14.騒動のワケ
投げっぱなしにしていた荷物を片付けていると玄関のチャイムが5回ほど連続で鳴らされる。
思ったより来るのが早いし、しつこい。
呆れ顔で玄関を開けると、いろはがボストンバッグを持って立っていた。
「そんなに鳴らさなくてもちゃんと出るよ……」
「でも、早くあの騒動のワケを知りたいでしょ?」
「うん、知りたい。そんなにうるさかったかな?」
「ひとまずおじゃましまーす。」
いろはとは保育園の時からの付き合いなので、もう兄弟みたいなものだ。
こういう遠慮がないところが好きだった。
「リラちゃーん、いろはが来たよぉ。」
「騒がしいと思ったら、やっぱりあなたね。いらっしゃいませ。」
自然と昔からの知り合いのようなやり取りをするようになっている。
そして『いらっしゃいませ』という言葉に、ここを自分の家と思ってくれているようで、うれしくなった。
「わぁ。すっごいきれいだね。」
「でしょう?この髪が太陽の光に透けると、それはそれは美しいのよ。」
「見てみたいなぁ。
でも、照明に透けている髪もきれいだよ。」
「ありがとう。セヴァったら、一目見るだけでさっさとどこかへ行ってしまうのよ。
面白くないったら。」
「授業中なのにリラが大騒ぎするから、先生に怒られちゃったんだよ……」
「だってとっても驚いたのよ、何十年かぶりに汚れが落ちたのだもの。」
「その騒ぎのワケなんだけどさ。」
いろはがクッションソファの上ですっかりくつろいだ状態で話し始めた。
「リラが大騒ぎした時、僕らには普通に声が聞こえたよね?
先生も気づいていたし、『妹さん』に声を落とすように言って来なさいって、言った。
セヴァが部屋から居なくなった後、クラスの半分位かな?
何が起きたか分かっていない様子で、ソワソワしてた子が突然泣き始めたんだ。
『連れて行かれる、何、この、歌声!』って。」
「歌声?叫んでたよね?」
「ええ、嬉しさのあまり、セヴァを呼んだわ。大声で。」
「クラスのだいたい半分の生徒が、リラの叫び声を認識していたけど。
それ以外の生徒は、聞いたこともない言葉の歌声に聞こえたって騒ぎ出した。」
「どういう事?クラスの半分はリラの言葉が分からなかったってこと?」
「多分ね。
言葉として理解した生徒と、歌声に聞こえた生徒との間に微妙な空気が流れて、あの騒ぎになったんだと思う。」
クラスメイトの異様な怯え具合を思い出す。
「まさか、リラはこんなにはっきりと喋るのに、人によって違う言葉に聞こえるなんて。」
「自分だったら、恐ろしくて多分泣く。」
いろはは自分の身体を抱きしめクッションソファに埋もれていった。
「私の声を聞いて怯えるなんて、失礼しちゃうわ!」
「ただいまぁーーー!!」
ドタドタタタタタタ、声と同時に軽やかな足音が近づいてくる。
スーカのご帰宅だ。部屋のドアがノックもなしに開かれる。
「やっぱり!いろは居た!」
「おかえり、保育園は楽しかった?」
「うん、今日は施設のおじいちゃんおばあちゃんが来て、お歌の披露をしたの!
沢山にこにこして、上手だねって!」
スーカは兄の方は見向きもせず、楽しそうに報告しいろはの隣に座る。
いろはがスーカの頭を撫でているとやっとこっちを見た。
「ただいま、お兄ちゃん。」
「おかえり。楽しかったようで何よりだよ。」
「……あれ?リラ、またきれいになってない?」
「気付いた?美しいでしょう?」
スーカはリラの変化にもう驚かない。
「このままうちで過ごせば、どんどんきれいになるんじゃない!?」
「そうね、まだ顔周りだけだもの。
腕や鱗、尾びれも本来の私の色ではないのよ。
元に戻るといいのだけれど……」
口に出すと怒られそうなので黙っていたが、リラは茶鯉のような、素朴な色を持つ人魚なのだろうとセヴァは思っていた。
元に戻れば全身の色が変わると聞き、人魚姫の物語は実話なのかもしれないと思い始めていた。
その大きさはともかく、絵本通りの姿をした美しい人魚が目の前にいるのだ。
作者はおそらく人魚と出会ったことがあるのだろう。
考え込んでいると母が部屋にやってきた。
「ただいまぁ。ちゃんと授業に出席できた?」
「うん、何も問題なかったよ。」
「よかった。仕事で手一杯でゆっくり時間が取れなくてごめんなさいね。
ご飯の用意を始めるから、しばらく待っていてちょうだい。
いろはは、明日はうちから授業に出るのよね。」
「うん、そのつもり。お世話になりまーす。」
いろはがボストンバッグをポンポンと叩く。
と同時にメールの通知音がピコンと鳴る。
「うわぁ、この量絶対1時間じゃ終わらないよ……」
メールを確認していろはが嫌そうな顔をした。
先生からの宿題司令メールだったようだ。
「さっさと済ませちゃお!」
と言いながらテキストを取り出す。
外はもうだいぶ明るくなってきていた。
日の出まであと数十分ほどだろうか。
夕飯までに終わらせようと、すぐに2人で宿題に取り掛かる。




