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笑顔のゆくえ

作者: 赤井美月

初投稿させていただきます。とても緊張していますが、多くの方にご意見もいただければ幸いです。

僕らは、明日別れる。


隣で眠る彼女の白い頬を見つめていると、涙で視界がにじみ始めた。


同棲をして1年。

彼女とは結婚をするつもりで、真剣に付き合ってきた。

どこかさみしげに笑う彼女を見るたび、僕がずっと守っていきたいと思っていた。

いつか彼女が、まぶしいくらいの笑顔を見せてくれる日を願って。


でも。

少しずつ、僕らはすれ違い始めた。


彼女が食事を作って、僕の帰りを待っていてくれる。

そんなことがうれしかったのも、最初のうちだけだった。

仕事を理由に、僕の帰りが遅い日が続いた。

そんなときでも、彼女は食事に手をつけることなく僕を待っていた。

「おかえりなさい。遅くまでおつかれさま。」

彼女のさみしそうな笑顔が、だんだん僕の心を重くするようになっていた。


「別れよう。」

僕が口に出したとき、彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、いつものようにさみしげに笑うと

「うそでしょ?」

と、上目づかいに僕を見つめた。

それから、何度も時間をかけて僕らは話し合いをした。

そして、ようやく彼女がうなずいた。

明日、僕は出て行く。


この部屋で眠るのも最後だと思うと、僕は結局うまく眠ることができなかった。

カーテンから白い光が差し込みはじめた。

もうすぐ、夜が明ける。

寝不足でぼんやりする頭を持ち上げるようにして、僕は彼女をそっと見た。

彼女は、泣いていた。

思わず抱きしめそうになった。

でも僕は、そのまま眠ったふりをした。

自分で言い出して決めた別れなのに、涙が止まらなかった。


最後の朝を迎えた。

僕らは黙って朝食をとった。

靴を履く僕を、彼女は玄関に立ち黙って見つめた。

「いろいろありがとう。」

ようやく、それだけを口にして僕は振り向いた。

彼女は僕をまっすぐに見ていた。

「あなたといるときの私が、一番幸せだった。ありがとう。」

彼女がまぶしいくらいに笑った。

僕のずっと望んでいた笑顔がそこにあった。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


私達は、明日別れる。


隣で眠る彼の背中を遠く感じながら、私は目を閉じた。


彼と暮らし始めて1年。

いつか彼と結婚できると思っていた。

彼の優しいまなざしを、私はせつないくらいに愛した。

彼がいてくれるだけで、どうしようもなく幸せだった。


でも。

少しずつ、彼の心は離れていった。


仕事が遅くなるたび、息を切らして帰ってくる彼。

食事は先にして良いと言われていたけど、一緒に食べたくていつも待っていた。

彼との時間はどんな時間だって大切だったから。

だけど、だんだん彼は無口になっていった。

「ただいま」と言う彼から、気がつくと笑顔が消えていた。

それでも、彼がここに帰ってきてくれるだけで、私はうれしかった。

だから笑顔で迎えた。

「おかえりなさい。遅くまでおつかれさま。」


彼が別れを口にしたとき、悪い夢を見ているのかと思った。

「うそでしょ?」

冗談だよと笑ってくれる気がして、私は笑って彼を見た。

「僕では、君を幸せにできない。守っていく自信がない。」

彼はうつむいたまま、そう言った。

でも、彼以上に私を幸せにできる人なんていない。

私はそう確信していたから、かたくなに首をふり続けた。

それでも何度も別れ話を続ける、彼の苦しそうな姿を見ていたら、私はそれ以上何も言えなくなった。

彼がそんなにも望むなら、別れようと思えた。

そして、今日が二人最後の夜。


枯れたと思っていた涙が、またあふれてきた。

愛しい彼。

どんなに私が彼を望んでも、もう彼は私を望んでいない。

だから、私が彼にできる最後のこと。

別れを受け入れること。

これでいいんだと、自分に言い聞かせてそっと目を閉じた。

もうすぐ朝が来る。

夜が明けなければいいのにと、どんなに朝を憎んでも朝はやってきてしまう。

彼がいなくなる朝も、もう受け入れよう。


夜が明けた。

静かな朝。

彼が何か言ってくれる気がして、言葉を待っていた。

でも私にも、彼にかける言葉なんてみつからなかった。

玄関で靴を履く彼に、何も言えないまま私は立ち尽くしていた。

彼が行ってしまう。

彼が扉を閉めたら、思い切り泣こう。

せめて最後は笑顔で送り出そうと思った。

彼の目に映る最後の私が笑顔であるように。

「いろいろありがとう」

彼が振り向いた。

私は、心からの言葉をたむけた。

「あなたといる時の私が一番幸せだった。ありがとう。」

彼がはっとした顔で私を見返した。

その時、彼のまなざしを見て私は気づいた。

彼の中に私への愛が残っていることを。

それだけで十分だった。

彼が扉を閉めるのを待った。

早く泣きたかった。








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