2. 自宅へ
この世界では温暖化が進み、人間は太陽が真上にある時間帯は外で活動できなくなっていた。
夏の間、日中の最高気温は五十度近くまで上がり、直射日光は皮膚を傷めるため、昼間は遮光された建物の中で睡眠を取る。
日没とともに、人々は活動を開始し外出できるようになる。
11月からの涼期に入れば気温はかなり下がるが、それでも昼間に外出はできない。
今回セヴァ達は、日没直前の限られた時間だけ採集を許されていた。
だがこのまま気候が悪化するようであれば、涼期でもその時間帯の活動はできなくなるだろう。
セヴァと両親は作業を終わらせ、バスの外に設置された簡易テントでスーツと装置ごと洗浄される。
スーツを脱いだ後はバスの中にあるシャワールームで今度は体の洗浄、消毒を行う。
バスが発車した後、しきりに保護装置を気にするセヴァに向かって母が言う。
「所長と話をして帰りなさいね」
「えー!?いつもなら、備品を返却したら帰っていいって言うじゃん!」
「人魚を拾ったのよ。
研究所へ引き渡しにはならないと思うけど、何の報告もなしに、はいどうぞ、とはならないわよ」
ドライヤーでしっかりと乾かした髪の毛を束ねながら母が言う。
母の髪は淡いマロンクリームのような髪色をしており、綺麗なストレートヘアなので、ささっと括るだけどすぐにきれいにまとまった。
「その子は自宅に連れ帰っても良いと思うけれど…⋯分かるだろう?」
いかにも意味ありげな表情を作った父が横からつついてきた。
父も母と同じ髪色をしているが、くるっくるの巻き毛で、乾かした直後の髪はふわふわとし、収拾がつかなくなっていた。
ちなみに、セヴァは母親譲りのストレートヘア、瞳の色は父親と同じ深いエメラルドグリーンの瞳をしている。
「……うん、わかったよ」
両親が採集結果を研究所で報告する間、所長に色々と教えてもらいながら待つのは好きだ。
だが今日は違う。
早く帰りたくて仕方がないが、両親の言う通りだと思った。
はぁ、とため息を漏らし、諦めて研究所に着くのを待つことにした。
研究所に到着するとすぐに所長室へ連れて行かれた。
事前に両親が連絡を取っていたらしく、入室早々
「人魚と出会ったと聞いたよ。」
真面目な顔の所長に問われる。
セヴァは、空想上の生物であるはずの人魚をなんの疑いもなく受け入れる両親と所長に驚いていた。
この人魚は研究所に引き渡さねばならないのだろうか。
両親は僕の部屋でお世話していいって言っていたのに……
気持ちが落ち込んできた。
そんな様子を見て所長はパッと笑い
「よく見つけたね!セヴァ、お前がよく面倒を見るんだよ!」
とテキパキと明かりをつけ部屋の準備を始めた。
今日は射光室の中で話をするようだ。
射光室とは、日光を浴びることができなくなった人類のために開発された部屋である。
人々は、毎日この部屋に入り日光浴をしなければならない。
サプリメントからも栄養を摂取できるが、経皮のほうが効率が良いのだ。
所長が部屋の用意をしている間に人魚の様子をこっそり確認したが、まだ眠ったままふよふよ漂っていた。
準備ができ、部屋に入るとすぐに質問する。
「所長、人魚って本当にいるんですか?」
「おや、君が連れてきた子は人魚じゃないのかい?ただのお魚かな?」
「確かに僕、人魚だと思ったけど、驚かないの?
父さんも母さんも、所長も全然驚かない。
人魚が当たり前に存在するって知ってたの?
研究所に渡さなきゃいけないんだと思ってた。」
セヴァは一気に疑問と不安を投げかける。
所長はセヴァをじっと見つめ、装置の中に漂う人魚を確認する。
「うん、人魚のことは、詳しくは話せないけどね。
君が連れてきたのは人魚だよ。しっかりお世話をしてお上げ。」
所長は射光室から出ると、デスクの後ろにある棚をゴソゴソし始めた。
本やオブジェ、水槽など色んなものが沢山置かれた棚。
珊瑚の形をした置物の前で立ち止まり、しばらくして戻ってきた所長の手の中には虹色に輝く石が握られていた。
「君が自宅で人魚をきれいにしてあげた後、水槽の中にこの石を入れるんだよ。
持ち歩かなくてもいいけど、定期的にこの石が浸かっている水を人魚に摂取させるように」
所長は小さなビー玉程の大きさの虹色の石を、大切そうに、愛おしそうに撫でた後にセヴァに手渡した。
その後も人魚について聞き質したが
「答えることができないんだ、ごめんよ。」
と答えてもらえなかった。
自宅に戻ったセヴァは人魚をすぐに自室へ連れて行った。
両親も一緒に確認するかと思ったが、セヴァに任せるという。
手に乗る小さなサイズで、研究所で安定的に繁殖が成功している生物はセヴァの勉強のために自宅で飼育しても良いことになっていた。
人魚は例外なのだろうか、本当に良いのかなと戸惑いながらも、所長に託された石をカバンの中から取り出す。
作業台の隅にある『大事な物入れ』の箱にそっと置いておく。
水槽のスイッチを押し中の様子を確認する。
人魚はぐっすりと寝ているようだったが、コンコンと優しく窓をつつく。
起きない。
もう一度コンコンコンとし
「にんぎょさん、にんぎょさん」
何度か呼びかけると、水の中で人魚は飛び起きた。
蓋を開けていなくて良かったと思った。
中に入れてある水は綺麗で、消毒もできるようにはなっているがまだ人魚自体に海洋ごみがついたままだ。
「こんにちは、ぼくの名前はセヴァ、こんにちは。」
ゆっくりと話しかける。
浜で声を発していた事を思い出し、もしかしたら言葉が通じるかもと思いながら辛抱強く声をかけ続ける。
しばらく興奮気味に水槽の中をぐるぐる泳ぐ人魚だったが、疲れたのかこちらの様子を伺うように水の中でじっとするようになった。
「こんにちは、ぼくの名前はセヴァ。
あなたを保護しました。
悪いことはしません。
お腹は空いていませんか?」
刺激しないように、ゆっくりと話しかける。
人魚は何も言わないし、動かない。
人魚って何を食べるんだろう……
魚の餌で良いのかな?
とりあえず、魚の餌と水草を持ってきた。
蓋の隙間からポトンと餌を落とすとびっくりした人魚は水槽の隅に逃げてしまった。
もう一度コンコンとし、食べるジェスチャーを見せる。
じーっと動かないので実際に魚の餌を食べて見せた。
餌は人でも食べられるもので出来ていて、セヴァが手作りしている。
食べられるけれど、美味しくはない。
お腹が空いていたのか、人魚はさっと餌を持ち上げ頬張った。
数口食べるが、反応が薄い。
持ってきた水草を窓の前でチラチラ見せると、餌を放り投げ水草をよこせと言わんばかりに声を発する。
やっぱり喋る、とセヴァの胸が高鳴る。
今まで保護した生物は意思疎通が出来なかった。
何を求めているのか分からず、様子を観察し、こちらから動く必要があった。
それがこの人魚は水草を欲しそうにしている。
嬉しくなったセヴァはすぐに水草を水槽に入れた。
人魚は水草を手に取りしばらく観察し、匂いを嗅ぐ仕草を見せる。
少しかじると気に入ったのか一生懸命に食べ始めた。
食事の邪魔をしないように、窓のスイッチを消す。
人魚が食事をしている間に、洗浄器の用意をし、人魚が住む水槽も用意することにした。
一心不乱に作業をしていると
「セヴァ、食事の時間だよ。」
父が食事に呼びに来た。
「ごめん、先に人魚を綺麗にしてあげたいんだ。
あとで食べるよ。」
セヴァは手を止めることなく答える。
保護装置の中からパシャンと水が跳ねる音が聞こえてきた。




