16. 朝
夢の余韻が残り、しばらく動けないでいた。
起き上がりぼうっとしているセヴァを、いろはは黙って見ている。
シャッターの開いた窓とカーテンの隙間から柔らかな光が漏れ、部屋が薄いオレンジ色に染まっていた。
時刻は17時過ぎ、起きる時間までまだしばらくある。
「……夢を見たよ。」
セヴァの声はかすれていた。
「誰かと会った気がする。
とても大切な人達だったはずなのに、思い出せない。」
「そっか。」
起きた瞬間は全てを覚えていたはずなのに。
懐かしさだけを残し、誰と会ったのか、もう忘れてしまっていた。
「思い出せなくなっちゃった。」
セヴァは涙を流していることに気が付き、少し恥ずかしくなってきて笑ってごまかす。
いろはは側に置いていたタオルをセヴァの目にやさしく当て、ゆっくりと寝かせる。
「……大丈夫、大丈夫。」
と耳元で優しく囁き、タオルをおさえ、しばらく経ってからそっと外してみる。
セヴァは再び眠りに落ちていた。
そのまま様子を見守っているとあくびが出てきた。
布団に潜り込み、目覚ましのアラームが鳴るまでもう一眠りすることにした。
ーーーーーーー
「セヴァ!いろは!起きなさい!
さっきからアラームがずっと鳴りっぱなしよ!!」
部屋に入ってきた母の大声でセヴァは飛び起きた。
2人ともアラームの音に全く気づかず眠っていたようだ。
いろははまだ起きる気がないのか、ピクリとも動かない。
「はい、おはよう!
朝食は用意してあるから、自由に食べてちょうだいね。」
「はーい……」
すぐに部屋を出ていく母。
いつもの朝の騒がしさにほっとしつつも、昨夜見た不思議な夢について考える。
研究所の図書館、宇宙空間のホログラム。
他にも何か見た気がするが、光に図書館まで導かれたことしか思い出せなかった。
「騒がしいわねえ。」
水槽からリラの声と、ポチャンと水が跳ねる音が聞こえてきた。
「おはよう。朝はみんな忙しいからね。
母さんはスーカの保育園の準備もあるから、いつも大変なんだよ。」
「セヴァが手伝ってあげればいいじゃない。
パパさんも居るんでしょう?何をしているのかしら。」
「僕も色々やることがあるからさ……ははは……」
おずおずとと動き出し、誤魔化すように部屋中の水槽を見て回る。
みんな元気そうだ。
週末に必要な水槽は水を新しく入れ替えて、手入れをしなければ。
セヴァが朝の準備を終える頃になってもいろはは爆睡していた。
さすがに起こさないと、と無理矢理起こしリビングへ向かう。
スーカが食事をしている間に、髪の毛を母が一生懸命に束ねていた。
「動かないでちょうだい!」と言いながらスーカの髪の毛をまとめているが、食事中にじっとするほうが難しいだろう。
妹の髪の毛は、父親譲りでくるくるふわふわだ。
長く伸ばしているので、毎日手入れするのは大変そうに見える。
母も妹も様々なヘアアクセサリーを楽しむのが趣味で、結べなくなるから嫌、と短く切ろうとはしなかった。
苦戦する母の邪魔をしないよう、静かに食事をしていると父がドタドタとリビングへ入ってきた。
いつもよりは時間に余裕はあるはずだが、急いでいる。
「おはよう!今日は早く行かなくちゃいけないんだ!
仕事が山積み!!!」
特に意味もなく部屋を行ったり来たり、無駄な動きを始めた。
父の昔からの変なクセだ。
家族全員慣れっこだが、今日の妹は黙っていなかった。
「パパ、落ち着いて。
こっち来て、座ってお茶を飲みなさい。」
すっかり髪の毛をセットしてもらい、準備万端のスーカが父を諌める。
「そんなに行ったり来たりしたって、なんにもならないわよ。」
と言うと、ピタリと止まり深呼吸。父は落ち着きを取り戻す。
「そうだね、でも、パパはもう行くよ。
頑張ってくるね!行ってきます!」
と言って、テーブルに置かれたぬるくなったお茶を一気に飲み干す。
スーカ、いろは、僕、母の頬にキスをしてドタバタと出ていった。
「相変わらずの騒がしさ。」
いろはは寝起きのぼーっとした顔でパンを頬張っている。
「今日は特に騒がしかったね。」
父はおとなしい性格だが、体が大きい。
家の中を走ると床が揺れるし、風が吹く。
いろはも小さい頃から何度も泊まりに来ているのでよく見る光景だし、僕らにとっては毎日のことだが、改めて騒がしいと言われると、本当にそうなのだ。
「はぁ、やっと行ったわね。」
父を見送った母が戻ってきて、コーヒーを飲み始めた。
「全く、騒々しいったら。
あと少しでママも仕事へ行くわね。
2人ともしっかり授業を受けるのよ。
いろはは今日はお家へ帰るの?」
「明日まで泊まって、木曜は登校した後そのまま研究所へ帰るかな。
今度はセヴァがうちに泊まればいいよ。」
「わかったわ。所長にもそのように伝えておくけど、いろはからも連絡しておいてね。」
「はーい。」
母は一息つくと、妹を連れて出勤していった。
全部勝手に決めてしまうが、これもいつものことだった。
いろはの家族とは僕らが生まれる前からの長い付き合いらしい。
子どもの僕たちも、遠慮なくお互いの家を行き来する関係である。
静かになったところで、昨日見た夢について再び思いを馳せる。
不思議な夢は頻繁に見るし、夢は夢と割り切れる性格であったが、昨夜の夢はどうにも気になって仕方がなかった。
内容は現実的にはありえない現象だが、もうすでに色々な事が起きている。
研究所へ早く行ってみたいと気持ちが焦るが、今日はまだ火曜日だ。
明日までリモートで授業をうけ、木曜日になるとようやく登校日だ。
放課後はいろは宅へ帰ることが決定したので、図書館へ行くこともできるだろう。
セヴァ達が通う学校は、涼期に入ると月、火、水曜日はリモート授業。
木、金曜日は登校日、土、日は休日となっている。
外出が困難のため夏期と同じで全てリモートでも問題はないが、他者と直接関わる事も大切という学校の方針なのだろう。
TVを見ていたいろはが言う。
「また海に落ちた子がニュースになってる。
11月に入ると一気に増えるね。」
「海水が触れるだけでも大変なのに落ちるなんて……
パッと見きれいだもんね。まだ暑いし、近づきたくなる気持ちもわかるけど。
落ちたらどうなるか、きちんと親が教育しないからこうなるんだ。」
セヴァは段々と腹立たしく、悲しい気持ちになってきた。
というのも、サムの両親、セヴァにとっての祖父母は海の事故が原因で亡くなっている。
身近な人が、海が原因で命を落とした。
こういったニュースを見るたびに祖父母のことを思い出して胸が締め付けられた。
「もうすぐ命日だね。
どうしてもこの時期は悲しいニュースを見るたびに思い出して、怒ってしまうね。」
そう言ういろはの方を見る。
実はいろはの父も海に落ちたことがある。
その時の記憶はあまりないが、みんながつらい思いをしたことだけは覚えていた。
いろはがやたらと僕たちと一緒に居たがるのは、こういったニュースを見ると彼も寂しい気持ちになるからかもしれない。
そしてセヴァも、そうしたいろはの行動に救われていた。
「お墓参り、今年も一緒に行く?
みんなで行けば、さみしくないよ。」
「もちろんそのつもり!
ついでにうちのおばあのお墓参りもしちゃおう。
リラも連れて行って、驚かせるんだ。」
少しさみしそうな表情をしていたいろはだったが、すぐにいつものニコニコ顔に戻っていた。
15話短めだったので、今日も更新しました!




