歩──。


「嫌だ……っ」


 結の顔は瞬時に青ざめた。下から野次馬たちが見ている。

 ──なんで? さっきまでは、誰もいなかったのに。

 今はそんなことを考えている場合ではない。もしかしたら、誰かが受け止めてくれるかもしれない──。思った途端。

 残り1歩──……0。

 結は、10層にも重なるビルを落下していった。蝶が三々五々に飛んでいく。やっと自由になった手を上に伸ばすが、虚しく空を切る。

 その時、誰かの声が聞こえた。


「──ユイ」





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