『デスゲーム運営会社のCSですが、理不尽な即死ギミックは規約違反です』 〜なお、神様でも稟議は必要です〜
午前八時五十五分。
株式会社DEATHIX、朝礼。
別名、地獄の仕様変更発表会。
「えー、本日のステージ4『絶望の毒ガス部屋』なんだけどさ」
演台に立つ直属の上司――神が、頭の後光を寿命の近い蛍光灯みたいにチカチカ点滅させながら言った。
「制限時間、三十分から三秒にするわ。そのほうが参加者の顔、絶望でエモいでしょ?」
オフィスが凍りついた。
誰もが心の中で絶叫した。
正気か、この無茶振りプランナー。
しかし相手は神である。
うかつに反論すれば、塩の柱にされる。
もしくは、来月のシフトを全部夜勤ワンオペにされる。
我が社の社員にとっては、神罰より後者のほうが圧倒的に怖い。
だから私は、静かに挙手した。
「神様」
「なに、阿久津さん。僕はいま、ひらめきという名の神託を下してる最中なんだけど」
「恐れ入ります。『エモい』は仕様書ではございません。定量的データをご提示ください」
「え?」
「制限時間三秒は、弊社利用規約第四条『クリア可能な難易度の担保』に完全抵触します。また、法務を通していない未承認の仕様変更は、現場崩壊の原因となりますので差し戻しです」
「でも僕、神だし」
「神様でも稟議は通してください。ハンコもらってきてください」
「神なのに?」
「神だからです。影響範囲が広すぎるので、全社的な迷惑になります」
神が不満げに唇を尖らせた、その瞬間だった。
オフィス中の電話が、爆音で一斉に鳴り響いた。
保留件数、一瞬で三桁突破。
クレームランプ、血の海の如く真っ赤。
毒ガス部屋、大炎上。
「全員、インカム装着! 受電開始!」
私は髪をゴムで束ね、ヘッドセットを叩き直した。
「狂人耐性を最大まで上げてください。ここからは定時退社を賭けた戦いです」
ピッ。
「お電話ありがとうございます。株式会社DEATHIX、カスタマーサポートの阿久津でございます」
『ふざけんなあああ! 入室した瞬間、カウントダウンが三秒から始まったぞ! 扉が開く前に肉が溶けるだろうが! どんなクソ運営だこれ!』
背後から、プシューという致死性の毒ガス音が聞こえる。
いい音だ。
いや、完全に業務エラーだ。
「お客様、ご不便をおかけしております。まずは状況を確認いたします」
その言葉と同時に、私はキーボードの特権ショートカットを叩いた。
【ゲーム進行:一時停止】
【対象顧客:完全無敵状態】
【因果律固定:処理中】
【死亡処理:保留】
これぞ、CS部門にだけ支給された最強の現実改変コード。
必殺技――確認いたします。
『あれ……? 毒ガス止まった……? 俺、緑色の煙に包まれてるのに、肌がすべすべになってる気がする……?』
「左様でございます。確認中は因果律が固定されますので死亡いたしません。お詫びとして高濃度ビタミン配合の安全な霧に差し替えております。深呼吸してお待ちください」
『お姉さん、神……?』
「いいえ、ただの契約社員です。有給は年十日です」
ログを解析する。
案の定、神が朝礼の思いつきのまま、コンソールから直接ソースコードを書き換えていた。
私が冷徹な視線を向けると、演台の神はさっと目を逸らした。
「お客様。運営側の重大なシステム規約違反、および不正なログ改ざんを確認いたしました。ただいま制限時間を本来の三十分へリカバリいたします」
『ありがとう! マジでありがとう! 生きて帰れたらレビュー星五書くわ!』
「恐れ入ります。なお、トラウマ防止のため、次回のデスゲームへのご参加はおすすめいたしません」
『え、次回あるの?』
「弊社の営業部が、しつこいので」
通話終了。
ふう、と息を吐いた、その時だった。
サポートセンターの自動ドアが、凄まじい爆音とともに粉々に吹き飛んだ。
「ヒャッハァァァ! 苦情ばっか言いやがって! 全員バラバラにして細切れ肉のパイにしてやるぜえええ!」
現れたのは、現場キャスト――殺人鬼役の金子さんだった。
血まみれのオーバーオール。
荒ぶる巨大チェーンソー。
目の下の濃いクマ。
乱れきった勤怠。
腰にぶら下がった、昨日のコンビニおにぎり。
これは殺人鬼ではない。
完全なる限界社員である。
「今からお前のその澄ました顔をグチャグチャに――!」
オペレーターたちが悲鳴を上げて机の下に隠れる中、私は座ったまま一歩も引かなかった。
「恐れ入ります」
「あぁん!?」
「ただいまの言動は、音声・映像ともに品質向上のため録音・録画しておりますが、よろしいでしょうか?」
「……え? 録音?」
「はい。また、社内での威圧的言動、器物損壊、および危険物の無許可持ち込みが確認されました。金子さん、そのチェーンソーの危険物社内持ち出し申請書は提出済みでしょうか」
「いや……出してねえけど。俺、殺人鬼だし……」
「未提出ですね。では安全衛生管理基準違反です」
「殺人鬼なのに?」
「殺人鬼だからです。危険物の管理は徹底してください」
金子さんのチェーンソーが、弱々しく「スン……」と止まった。
「あと、騒音値が基準を超えています。ヘッドセット越しにお客様の声が聞こえませんので、アイドリングストップしてください」
「……はい」
「それと金子さん、昨日の勤怠ですが、二十七時間連続勤務になっています」
「現場が回らなくて……」
「回っていません。人が倒れる寸前の状態を、現場が回っているとは言いません」
「つーか俺はなぁ! 神様の思いつきで毎日夜勤にされて! 参加者には石投げられて! レビューには『殺人鬼の追跡ルートが単調』とか書かれて! 現場が! しんどくて!」
「承知いたしました。メンタルヘルス不調ですね。では本日はこれより有給消化扱いとします」
「え」
「殺人衝動をコントロールできない状態での勤務は、重大な労働災害リスクを伴います。今月は労災ゼロを目標にKPIを管理していますので、私の評価に関わります」
「でも、俺の担当ステージ……」
「下請けの悪魔を手配します」
「悪魔、来てくれるんすか……?」
「時給が良いので」
「……すいませんでした。お疲れ様でした……」
金子さんはチェーンソーを引きずり、ペコペコと頭を下げながら帰っていった。
社内コンプライアンスは、だいたいの狂気に勝つ。
「ちょっと待ってよ!」
今度は、ペシャンコになった自動ドアの枠から神が叫んだ。
「僕のお気に入りの殺人鬼を勝手に帰らせないでよ! それに僕のルールは絶対なんだよ!? 神だよ!? 僕が三秒で死ねって言ったら、絶望して死ぬのがエンターテインメントじゃん!」
「神様」
私は胸ポケットから社用スマートフォンを取り出した。
「これ以上の業務妨害を行われる場合、上位神へエスカレーションいたします」
「はあ? 僕より偉い神なんてこの支社に――」
プルルル。
ガチャ。
『……ゼウスだが』
スピーカーモードから響く、宇宙の理そのもののような重低音。
神の顔色が、コピー用紙より白くなった。
「お疲れ様です。CS部の阿久津です。現在、未承認の仕様変更による顧客満足度の著しい低下、および現場へのハラスメント、安全衛生基準違反が発生しております」
『……またあいつか』
「はい。現場は限界です」
『前回の四半期報告会で、ホワイトなデスゲーム運営を目指すとコミットしたばかりだろうが。目標管理シートの未達だな』
「はい。今すぐ物理監査をお願いします」
『分かった』
天井が、ガラガラと音を立てて割れた。
雲の隙間から、黄金に輝く巨大な拳が超高速で降ってきた。
「まっ、待ってゼウス会長! これは演出で、盛り上がりを意識したバリューアップの一環でして、アッ、アアアアア!」
ドゴォォォン!!
床が激しく揺れ、神は綺麗な土下座の形で床にめり込んだ。
『阿久津君。いつも現場のワンオペを支えてくれて感謝する。今後の仕様判断はすべて君に一任する。そのクソ上司は本社で再教育だ』
「恐縮です。お手数をおかけいたします」
『あと、その支社の管理職全員に、コンプライアンス研修を受けさせろ』
「承知しました。三時間コースでよろしいでしょうか」
『八時間だ』
「承知しました」
パチリ、と通話終了。
私は何事もなかったかのようにデスクに戻り、全体チャットに指示を流した。
【全参加者へお詫びメール送信完了】
【対象のお客様へ:死亡免除・蘇生対応券を一枚付与】
【ステージ4:毒ガス濃度を通常値へリカバリ】
【金子さん:本日有給】
【神様:本社送還】
【管理職各位:八時間コンプライアンス研修】
その瞬間、オフィスの管理職たちが、神より絶望した顔になった。
午前十一時。
本日のCS満足度、驚異の九十八・五パーセントを達成。
参加者限定コミュニティの掲示板には、神速の書き込みが並んでいた。
『神運営きたわ』
『死にかけたけど窓口の対応が早すぎる』
『オペレーターのお姉さん結婚してくれ』
『デスゲームなのにサポートが手厚い』
『死ぬかと思ったけど、対応が丁寧だったので星五です』
『毒ガスよりビタミン霧のほうが良かった』
私は冷めたコーヒーを飲み干し、次の入電のボタンを押す。
「お電話ありがとうございます。DEATHIXカスタマーサポート、阿久津でございます」
『あの、死神の大鎌が初日で刃こぼれしたんですけど、新品と交換できますか?』
「恐れ入ります。利用規約第十八条に基づき、そちらは消耗品扱いとなっております。有償での研磨対応となりますが、いかがいたしましょうか?」
『じゃあ、研磨で』
「ありがとうございます。では、回収用の下級悪魔を本日十八時から二十時の間に伺わせます」
『時間指定できるんだ……』
「はい。なお、置き配をご希望の場合は、玄関前に生贄をご用意ください」
『生贄……人間ですか?』
「鶏肉可です」
『あ、じゃあファミチキ置いときます……』
「承知いたしました。なお、揚げたての場合、回収員の士気が上がります」
『じゃあ、揚げたてにします』
「ご協力感謝いたします」
通話終了。
命を賭けたデスゲーム。
狂った殺人鬼。
気まぐれな神々。
理不尽なんて、この世のどこにでも転がっている。
ただし。
マニュアルと録音データと稟議書さえあれば、だいたいの無理難題は殴り倒せる。
今日も私は社会人スキルで、地獄をきれいに黙らせる。
(了)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「阿久津さん強すぎる」
「神様でも稟議は必要だな……」
「うちの会社にも来てほしい」
など、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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今後とも、理不尽な仕様変更のない平和なデスゲーム運営を目指してまいります。




