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監獄学園  作者: 垢欺


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1/1

フランス人形との友情




 風も通さない地下奥深く

 通路を照らすように松明が飾られていた。通路には木が燃えあう時に聞こえるパチパチ、とした音しか聞こえず、辺りは静寂に包まれていた。

 周りには冷たい感触を感じさせる鉄格子が松明の炎の下で照らされる。

 その通路内を人の歩く音が響いた。

 コツ、

 コツ、

 コツ、

 コツ、

 低間隔で響く足音に、鉄格子の暗闇に包まれた部分が少しざわつく。

 それでも、足音は鳴りやまない。

 目的地へと音は徐々に近づいて行った。

 その足音が突如通路内に響かなくなった。鉄格子の奥のざわめきも一気に静かになる。

 松明の炎で靴らしきものが照らされた。

 「……おい」

 無愛想な掛け声が靴の上から聞こえた。

 それに、檻の中の人物は顔を上げる。

 「要件は何だ?」

 紙を捲る音がする。

 彼はいつも紙を纏める時にグリップボードに纏めるのを少女は知っていた。そこに自分の過去の履歴や罪の重さも書かれている。

 だが、関係ない。


 「……あたらしいにんぎょうがほしいの」


 弱弱しい声が檻の奥から聞こえると彼は紙に"何か"を書いていく。

 松明の炎がパチパチ、と音が響いて火の粉が飛び散る。彼の長い睫毛がゆっくりと瞬きして、口が開いた。



 「わかった」




 ***




 学園の教室の窓からは、学園の名前に相応しい大きな桜大木が見える。

 春は出会いの季節であり、新入生の不安要素である自己紹介も終えて、そろそろグループができ始めている頃

 そんな、和気あいあいの教室の中、窓から覗くこの学校名物桜を見詰めている少女が1人いた。

 (帰りたいなぁ…)

 友達同士で集まるわけでもなく。クラスメイトなど見向きもせず、少女は風に吹かれて散る桜を頬杖をついて眺めていた。




 私立春咲学園

 偏差値は中の上

 進路選択も幅広く、大学進学率も高い

 大学並みに広い校舎と山の中にある変わった学校として、地元の人からは評判の良い学校である。

 山の中といってもバスも通っており、自転車や、徒歩通学者もいることから、意外と通行手段は便利なところも評価の1つだ。

 春咲学園の校訓は

 『文武両道、賢才武略、才色兼備』

 ―と、あらゆる文科において秀でると意味をもち。スポーツマンから美術家の卵まで、あらゆる人が集まるので有名だ。

 



 窓から桜の大木を眺める少女の名前は黒木爽子くろきさわこ

 今年の一年生として進学したのだが、H中出身が自分しかいないため、孤立中である。

 性格も内気なせいか、話しかけることもできずに、退屈な日々を送っていた。

 (……暇だなぁ。憧れの高校にせっかく入ったのに…) 

 何もすることがないので、読書でもしようかと机に視線を逸らした際、後ろの方で話している女子グループの会話が耳に入ってきた。

 「ねぇ、ねぇ、知ってる~?」

 「知ってる。知ってるーあの噂でしょー?」

 (なんだろう…?)

 好奇心を湧くような言葉に、机から少し身を乗り出してそちらに耳を傾けた。

 「また、人が行方不明になったんだって~。もう、これ、ぜったい 開かずの間の仕業だよね」

 「やばぁ~!」

 (開かずの間?)

 なんだそれは、とさりげなく会話をしているグループとの距離を近づけるが授業のチャイムが鳴って、それは叶わぬことになった。

 「次、移動教室じゃん!」

 「地学室遠いんだよねー!」

 足早に教科書などを持って走り去る2人組に、話の続きは!?と心の中で叫ぶが勿論相手に届くことはなく。一人残った教室内で爽子は肩をがっくりと落として、地学室に向かった。



 ***



 春の心地のいい風が爽子の身体を突き抜ける。

 ざわざわ、と木々のざわめきが心を落ち着かせ、再び箸を手に取った。




 爽子は日々、昼休みの食事の時はよく桜大木の下で食事をとっていた。

 教室内は何より居心地が悪く。一人でいるのは――虚しい

 (私もみんなと仲良くお喋りしたいなぁ…)

 ちょっぴり塩辛い卵焼きを口に含んで涙を流す。友達ができたら、

 昼休み中喋って

 くだらないことで笑って

 放課後毎日のように遊んで

 プリクラを撮って―

 そんな、楽しい毎日だけを想像していた。みんなにように明るくなりたい。お喋り上手になりたい。

 見上げる教室は楽しげに賑わっていて――遠い。

 その距離は物理的にも遠くて、それよりももっと―。



 爽子は塩辛い卵焼きをまた食べて涙を溢す。

 花の上に雫が落ちて、花弁を濡らした。顔を上げるとこちらに近寄ってくる人影を見つけた。

 (人が来る!!)

 こんなところで食事をしているなんて可哀想な子だと思われる!、爽子は急いで食事の片付けようとしたが間に合わず、人影が爽子の手前で止まった。

 「ねぇ、何してるの?」

 問いかけられて爽子はあわあわ、と口をもごつかせた。誤魔化せない。

 「…………………………教室にいずらくて……ここで食べてるの」

 「………」

 暫しの間隔があく。心が居た堪れないが顔も上げることもできない。

 相手の反応を待つように、地面に視線を落としていると目の前に手が見えた。顔をあげると制服を身に纏った同じ年く らいの少女が立っていた。

 「私も一緒にいてもいい?」

 「えっ…」

 そんなこと言われるなんて思わなかった爽子は、慌てるように身動きした後、ボソボソと小さな声で隣を指すように手を原っぱの上に置いた。

 「………………………どうぞ」

 「ありがとう」

 少女は陶器のように白い歯を覗かせて笑った。爽子は何て言葉を返せばいいのか考えるが、ロクな返事ができずに黙り込んでしまう。

 綺麗に咲く桜の大木を仰ぎ見ながら少女は綺麗だね、と言った。

 「……………そうですね」

 「うん、綺麗。すっごく」

 横目で見た少女の顔は桜に微笑んでいた。桜が好きなんですか、と聞こうとしたが話の腰を折られてしまった。

 「……さくら」

 「開かずの間の噂って知ってる?」

 突如 ふられた話題は、先ほど教室で爽子が気になっていた噂だった。

 素直に首を横に振ると少女はその噂について話してくれた。



 「この学園の噂の一つらしいけどね。この学園の地下には囚人が住む監獄が存在いてね、学園の、奥の、奥の、奥の、奥の、人の目の届かない場所に黒い扉を抜けた先にあるの。でもね、その扉を潜った人間は生きては帰れないんだって。」



 「へぇ……」

 小学校の学校七不思議的なやつがこの学校にもあったんだ。

 現実味のない話を聞いて、ポカーンと首を傾げたままの爽子に少女はさらに話を続けた。人差し指を立てる彼女の声がどこか明るげに聞こえた。


 「もう一つ、開かずの間に訪れた人にはなんでも願いが叶えてくれるって噂もあるんだよ」


 相手の言葉にさらに爽子は首を傾げた。

 矛盾しているんじゃないのか?

 「…………………どっちが本当なんですか?」

 「さぁ?」

 いや、さぁって…。

 少女の視線の先には学校の校舎がうつっていた。先ほど自分が眺めていた、とある一角の教室を。

 「……………遠いね」

 「………」

 「行ってくればいいんじゃない?」

 「…えっ、…い や、その」

 教室の窓には生徒の姿がちらほらと見えて、とても楽しそうだった。

 そんな中に自分は入り込めない

 「………………私にはムリ…」

 「何か、変わるかもしれないよ」

 「変わる…?」

 この退屈な日々が変わることなどできるの?

 再び少女の方に目線を向けたら、視線が交わった。よく見たら綺麗な顔立ちの子だった。とても、整った顔。



 「訪れてみたら?その監獄に―」



 相手のその先の言葉を聞くことはなかった。2人の間を大きな風が吹いて、爽子は思わず目を瞑ってしまう。風が止んで目を開けると目の前には誰もいなかった。

 「………うそ……ぉ」

 寂しくて幻覚まで生んでしまったじゃないか、と頭を押さえる爽子に、後ろから声が聞こえた。 

 



 ***



 

 時刻は深夜1時半

 今日は新月といって、月が太陽の方向に有るせいで、地球から見て月の影しか見えないと現象がおこり、月が輝いて見えない日だ。

 そのため、辺りは真っ暗闇に包まれており、爽子は足元しか見えなかった。

 (断ればよかった…)

 懐中電灯で壁や門を照らしながら、溜息を吐いた。






 時間を遡ればそれは昼休みの出来事

 後ろから聞こえた声に爽子は思わずひぃ、と声を漏らした。

 幽霊!?と思ったのも束の間、すぐに声の主が幽霊じゃないことがわかった。

 「ちょっと黒木さん!聞こえてる?」

 声の主はクラスのグループの中心人物である杏莉さんだった。

 爽子はほっと一安心して後ろを振り返る。

 「………な、なにかな?」

 「ん―、さっきね。ここらへんで"開かずの間"の話が聞こえてさ―」

 「そ、それがどうかした…?」

 「うん、ちょっとねぇ―…」

 意味ありげに笑う杏莉さんに、周りの子達もクスクスと笑い声を漏らす。杏莉、"開かずの間"じゃないよ。そっか―、そうだね。開かずの……

 と、騒ぐ声が幽かに聞こえるが。爽子には杏 莉さん達が何を考えているのかわからずにただおろおろ、と視線を迷わせる。杏莉さんがぐっと距離を近づけてきた。


 

 『今日の夜、肝試ししない?』



 これが事の顛末

 深夜の1時集合ね、と言われて来て見れば、門には誰もおらず、携帯を開くと『行けなくなった。ごめんね!!あたし達の分まで頑張って!』と送られていた。

 (大方…、こっちが本当の狙いだなぁ)

 せっかく親の隙を狙って抜け出してきたのに、と肩を竦める。

 本当はここで帰って、明日皆の前で適当に話を作っておけばいいのだが―。


 『何か、変わるかもしれないよ』


 昼間の少女(幽霊?)の言葉を思い出す。

 ―生きては帰れない

 ―願いを叶えてもらえる

 まさに矛盾しているように、噂は2つの別れ道となっている。

 怖いのは嫌い。お化けも。怪物も。幽霊も。

 でも、今日、桜の木の下で会った幽霊は優しかった。

 私なんかに喋りかけて くれた。

 (私は……)

 爽子は門に手をかけて、足にぐっと力を入れて足をバネのようにしてジャンプした。不恰好ながらも着地すると夜に聳え立つ学園に顔をあげた。

 ここで帰ったら何も変わらない。


 (私は……一人でもいいから友達がほしい)


 決意を胸に。爽子は学校の敷地内で足を踏みしめた。







 校舎内に入ったからといって、爽子は警戒を怠ることなく右、左、と交互に懐中電灯で廊下を照らして何もいないことを確認して忍び足で歩いた。警備員の不安はないが、怖い。やっぱ、夜の学校は怖い!

 そろそろと時間をかけながらも、少しずつ前を進む爽子の後ろで物音がした。

 「ひぃぃ!!!」

 ぎちぎち、とまるで錆びれた機械のように首を後ろに曲げると――白い幻影が。

 「ひゃぁああはぁあああ!!!!!」

 (お、お化けぇ!!)

 爽子は全速力で、右も、左も、考えず。ただ後ろの白い幻影から逃れるように走った。

 白い布がひらひら、とまるで爽子にさよならをいうように、泳いでいた。





 ***





 (こ、こ、ここまで来ればだいじょうぶかなぁ…)

 はぁはぁ、と息をきらして、辺りを見渡すと白い幻影の姿はなく、汗で滑る手で懐中電灯を持って辺りを照らした。

 「……ここ、どこだろ?」

 入学して一ヶ月もたっていないため、校舎の位置なども把握していなかったせいか、完璧に迷ってしまったらしい。

 どちらが入り口なのか、と不安にまみれながら、懐中電灯で足元を照らして彷徨っていると――突きあたりにきてしまったようだ。

 「……行き止まり」

 もう一度、元来た道に戻ろうと足を一歩下げた瞬間、黒木は懐中電灯に"南京錠"が照らされたのに気がついた。

 不思議に思って、懐中電灯を照らすとそこには―

 「みつけた…」



 黒くて

 分厚い

 扉



 質量のありそうな黒い鉄で作られた扉は、ありとあらゆるものを拒むように立っており、触れてみると金属の冷たさが肌に沁み渡った。

 「ほんとうにあったぁ…」

 取っ手のようなものがついてあり、その取っ手に南京錠がぐるぐる巻きにされて縛り付けられているが、南京錠は開いていた。

 爽子は取っ手を握って、生唾を呑み込んだ。

 本当に開けてはいいのか。

 お化けがいるかもしれない。

 危ないかもしれない。

 色々な不安と恐怖が渦巻く中、爽子の中である言葉が響く。


 「何でも……願い事が…」


 遠くて、届かないと思っていた。

 私はずっと迷ってばかりで

 一歩踏み出せたら何かが変わっていたかもしれない。

 だから―

 爽子は生唾を呑みこん で、取っ手を捻った。



 今だけは迷いたくない



 ギィィィィィ、と不気味は音をたて、質量ある扉は開いた。

 爽子は震える手で取っ手から手を離して中に入ると、扉はひとりでに閉まる。

 「ひぃぃ!!」

 閉まった扉を見詰めるが、そこに誰もおらず、恐怖心がさらに募った。

 (怖い、怖い、怖い!!!)

 涙が零れそうなほど怖いが、爽子は勇気を振り絞って足を一歩前に進める。

 一歩

 また、一歩

 螺旋状のような階段を下りて、爽子の目に現れたのは――監獄だった。

 (うわぁあぁぁ)

 テレビで見るような刑務所と似ている作りの監獄で、檻が通路の左右に奥まで並べられてある。

 檻の前には、通路を照らすように松明が飾られていた。通路には木と火が燃えあう時に聞こえるパチパチ、とした音しか聞こえず、辺りは 静寂に包まれていた。

 (…ほ、ほ、ほ、ほんとうにあったんだぁ)

 びびりながら爽子はおそるおそる前に進む。周りを見渡しても檻しかなく、中を覗く勇気もなく、どうすればいいのか途方にくれていた。

 (……こわい、こわい)

 帰りたい、そう思った時――左方向に石ころが転がる音がした。

 「な、…誰ぇ!?」

 やはり機械じみた動きで体をそちらに向ける。左方向の檻には鉄格子が嵌められており、左右に見える松明が少しだけ檻の中を照らした。

 「だれ、誰ですかぁぁ!?」

 恐怖心は人を殺す。

 あまりの恐怖に爽子は叫び声をあげながら檻に向かって吠えた。

 その瞬間、男が鉄格子を掴んだ。

 「助けて、助けてくれぇええ!!」

 「ひィィィイ!」

 鉄格子 を揺らしながら、助けてくれと叫ぶ男性に爽子は目を逸らした。

 だって、"なかったから"

 下半身が、綺麗になくなっていたから

 「いやぁぁあややややぁぁ!!!!!!」

 大声を叫んで、爽子は通路を走り出す。

 (なにあれ、なにあれ、なにあれ!!!???)

 血を流れていない、臓器も見えていない。ただ男の下半身が綺麗になくなっていたのだ。

 爽子は涙を溢しながら走り続けると、突如何かにぶつかった。

 「いたっ!」

 冷たい床にお尻をついて顔を上げようとした際、上から声がふってきた。


 「……だいじょうぶか?」


 人の声、嬉しさのあまり顔を上げるとそこにいたのは――黒髪の青年だった。

 女性よりも白い肌と、艶やかな黒髪が印象的の男の子だ。年は私と同じくらいか、それ以上に年上にも見える。

 吊り上った眼つきに長い睫毛

 170㎝ぐらいの春咲学園の制服を身に纏った青年だった。

 「あ、あ、あの……ぅ」

 「あ?聞こえねぇー」

 人に会った嬉しさか、先ほどの恐怖心からか、爽子は一気に涙を流した。

 「………ぅ、ううう」

 「………」

 泣き始める爽子に、青年は途方に暮れ たように自身の髪をかいて、どうすればいいか迷う。

 「………」

 「か、…ぅううう。……………かえりたいぃ」

 「…あんた、願い事するために此処に来たんじゃねぇの?」

 「………ねがぃ?」

 「知ねぇーなら、いいや」

 願い、その言葉に爽子は当初の目的を思い出す。

 活気あふれるクラスメイトの笑い声

 部活動に向かったり、友達同士で下校したり、放課後遊んだり

 笑いあう『仲間』

 「あ、あります!あります!」

 「なんだ」

 「友達がほしいんです!1人でいいから、笑いあえる親友が!!!」

 先ほどまで泣いていた少女とは大違いの信念ある目線が、青年の身体を突き抜けた。

 青年は持っていたグリップボードを取り出すと、紙を何枚か捲って顔を上 げた。

 「…わかった。その願い叶えてやる」

 青年はとある紙を爽子の前にだした。

 紙には履歴のようなものが並べられてあり、その右上には写真が貼られていた。

 とても可愛らしい

 まるで、フランス人形のような女の子の写真



 「Stephanie(ステファ二ー)と会わせてやる」



 「ステファ二―?」

 外人の名前だよね、と聞いてみたかったが、青年は爽子の事など無視して歩き出す。慌てて追いかける爽子に、青年は年には似合わないほど低く、冷たい声で正面を見据えたまま後ろにいる爽子に語りかけた。

 「友達が欲しいんだろ?なら、"きっと"そいつならお前の願いを叶えてくれるだろう」

 「………あっ、その、えっと…どうゆう意味…」

 「でも、一つだけ忠告しておく」

 狭い通路内で青年の足跡が止まった。爽子も続けて足を止める。


 「………檻だけは絶対に開けるな。何があっても…、どんなことがあっても…」

 

 彼の言葉は私をぞっとさせるようなものであった同時に、恐怖とは違う、胸が詰まる思いをした。

 青年と爽子はランタン片手に奥の通路へと再び歩き出 す。爽子も後を追う。

 松明だけでも通路は十分明るいのだが、青年は六面ガラスのアジア風のランタンを持って黙々と道を誘導してくれた。

 空気に耐え兼ね、爽子が口を開いた。

 「あの……」

 「…なんだ」

 「す、すいません。…名前聞いてませんでしたなぁって」

 普段男性とロクに口も聞いたなかったので、男性の威圧感を久しぶりに感じて条件反射で謝ってしまう。

 「桐だ」

 「桐さん…?」

 「………」

 桐はそれっきり口を開くことはなかった。

 靴とアスファルトの擦れる音と、松明が燃える音と、ランタンの金属の揺れる音だけが通路内に響いて、私は何も言えずに黙々と歩いた。




 ***



 

 桐は歩いていた足を止めると、右方向にある檻の前に止まった。

 「ここだ」

 「……ここがぁ」

 指名された檻はほかの檻と何ら変わらなかった。左右に松明が付けられて中の様子が若干だけ覗けるようになっているだけ。

 指名されても、ここからどうすればいのだろう?

 中に入るなんてもってのほかだし、近づくのも怖いし、と思って桐のいる方向に顔を向けると――そこには誰もいなかった。

 「えっ……桐さん?」

 相手の名前を呼んでも、返事はなかった。

 ただ松明の燃える音だけが聞こえる。

 (ウソっ、いない!?おいてかれた!?それとも……最初からいなかったとか?)

 最初に見た下半身のない男を思い出して身震いをする。

 「帰らなきゃ…」

 震えが止まらない手で、通路の奥へ手を伸ばすと――子供の啜り泣く声が聞こえた。

 「……………しぃ」

 「ひぃぃぃ!」

 「…………みしぃ」

 音は段々とこちらに近づくように大きくなっていく。爽子はバクバク、と脈なる心臓を押さえて、ゆっくりと振り向いた。

 「……寂しい」

 そこには目を押さえて泣く金髪の女の子が立っていた。

 外人だと思われる天然の金髪で、腰まであるふわふわのロングヘアー、金持ちのご令嬢の着ている服のようなフリルまみれの可愛らしいデザインのワンピース

 写真の通りの、まるでフランス人形のような少女でした。

 「……さびしい」

 「え……と」

 「……さむい、こわい」

 少女は爽子の方など見向きもせず、顔を押さえて泣いていた。

 何故か、安心感がもてた。

 先ほどから怖い事だらけだけだった。恐いくて、寂しくて、一人ぼっちで。

 でも、この子も泣いてる。私だけじゃない。

 やっとステファ二―はこちらに気付いたのか、泣いていた顔を上げて可愛らしい動作で小首を傾げた。

 「だぁーれぇー ?」

 「……私は黒木爽子。」

 「さわこ?」

 「うん。爽子」

 日本人の爽子でも、不快感のない日本語を話すステファニー、私の名前を呼ぶとぱぁぁ、と輝くような微笑を漏らす。

 「わたし、ステファ二―。よろしくねぇ」

 「よろしく」

 「さわこもステファニーにおねがいごとたのみにきたの?」

 爽子も、と言葉にこの子に以前人が訪れたことが分かった。爽子は首を上下に振る。

 それに対し、ステファ二ーはえへへ、と照れた顔で檻の傍に近寄ってくる。その右手にはお人形が握られていた。

 つぎはぎだらけの人形

 「…変った人形だね」

 「アポリアはわたしのおともだち。だいじな、だいじな、おともだち!」

 アポリアと呼ばれる人形を抱きしめてステファニーはにこっと笑う。

 友達、と言葉に爽子は人形を羨望の眼差しで見た。

 友達

 そう、私は友達がほしくてきたのだ。

 「……私、学校で友達がいないの。だから、友達がほしい」

 「ともだち?」

 「うん。友達」

 んんー、と考えるように首を左右に振ってどうしようかと人形の方へ顔を向けた。

 人形は何も動かないし、喋らない。

 それでも、ステファニーの顔が輝いた。

 「じゃあ、ステファニーがおともだちになってあげる」

 「…えっ。でも…」

 それじゃあ、意味がない。

 学校で。友達が欲しいのだ。

 相手の行為は嬉しいのだが、複雑な気分で素直に笑顔を見せれない爽子。しかし、ステファ二ーは爽子の心情を理解しているのか、含みのある 笑みを漏らした。

 「だいじょうぶぅ。さわこにもきっと友達ができるよ!」

 「本当に…?」

 「うん!!きょうからステファニーとさわこはおともだち~!」

 友達

 その言葉を聞いたとき、私の中で涙が溢れそうになった。

 こんな怖い監獄の中で、たった唯一の友達ができた。

 毎日が退屈で、友達がほしくて、何でもいいとにかく笑いあえる友達がほしかった。



 「うん。私達は今日からお友達」



 友達ができるって嬉しい





 ***





 「…終わったか」

 どれくらい時間が経っていたのだろう。後ろから聞こえる人の言葉に、談笑していた2人は口を閉じた。

 「きりさんだぁ!」

 「………」

 再び、現れた桐の姿に一応幽霊ではないとわかって爽子は一安心した。

 その一方、ぱぁぁ、と顔を輝かせて手を振るステファニーに対して、桐は一切目線をずらすことなく無視をする。


 (子供嫌いなのかなぁ?)


 「もうすぐ、夜明けだ。」

 「もう、そんな時間!?」

 「さわこ」

 「なに?ステファ二ー?」

 突然問いかけられた爽子は檻の方へ振り返る。そこで、ステファ二ーはつぎはぎの人形を抱きしめて笑った。

 「毎日、ここにさわこは来て。そうすれば、さわこには数えきれないほどのともだちができるから」

 最後の言葉が気になったが爽子は気にすることなく、ステファ二ーに手を振って別れた。

 扉の帰り道、前を歩く桐に爽子はお礼を言った。

 「……ありがとう。」

 「………」

 「…明日も来ていいですか?」

 「自分で決めろ」

 無愛想な言葉に、これは彼なりの返事なんだとわかると、爽子は小さく頷いた。

 螺旋状の階段を上って、最初来た扉の前に着くと桐は扉の外に出ていく爽子の背中に小さく呟いた。

 「後悔のない選択をしろよ」

 えっと思った時には遅く。

 後ろを振り返ると、先ほどまで会った扉が綺麗になくなっていた。







 学校を登校した直後、杏莉達が爽子の机に集まってきた。

 「で、どうだった?開かずの間!」

 「噂はほんとうだった~?」

 「願い事叶えてもらった!?」

 久しぶりに話すクラスメイトの人達に眩暈がしそうになったが、爽子はぐっと拳を握りしめて、弱弱しい声で呟いた。

 「……な、なかったよ…」

 「なぁーんだ、噂はデマだったか」

 「つまんないの~」

 一気に人が減っていく私の机の周り

 でも、いいんだ。

 これは私だけの秘密

 私とステファニーだけの秘密だ。




 ***




 それから、私は毎日あの監獄に通った。

 螺旋状の階段を下りると、桐が立っていて彼がいつも道案内をする。

 檻につくと、ステファニーはいつも笑顔で私を出迎えてくれた。私もつられて笑う。

 他愛もない話をして時間が過ぎて、それが私の毎日の日課だ。そのせいで、授業は眠い。

 今日もステファニーと仲良く喋っていた。

 「きりさん、いつもステファニーがしゃべってもへんじしてくれないの。ひどいの」

 「そうなんだ。」

 クスクス、と口元に手をあてて後ろを振り向けば、桐が壁に背をあてて立っていた。

 頬を膨らませて、指差すステファニーに対して桐は身動きひとつしない。

 「アポリアときりさんでおにんぎょさんあそびしたいのに~!」

 ステファ二 ーはアポリアを握りしめると、アポリアの頭が上下に揺さぶられる。

 アポリアの外見には最初驚いたが、見慣れてきたら可愛い物だ。きっとステファニーが自分で作ったのだろ。

 縫い目の粗い線で塗られた2頭身の人形は、口元が黒い線で描かれ、目は赤いビーズが嵌めこまれている。

 (可愛いなぁ…)

 拗ねたように頬を膨らませ続けるステファニーに爽子は提案を持ち掛けた。

 「じゃあ、今度、私がステファニーとお人形遊びしてあげる」

 「ほんとう?さわこ、だいすき~!」

 ぴょんぴょん、と兎のように飛び跳ねる姿を見て、友達というより子供のお世話だな。と思うが、楽しいから気にしない。

 「さわこ」

 「なに?」

 「さわこはもう少しで、いっぱぃ。おともだちができるよ」

 「そうかなぁ?」

 「だから、毎日ステファ二ーとあそんでね?」

 「もちろんだよ」

 「やくそくだよ」

 ステファ二ーはことあるごとに爽子にこう囁き続けていた

 爽子はそれに対し、ステファ二ーが不安がっているのだと勝手に解釈していつも笑い返していた。


 



 そんな日々を送っていた私の学校生活はそれでも充実していた。

 どんなに昼間、友達がいなくても、もう寂しくはない。

 夜になればステファ二ーとたまに桐さんに会える。

 毎日が楽しかった。

 でも、6月に入る頃には私の生活も少しずつ変わっていった。

 




 「爽子―、ご飯食べよう」

 「うん」

 私にも友達ができたのだ。しかも、2人も。

 桜の大木の下で一人で食べていたのが嘘のように、私はこのクラスに馴染んできた。遠いと思った場所が、こんなにも温かくて、近い存在となっている。

 笑いあう大切な友達

 前まで不快だったクラスの声が今は心地いい

 でも、たまに思い出す。桜の下で会った少女の事を。監獄に訪れた後、何度も行ったのに あの日以来会うことはなかった。

 爽子はお弁当の中にある塩辛い卵焼きを箸で摘まむと、あることに気付く。

 「また、2人ともお弁当持ってきてないの?」

 爽子の友達の手元には何も置かれてなくて、爽子は頬を膨らませる。

 「ダイエットもほどほどにね!」

 「わかってるよ―」

 「大丈夫だって」

 2人のあどけない声に爽子はもう、と言って笑った。

 笑いあうの3人の下にはカラフルなお弁当の箱が一つしかなくて、それが少し寂しげだった。

 「黒木さん、ちょっといい?」

 すると、突如爽子の後ろで声がかかった。声のする方へ爽子は顔を向けると茶髪ロングヘアーが印象的な杏莉さんが立っていた。





 私の昼間の学校生活は充実してきて、いつのまにか監獄へ行くことなど忘れていた。





 ***

 




 深夜の2時過ぎ

 松明がもうもうと燃え盛る中、監獄内では1人の少女の声が響き渡った。

 「……きょうも、さわこ、こなかったね」

 少女は握っている人形に寂しげに喋りかける。

 「まいにち、くるっていったのに………こないね」

 木と木が燃えながらパチパチ、と音をたてる下で桐は無言で腕を組んで壁に凭れていた。

 「おにんぎょうあそび……してないね。さみしいね、アポリア」

 アポリアと呼ばれる人形に語りかけるが、返事はなく、人形の体ごと握りしめる。

 「ねぇ、きりさん。」

 「なんだ?」

 「こんど、さわこ、つれてきて。」

 ステファニーは体が弱いせいか、声が小さいため聞き取りずらいのだが、子供らしい明るく高い声で、爽子達は不自由 なく聞こえる事ができた。

 だが、そんな彼女からは想像もできないほどの低く野太い声が桐の鼓膜に聞こえた。

 耳元で囁かれる様に

 「おねがい」

 桐は長い睫毛をゆっくりと開いて、檻の中にいる少女に口を開いた。


 「わかった」






 


 7月の半ば、週末の深夜に爽子は久しぶりに監獄へ訪れた。

 (2週間ぶりかな?)

 最近は、塾や遊びやらで毎日が忙しかった。趣味のあう友達ができて、毎日が楽しくて、もう少しで夏休みのためその予定も決めなきゃならない。

 忙しい日々を送って、毎日充実していたが、ステファニーのことも頭の中で気がかりだった。

 (…寂しい思いさせちゃったかな)

 罪悪感にまみれながらも、螺旋状の階段を下りて監獄へ着くと、そこには桐が立っていた。

 「……お久しぶりです」

 「………」

 軽く会釈をするが、桐は無言で歩き出す。爽子もその後に続いた。

 「………」

 「………」

 最初の頃のように無言だけが続き、黙々と爽子達は監獄内を歩いて行く 。

 「あの…」

 「………」

 「……ステファニーどうでした?」

 「…寂しがってた」

 「………そ、そうですかぁ」

 「………」

 淡々と会話が終わり。爽子は首をおとす。

 (やっぱり…寂しい思いさせちゃったね)

 今までの分、今日はいっぱい遊んであげようと決心する爽子は、ふと思いたって、桐に問いかける。

 「桐さんって、毎日、ここにいるんですかぁ?」

 「…そうだ」

 「なんでですかぁ?」

 「…仕事だから」

 へぇ、と爽子が頷いているとステファニーの檻についたようだ。

 桐はいつもの定位置で壁に凭れかかって、腕を組んでいる。松明のパチパチ、と音が響く。


 「す、ステファ二ー?」


 檻の中を覗き込むが、松明の光は手前までしか照らしてくれないので奥の様子がよく見えない。

 持ってきた懐中電灯にスイッチを入れようかと思った時――ステファニーがアポリアを引きづって檻の中から現れた。

 「ステファニー!……ごめんね。中々来れなくて…」

 「………」

 「…今日はいっぱい遊んであげるからね」

 「…ねぇ。」

 「どうしたの?」

 「これからは、まいにち、きてくれるよね?」

 「まいにち…はムリかなぁ?」

 「どうして?」

 「最近、忙しくて…」

 「だって、わたしたち、ともだちでしょう?」

 アポリアを爽子に見せつける。

 縫い目の粗い人形の目には赤いビーズがつけられている。禍々しいほどの赤い目が光っていた。 

「わたしたち、ともだちでしょう?」

 「……あ、の、その…」

 「だったら、まいにち、きて、くれるよね?」

 ステファニーは首を90°近くまで横に倒して問いかけてくる。

 その無邪気な子供の声と行動が、何故か、今は不気味に感じた。

 「あしたも、あさっても、またつぎのひも、まいにち、まいにち、まいにち、きてくれるよね?」

 ステファニーはアポリアの首を曲げて、問いかける。その目線からはYES以外認めませんと意味が込められているような。

 「えー……と…」

 今更、この監獄が怖いと思った。

 最初に来たときと同じような恐怖が私の足元から這い上がって、全身に駆けまわる。

 恐怖と言う名の蟲が皮膚を伝って走り回っているようだ。鳥肌が止まらない。

 首を傾げ続けるステファニーとアポリアがこちらから目線を外す様子がないのが怖い。

 瞳孔が開ききったカーパ・レッドの瞳と赤いビーズの目がリンクして、怖い。


 (こわい、こわい、こわい、こわい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、帰りたい、帰りたい、お母さん)


 後悔する。

 何故、こんなところに来てしまったのか。

 危ない場所なんて見ればわかるのに、友達の欲しさに此処に来た昔の自分を恨む。

 先ほどから、震えが止まらない。爽子は全身を小刻みに震わせながら、頭を下げた。

 「ご、ご、ご、ごめんなさい。」

 「………」

 「わ、わたし、学校で……友達ができたの。だ、から。毎日はこれなくなる…」

 「………」

 「ご、ごめんなさい。すいま せん。ほんとうに……ごめんなさい」

 震えすぎて、途中言葉がおかしくなったが、それでも爽子は頭を下げて謝罪する。

 相手がどんな表情をするのか恐くて、顔を上げられない。

 「……そう。」

 冷たい空気が爽子の身体を突き抜けた。

 顔を上げると、そこには――ステファニーが顔を歪めて、瞳に涙を溜めていた。

 「ぅううう、さわこ……ぅ、もう、こない。」

 アポリアの右手を掴みながら、上下に人形が揺れる。人形の目のビーズが少しだけずれる。

 「もう、ここに、こない。さわこ……う、わぁぁぁああ!!!!!!!!!」

 ポロポロ、と5歳児のように両目から溢れる涙を拭いもせず、大声を上げて泣き始める。

 耳も塞ぎたくなる声の大きさに、爽子は目を瞑った。ステファニーは泣き止まない。

 (……私、何考えてたんだろう)

 そっと瞼を開けると、檻の中で一人、泣いているステファニー

 少女はいつも寂しい、と話してたじゃないか。だから、いつも遊びにきてあげるって。

 友達だから

 私達は親友

 なのに、私の勝手な事情でもう来れないなんて。あんまりじゃないか

 こんな子供を、"恐い"なんて畏れて。怖くない、だって友達だから。

 爽子は檻へ近づくと、鉄格子の間に手を差し込んで中で泣いているステファニーの頭に手を置いた。ふわふわの金髪を優しく撫でた。

 「ごめん。私が悪かった。」

 「うぅ……さわこ…」

 「来るよ。毎日、来るよ」

 「………ほんとう?」

 「うん。ほんとう」

 元気よく頷く爽子に、ステファニーは泣いていた瞳をいつものように輝かせて大きく頷いた。

 「ぜったいだよ!やくそく」

 「やくそく」

 檻の中から差し出された小さな小指に、爽子は自分の小指を結びつけた。

 

 小指を下ろし、爽子は笑ってステファ二ーに問いかけた。


 「……ねぇ、ステファ二ー。今日はお願いがあってきたの」

 「なぁーにー?」

 「あのね………私、もっともっともっと友達がほしいの」

 よくよく見ると、爽子の姿は檻の中からでもよく見えるほど変わり果てていた。

 制服はところどころ破れていて、髪も頬にくっつくように濡れている。松明の光で照らされる彼女の肌は青痣などが多数見え、2週間前の彼女の雰囲気とはかけはなれていた。

 如いて言うなら――何か怯えている。

 「もっとね!友達がほしいの。学校中の皆に愛されて、学校中の中心人物のような!」

 「どれくらいの?」

 「数えきれないほどだよ!!いっぱい、いっぱい、作って。……私を杏莉さんから救って?私に友達ができたのはステファ二ーのおかげ なんでしょう?」

 瞳孔の開ききった瞳で爽子は檻を掴む。



 ガシャン



 と、大きな音がするがそれでも爽子は人が変わったように相手に懇願した。

 「お願い!ステファ二ーのおかげで私に友達ができたんでしょう!?毎日、言ってたもんね。『爽子にはきっとたくさんの友達ができるよ』って。もっと、ほしいの。」

 「もっと…?」

 「もっと!もっと、もっと、たくさん、いっぱいの、数えきれないほどの友達がほしい!!!ねぇ、…お願い。私達、友達でしょう?」

 檻の中でステファ二ーはアポリアの手をぎゅっと握りしめた。風もないこの地家奥の監獄内にひんやりとした空気が漂う。そして、ステファ二ーはにこりと笑った。

 「じゃぁ、さわこ。ステファ二ーのお願いも聞いてくれる ?」

 「いいよ!!何でも聞くよ」

 爽子は鉄格子の間に腕を差し入れて、ステファ二ーの両手を握った。

 何でも聞いてあげる。

 私の願いを叶えてくれるなら…。

 「ステファ二ー、このまえのいってたおにんぎょうごっごしたい」

 「うん。いいよ!」

 相手の意見に賛同して、首を上下する爽子。ステファニーは桐の方へ顔を向けると、口角を上げた。

 「さわこ、きりさんにここのカギもらって」

 「かぎ?」

 「うん。おにんぎょうごっこするなら、なかでいっしょにやりたいなって」

 アポリアをぎゅぅ、と抱きしめて小首を傾げる動作に爽子も口角を上げる。

 「…わかった」

 「さわこ、だいすき」

 無邪気な口調で大好き、と言われても爽子は何の言葉も返 さなかった。爽子は立ち上がって、桐の方へ歩いて行く。

 「……桐さん。鍵もらえますか…?」

 「いいいのか?」

 「いいにきまってるでしょう!とにかく、早く!!」

 相手の言葉に爽子は怒鳴り声で返した。

 桐は無表情で、懐から鍵を取り出す。

 「後悔すんなよ」

 彼女は目の前の欲望に囚われて忘れてしまっていた。桐が最初に言った言葉を。最初に見た男の姿に恐怖を感じたことも。それほどまでに、爽子の瞳は欲で埋め尽くされていた。

 爽子は相手から乱暴に鍵を受け取ると鍵を鍵穴にさして回した。



 がちゃり



 鉄格子が錆びついた、嫌な音をたてて檻は開く。ステファニーは人形を抱えながら満面の笑みを浮かべた。

 「ようこそ、ステファニーのおにんぎょうやしきへ」

 近くにいるせいか、ステファニーの声がよく聞こえる。

 「じゃあ、なにしてあそぼう?」

 「うん、遊ぼう。ステファ二ーの気が済むまで遊んであげる」

 ―だから、私の願いも叶えてね。

 ステファニーは考えるように首を傾げ、後ろに振り返って何かあさっているようだ。

 (そういえば…、此処に入るのは初めてだな。)

 男性の件が怖すぎて、中に入るのが怖かったがそんなことどうでもいい。

 どこか座って、ステファ二ーの準備が終わるのを待ってようかと、足を一歩後ろにずらした際――何かあたっ た。

 なんだろう?と思って、持ってきた懐中電灯にスイッチを入れて足元を照らせば―




 女の生首が転がっていた。



 

 「ひゃあぁぁ!!?」

 驚いて、床に尻もちをつく。

 (お、お、女の生首!?)

 何かの見間違いか、と思ったのだが、尻もちをついた際、手を床について何か液状のものに触れた。

 体が強張って、震えだす身体を押さえて手をあげれば、そこにはべったり、とついた血が。

 「いやぁぁぁ!!!」

 叫び声をあげながら、手についた赤い液体を見詰める。

 赤い

 赤い

 赤い

 誰の、この女の人の!?

 ダメ、ここにいたら、逃げなきゃ、逃げな――











 「さーわーこ」




 上の方で子供の無邪気な声が聞こえた。

 と同時に、頬に温かい物が触れる。

 「ごめんね。さわこ、おそくなって」

 「…ぃ、…ぁぁぁ」

 「さわこのぶんのにんぎょうつくるのてまどっちゃって」

 耳元で小さく呟かれる言葉に、全身の血が逆流する。爽子の頬を円を描くように撫でた。

 ぽたり、と服に赤い染みができる。

 「や、…やめ」

 「アポリアもさわことあそびたいって」

 爽子は掴まれていた手により、首を90°と苦しい体制に曲げられる。

 そこには、アポリアが立っていた。

 2頭身で

 人形なのに

 立っていた。

 ずれた赤いビーズの目でこちらを見ていた。

 チェーンソーを持って



 「ギャィィィギャァァァギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」



 "開かずの間"じゃないよ。そっか―、そうだね。開かずの……

 ―開かずの魔って書くんだっけ?









 

 「や、ややややぁくそくが違うぅ!!」

 「どうして?ステファ二ー、ちゃんとさわこのためにともだち"つくってあげたでしょう"?」

 相手の言葉が爽子の中でひっかかった。

 ―つくってあげたでしょう

 ―作ってあげたでしょう

 「ちゃんと、さわこの願い叶えてあげるからね?」

 爽子は肩をがたがた、と震わせながら首を左右に振るしかなかった。

 そういえば、2人と仲良くなってから一度もお弁当持ってこなかったけ…。

 いつから間違えてしまったんだろう。

 いつから、ステファ二ーのお人形屋敷に迷ってしまったんだろう…。

 それは、たぶん、……あの時から。



 後の事はもう覚えてない。



 ステファ二ーが何を言っているのか、私には分からない。

  チェーンソーが切れ味の良さそうな音を奏でているが、もうわからない。

 ステファ二ーが私の上でどんな表情をしているのか、もうわからない。

 でも、1つだけわかることがある。

 さっき、持っていた懐中電灯を蹴ってしまったせいで奥の方へ転がってしまった。

 懐中電灯は冷たい檻の床の上を転がって、止まる。アポリアの背後を照らすように懐中電灯は辺りを照らした。

 チェーンソーを持った人形の背後に――



 女性のつきはぐだらけの死体が飾ってあった。

 縫い目が粗く、

 腕や脚や、

 首が、

 糸で胴体とつけられているのがわかる。右方向にはホロマイン漬けの臓器が飾ってあった。

 腸や、

 肝臓や、

 胆や、

 目や、

 数えきれないほどの死体の山と。

 数えきれないほどの血の飛んだ壁と

 数えきれないほどの凶器の数




 わかったことは、私も人形にされるってこと。




 「さわこのためにいっぱいおにんぎょうさんを作ってあげるからね」

 助けを求めるように通路の方へ顔を向けても、桐さんはこちらを見てはいなかった。

 通路の壁に凭れ掛かるように、目を閉じている。まるで、私の存在などないように。

 自分の涙の色が赤くなるのが見えた。

 「た、すけ、て…」

 彼女のそんな言葉もアポリアの叫び声とチェーンソーに呑まれて、桐の耳には届かない。

 ステファニーは満面の笑みを浮かべた。



 「これからも、ずっと、ずっと、いっしょだよ」















 春風が春咲学園の校庭の木々を揺らしている。

 新入生を迎えるのを見図るように学園の桜の木は一気に華々しいものに変わり、新しい出会いを歓迎するように学園一番大きな桜の大木が春の風で大きなざわめきを響かせる。

 ざわめきと共に桜の花びらもひらひらと地面に落ちていく。

 新品の制服の上に花びらが落ちた。

 少女は肩に落ちた花びらを摘まんで、桜の大木を仰ぎ見る。

 そのとき、強い風が吹いた。

 少女は反射的に目を瞑る。桜の木の下に体をぺったりとつけ、辺りを窺うように目を開けた。

 「ねぇ、何をしてるの?」

 声がしたのは少女の正面の方だった。同じ、桜の木の下で少女と一つの人影が校庭に浮ぶ。

 「………寂しくて、ちょっと…」

 「そっか」

 少女はボソボソ、と地面に目線を落として話した。一瞬見えた相手の顔はとても整った顔立ちだった。とても、綺麗な。

 相手は少女の言葉に優しく目を細めた。

 「……この学園の噂って知ってる?」

 「うわさ?」

 聞き覚えのない反応をすると、相手は少女に近寄って陶器のように白い歯を覗かせた。



 「私、黒木爽子。よろしくね」



 少女に近寄る影に誰も気づく者はいなかった。






 ***






 

 夜が明け始めようとした頃、桐は目を覚ます。

 松明が上の方でパチパチ、となるが気にしない。火の粉が少しだけ肩で落ちて、跳ねた。

 檻の中からは何も聞こえない。

 桐は檻の方へ近寄り、鍵穴にさしこまれた鍵を抜こうと――手を伸ばした。

 「きりさん」

 突如、桐の手首に捕まった小さな手の平

 赤くぬかるんだ手の平が、桐の手首をがっしり掴む。

 「こんかい"も"ありがとう」

 「……仕事だから」

 「おかげで、すてきなにんぎょうができた」

 そう言って、檻の中から縫い目の粗い2頭身の人形が、血のついたチェーンソーを持って現れた。


 囚人番号053

 罪状幼女大量虐殺


 「ギャギャギャィィギャギャァァ」

 「こら、アポリア。こうふんしないの」

 「ギャギャギャギャ」

 窘められても、アポリアは黒い線で描かれた口を大きく開けて、人語だがわからない言葉で叫ぶ。

 ステファニーはもう、と肩を竦め、桐に向き直る。

 「でも、アポリアのいってるとおり、きりさんがにんぎょうになってくれたらうれしいな」

 カーパー・レッドの瞳がア ポリア同様に禍々しく光るが、桐はその手を振り払って、鍵を抜いた。

 「仕事内容に入ってないから無理だ」

 「ざんねんです」

 「ギャギャギャァァ」

 人差し指を顎にあてて、悲しげに笑うステファニーと叫び声を上げ続けるアポリア

 用はもうないだろ、と言うように桐は檻に背を向けて歩き出す。

 その背中に、ステファニーが無邪気な笑顔を浮かべた。


 「また、いつでもきてね。きりさん」

 「ギャィィィギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」


 叫び声ともとれない声が、桐の背後に響き続けた。





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