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§6 理由

§6 理由



「ったく……近所で変な事件が立て続けに起きちまって、顔出しにくくなっちまったな」


 男は背中を丸めて歩きながら、ぶつぶつとつぶやいた。

 年齢は六十を少し越えたくらい、というところだろうか。

 地味なコートの下は、少しくたびれた焦げ茶色のスーツを着ている。短く刈り込んだ白髪交じり……というよりは、白髪に所々黒髪が混じっている頭に、古びたベレー帽を被っていた。

 まだ夕方だというのに、どこかで一杯引っかけてきたのだろう。少し顔に赤みが差し、息は酒の臭いがする。


「せっかくうまくあの木も枯れて、高く売り飛ばすルートも確保できたってのによ……」


 その時、内ポケットから子守歌のメロディーが流れ始めた。

 着信音である。携帯電話を懐から取り出すと、男は先ほどとはまるで違うトーンで話し始めた。


「はいはい、棚家たなかです。ああ、これはこれは宮司さん。なんだかんだで手配が遅れちまっててすみませんねえ。もうそろそろ伐採業者がそちらに……え? なんですって?」


『だから。ちょっと問題が起きちゃってね。今回の話はなかったことにさせてもらいたいんですよ』


 電話の向こうの宮司の声は、以前話した時とは打って変わって固い調子だ。


「え、いや、そう仰られても……こちらも業者を手配しちゃったんですよ。なんとかなりませんかね?」


『遅れてたのはそっちだし、まだ取りかかってないんだから良いでしょう? それじゃ』


「あ、宮司さん、ちょっと!!」


 とりつく島もなく一方的に電話を切られた棚家は、携帯電話を睨み付けた。


「いったい何だってんだ……? まさか、バレたんじゃねえだろうな……」


 棚家はしばらく道端で腕組みをして考え込んでいたが、ぶるぶるっと頭を振ると


「冗談じゃねえ。こっちにやってきてからの初仕事だ。仕込みに何ヶ月も掛けて、はいそうですかと引き下がれるけえ!」


 棚家は決然として駅の方へ歩き出した。

 さっきの声の調子から考えて、フォローするなら今すぐ行くべきだと、商売人としての勘が言っていた。しかしこう酔っていては、車の運転はできない。

 それでも、タクシーでも拾って何が何でも行くつもりだった。


(ふざけんじゃねえや。俺の仕返しはまだ終わっちゃいねえんだ。もっともらしくお祀りされてる神様なんてもんは、全部この国から無くしてやらあ)


 棚家は右手を左のこぶしにかぶせ、ぎゅっと握った。


(そうだよ……あの時もこうやって握ったんだ。アイツの手をよ……)

 

 胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。



 もう、二十年も前になる。

 棚家は、建材関係の会社に勤めるサラリーマンだった。

 自分の両親と妻、小学生の一人娘の家族五人で、普通に暮らしていたのだ。

 いや、普通よりは、豊かで幸せだったと自分でも思う。

 勤務先の調子も良く、棚家の給料が良かったこともあるが、父親も妻も働きに出ていたから、一家の収入は充分だった。

 家族に病気を持つ者もおらず、借金も大きな悩みもなく、何も心配することのない日々であった。

 一戸建ての住まいの近くには、古い神社があった。

 そこにも巨大な神木があり、娘はその境内が大好きで日曜の朝には、飼い犬の散歩に二人で行ったものだった。

 両親もまた毎日のように神社に参詣していた。信心深く、また厳しい両親でもあったから、罰当たりなことは一切許さなかった。近所の奉仕活動にも率先して働き、信望も得ていた。


(そうだよ……本当に神様がいるんなら……何であんな事になる。なんで……)


 家族五人で久しぶりに出かけたのは四国。

 近所の神社の本社に当たる、香川県の金刀比羅宮への参拝旅行だった。

 楽しかったはずの家族旅行は、居眠り運転のトラックによって引き裂かれた。

 十数台を巻き込んでの高速道路での事故は一瞬で家族を奪った。


(このみ……お前だけでも生きていてくれたら……)


 病院で最後に握りしめた小さな手を思い出す。

 奇跡的に助かったのは、運転していた自分一人。

 憎むべき事故を起こしたトラック運転手も即死状態だった。

 彼を酷使していたトラック会社も直後に倒産。

 棚家は、怒りのやり場を失った。


(毎日拝んで、幸せを祈って、ただそれだけだったじゃねえか。それがなんで突然奪われなきゃならねえ……つまり、神様なんてものいやしねえんだ。もしいるってんなら……バチを当ててみろってんだ。)


 もう田園地帯に入ったのだろう。

 タクシーの窓から見える外の景色は真っ暗だ。その闇を棚家は暗い目で睨み付けた。


(へっ……もうご神木ばっかし二十本……二十本だぜ? 神様がいるッてんなら、こんだけ罰当たりなことやらかしてる俺が、どうして生きていられるんだよ……どうして、どうして……)


 棚家は、後部座席の暗がりで、思わずこぼれた涙を運転手から見えないようこっそり指先で拭った。


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