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魔力ゼロの召喚聖女を追放した結果、王国の竜が全部言うことを聞かなくなりました~竜の“魔力の色”で心がわかる私、親竜国で竜師として再出発します~

作者: 茨木野
掲載日:2026/03/08

連載候補の短編です。

 冷たい石造りの床に、乾いた藁と獣特有の饐えた匂いが立ち込めている。

 ゲータ・ニィガ王国の広大な竜舎の片隅で、チユリは硬いブラシを握りしめ、地竜の分厚い鱗をゴシゴシと磨いていた。

 巨大な灰色の体躯を持つ地竜は、王都と各地を結ぶ物流と輸送の要である。


 だが今日の竜は、ズシンと前脚を踏み鳴らし、荒い鼻息を吐き出してひどく苛立っていた。

 チユリの目には、竜の身に纏う『魔力の色』がはっきりと見えている。

 怒りと、激しい疲労と、混乱。ドス黒く濁った赤色の魔力が、ドロドロと不気味な渦を巻いていた。


「無理をさせすぎだよ」


 チユリは小さく息を吐き、地竜の首筋を優しく撫でた。

 彼女は一年前に、異世界である日本からこの国へ召喚された。

 だが、彼女は本来呼ばれるはずだった『真の聖女』のオマケとして巻き込まれただけの存在である。


 ステータス鑑定の結果、彼女の魔力は完全にゼロだった。

 治癒もできない。結界も張れない。祈りすら神に届かない。

 国の上層部からはハズレ枠の『空っぽ聖女』と蔑まれた。


 莫大な召喚コストと、聖女を害した際の神罰を恐れた国は、彼女を追放することなく宮廷の底辺労働に押し込めた。

 それが、この竜舎での飼育員という侮辱的な配置である。

 だが、魔力を持たないチユリは、魔力に浸されたこの世界において完全に『外側の存在』だった。


 普通の人間が放つ魔力は、感覚の鋭い竜たちにとって不快な雑音である。

 しかし、魔力がゼロのチユリが放つのは絶対的な『無音』だった。

 彼女のそばにいるだけで、竜たちは深い安らぎを得る。


 さらにチユリには、魔力を持たない代償なのか、他者の魔力の流れや感情を色として視認できる『天与の目』が備わっていたのだ。


「おい、チユリ」


 背後から冷酷な声が飛び、チユリはピタリと手を止めた。

 振り返ると、豪奢なマントを羽織った第一王子が、傲慢な態度で腕を組んで立っていた。

 その後ろには、竜騎士団長と数名の騎士たちが控えている。


「今朝、第二騎士団の飛竜が暴れ、輸送用の地竜も三頭が動かなくなった。お前が触れて、穢れを移したからだと証言が出ている」


 チユリは弾かれたように顔を上げた。


「違います。あの子たちは、過酷な長距離遠征のせいで魔力の芯が擦り切れているんです。私が抜いてきたストレスも、もう限界を超えています。少し休ませないと取り返しのつかないことに」

「黙れっ」


 ビリビリと鼓膜を打つ王子の一喝が竜舎に響き渡った。


「魔力ゼロの無能が、竜の魔力を語るなど片腹痛い。そもそも、お前のような異物が宮廷にいるから、真の聖女の力にまで悪影響が出ているのだ」


 騎士たちが下品な笑い声を上げ、一斉にチユリを嘲笑する。

 チユリはギュッと唇を噛みしめ、彼らの魔力の色を見た。

 薄汚く濁った黄色。恐れと焦り、そして責任転嫁の浅ましい保身の色だ。


 王子の強硬な遠征のせいで真の聖女は力を使い果たし、竜たちは限界を迎えている。

 彼らはその失態を隠すため、チユリをスケープゴートに選んだのだ。


「本日をもって、お前を宮廷より解雇する。ただちに国外へ退去しろ」


 王子の非情な宣告が下された。

 グルルルゥ、と背後の地竜が悲痛な声を上げて唸る。

 その魔力が、行かないでくれとすがりつくように激しく揺れていた。


 チユリはその場にガックリと項垂れ、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。

 だが、権力者の決定は覆らない。チユリは衣服の汚れをパンパンと払い落とし、静かに頭を下げた。


「承知しました」


 チユリの荷物は少ない。竜舎の隅に置いていた古びた小さな鞄がひとつだけだ。

 彼女が王都の門をくぐる背後で、数頭の地竜が暴れ出したという怒号が聞こえた。

 だがもう、追放された彼女の知るところではない。


     ◇


 チユリは歩きながら、ふと元の世界での生活を思い返していた。

 彼女は日本で、ごく普通のペットショップの従業員として働いていたのだ。

 そこは命を軽視するかなり劣悪な環境で、チユリは毎日ボロボロになりながらも、声なき動物たちを守るために必死で働いていた。


 そんなある日、見知らぬ若い娘と共に、突然この世界へと召喚された。

 共に喚ばれた娘が『真の聖女』として手厚く保護される一方で、魔力ゼロのチユリは飼い殺しのように宮廷に縛り付けられた。

 そうしてあてがわれたのが、この国における竜師という役職である。


 竜師とは、ただの飼育員ではない。竜の健康状態を管理し、時には獣医として治療も行う専門職だ。

 チユリは元の世界で培った動物のケアの知識と、新たに得た『天与の目』を駆使し、今日まで必死にこの国の竜たちを支え続けてきたのだった。


     ◇


 鬱蒼とした国境の森は深く、肌を刺すように冷え切っていた。

 追放者に用意される馬車などない。

 湿った土と青葉の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、チユリは自分の足で歩き続けるしかなかった。


 ザク、ザクと落ち葉を踏みしめる音が静かな森に響く。

 その途中だった。かすかな、しかし圧倒的に美しい白銀の光が視界の端をよぎった。

 チユリはピタリと足を止める。


 異様な魔力が、ドロドロと嫌な音を立てて絡みついている。

 黒い棘のような禍々しい呪いが、その美しい光をギリギリと締め上げていた。

 ガサガサと茂みをかき分ける。


 そこに倒れていたのは、犬ほどの大きさしかない幼い白竜だった。

 鱗は真珠のように輝き、本来なら神々しい存在だと一目でわかる。

 だが今は、ゼエゼエと苦しげに荒い呼吸を繰り返し、高熱を出してぐったりとしていた。


「ひどい呪術」


 普通の人間には決して見えない代物だ。

 だがチユリの目には、呪いの魔力の糸がはっきりと視認できた。

 心臓の芯に、真っ黒な楔が深く打ち込まれている。


 チユリに治癒魔法は使えない。

 だが、世界の外側にいる彼女に、この世界の呪いは一切干渉できないのだ。

 チユリは迷わず両手を伸ばした。


 細い指先で、もつれた魔力の流れを丁寧になぞる。

 ガチガチに固まった結び目をほどくように、優しく撫でた。

 バチッ、と黒い棘が激しく反発し、彼女の指先を鋭く裂いた。


 赤い血がタラリと滲むが、痛みはない。チユリは決して手を止めなかった。


「大丈夫、怖くないよ」


 白竜の強張っていた魔力が、ふわりと揺れた。

 怯えた恐怖の色が少しだけ薄れ、チユリの手を受け入れる。

 彼女は、奥底に隠された黒い芯の正体を完全に見抜いた。


 ぐっ、と指先に力を込め、見えない楔を一気に引き抜く。


 ビリィッ、と空気が大きく震えた。

 呪いの黒がポンッと音を立てて霧散し、温かな白銀の光が森の中をパーッと満たしていく。

 白竜は大きく息を吸い込み、ゆっくりと宝石のような青い瞳を開けた。


 その魔力は、不純物のない透明な色へと澄み切っている。

 そこに、ポカポカとした温かい金色が混ざり込んだ。


「キュルゥ」

「よかった、元気になったね」


 安堵したチユリが微笑むと、白竜は嬉しそうに尻尾をパタパタと振り、チユリの頬をペロペロと舐め回した。

 くすぐったい感触に、チユリは目を輝かせて白竜を抱きしめる。

 ザザザッ、と遠くから複数の気配が急速に近づいてきた。


 ひどく統制の取れた、強大な魔力の塊だ。

 森の奥から姿を現したのは、美しい白銀の鎧を纏った精鋭騎士団だった。

 その中央に、一人の青年が立っている。艶やかな黒髪に、吸い込まれるような蒼い瞳。


 波一つない水面のような、静かで凪いだ魔力を放っていた。


「神獣様っ」


 ガシャッ、と一糸乱れぬ動きで騎士たちがその場に膝をつく。

 白竜はよろめきながら立ち上がると、チユリの前にサッと身を寄せた。

 まるで、彼女を外敵から庇うように。


 青年は警戒させないよう、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。


「あなたが、救ってくださったのですね」


 その声音は、驚くほどに穏やかだった。

 チユリは衣服の土を払いながら立ち上がる。


「呪いが見えたので、ほどいただけです」


 青年の蒼い瞳が、驚きにわずかに見開かれる。


「見えた、と」

「はい」


 背後の騎士たちがざわめき立った。

 神獣にかけられた呪術は、親竜国の高位術者でも看破できなかったはずだと口々に囁き合っている。

 青年はチユリの顔をじっと見つめ込んだ。


「不思議だ。あなたからは一切の魔力を感じない」

「私は魔力がゼロなんです」


 チユリはありのままを正直に答える。

 いつものような嘲笑は返ってこなかった。代わりに、青年の魔力に深い思索の色が揺れる。


「なるほど。魔力を持たないからこそ、神獣様の強烈な威圧にも当てられず、呪いの干渉も受けないのですね。魔力という雑音がないあなたの手は、竜にとってこれ以上ないほどの安らぎをもたらす」


 青年はスッとその場に膝を折り、彼女と同じ高さに目線を合わせた。


「私は親竜国第一王子、アルヴェインと申します。このお方は我が国が崇める守護神獣。あなたは、かけがえのない命を救ってくださった恩人だ」


 キュルル、と白竜がチユリの肩に鼻先をすり寄せる。


「どうか、お願いがあります」


 アルヴェイン王子は真摯な瞳で告げた。


「我が国へ来ていただけませんか。あなたを、最高の竜師としてお迎えしたい」


 予想外の言葉に、チユリはパチパチと瞬きをする。


「私、元の国をクビになったただの追放者ですよ」

「関係ありません。あなたは竜の心を正確に読み取り、対等に向き合える世界で唯一の専門家だ」


 キッパリと断言した王子の魔力は、微塵も揺らいでいなかった。

 静かで、どこまでも誠実な色だ。チユリの能力を都合の良い道具としてではなく、圧倒的な才能として評価しているのがわかる。

 白竜もまた、コクリと頷くように小さく鳴いた。


 その魔力の色は、はっきりと感情を示している。一緒に来て、と。

 チユリは、人生で初めて頼られる喜びを知った。

 背後にある、自分をスケープゴートにして追い出した国を思い出す。


 ひどく濁った魔力。自分勝手な責任転嫁。心無い嘲笑。

 前を見れば、どこまでも澄み切った温かい光と、自分を必要としてくれる場所がある。

 答えは決まっていた。


「私でよければ、よろしくお願いします」


 アルヴェイン王子はパァッと顔を輝かせ、優しく微笑んだ。


「大歓迎いたします、チユリ殿」


     ◇


 その頃、チユリを追放したゲータ・ニィガ王国では未曾有の異変が起きていた。

 王城の執務室で、第一王子が苛立たしげに机をバンッと叩く。


「おいっ、国境への伝令はどうなっている」

「も、申し訳ございませんっ。通信用の使い魔たちが一斉に言うことを聞かなくなり、伝達が不可能です」


 報告に駆け込んできた兵士が、青ざめた顔でブルブルと震えている。

 チユリという精神安定剤を失った使い魔たちは、極度のストレスから完全にストライキを起こしていた。


「ええい、忌々しいっ。ならば地竜部隊を直接向かわせろ」

「そ、それが、輸送用の地竜たちも完全に暴走を始めまして、物流網が崩壊しておりますっ」

「なんだと」


 兵士の悲鳴のような報告に、王子は信じられないというように大きくのけぞった。

 窓の外からは、制御を失って暴れ狂う地竜たちの咆哮と、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。

 食料の運搬も、軍の移動も、すべてが完全に停止してしまったのだ。


「チユリの言っていたことは、真実だったというのか」


 王子は顔面を蒼白にさせ、その場に膝から崩れ落ちた。

 無能だと見下していた女が、実は国家の根幹を一人で支える要だったのだ。

 真の聖女の力も底を尽き、もはや竜たちを鎮める手段はない。


 物流も通信も失い、内部から機能不全に陥ったゲータ・ニィガ王国は、この日を境に急速に滅びの道を辿っていく。


     ◇


 親竜国の王城は、竜たちと共存するために広大に築かれていた。

 高くそびえる石壁の上を、嬉しそうに白竜が舞い飛んでいる。


 チユリは風通しの良い、清潔で広大な竜舎を見渡した。

 飛び交う魔力の色は、どれも美しく澄んでいる。

 だが、よく見ればいくつかの小さな濁りも混ざっていた。


「あの子、胃腸が弱って食欲が落ちてますね。餌の配合を変えましょう」


 チユリが一頭の飛竜を指差して的確に指示を出すと、周囲のベテラン竜師たちが感嘆の声を上げて素早く動き出す。


「素晴らしい観察眼です。チユリ殿が来てから、竜たちの毛並みが劇的に良くなった」


 視察に訪れたアルヴェイン王子が、心底感心したように目を細めた。


「チユリ殿がいれば、我が国はもっと豊かになれる」

「私はただ、この子たちが気持ちよく過ごせるように手伝っているだけですよ」


 チユリはふうっと頬を膨らませて笑った。

 冷たい石の床を這いつくばっていた日々はもう終わった。

 ここは、彼女の持つ『特異体質』が最大の武器となる最高の職場だ。


 遠くの青空で、白竜が高らかに鳴き声を上げた。

 その澄み切った声は、凄腕の竜師として再出発を果たしたチユリの未来を祝福しているようだった。


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― 新着の感想 ―
ちょっと良く分かりませんでした 国ひとつ分の竜を1人で管理してるの? 竜からしてみれば小さな人1人分の空白があったところで何がどう癒やしなのかな、何も無い空間はそこら中にあるんじゃないのかな、とか
世話してた竜たちは主人公を直ぐに追いかけないの? 普通なら追いかけると思いますが・・・。
大変申し訳ないですが… 短編と言うよりありきたりなモノローグに感じました。 何より話の要『竜』が物語の添え物で召喚国への『ざまぁ』する為だけの、都合の良いステータスの主人公と感じました。 タグ『聖女・…
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