11. 帰り道
水草を手にし、部屋へ戻ろうと歩いていると中庭が見えてきた。
屋根のシャッターが閉まっている。
ドームがプラネタリウムみたいになっており星空の映像が映し出されていた。
昼間点いていた照明は抑えられ、夜は使用者がリラックスできるように落ち着いた空間となっている。
セヴァはなんとなく、前から思っていた密かな願いを口にした。
「何度見てもきれいだなぁ。
この星空を見てると、中庭に寝袋を敷いて寝てみたいなっていつも思うんだよ。」
「いいね、今日はここで寝てみる?」
「え、いいの!?」
「どうせ大人たちは会議で忙しいだろうから。
僕らが寝てたって誰も気にしないよ。」
「やった。なら早速お風呂行って準備しよう!!」
「競争ね!」
2人でバタバタと走り大浴場へ向かう。
ーーーー
入浴後いろはの部屋へ戻ると、スーカはすでにベッドの中で眠っていた。
母が寝かせてくれたのだろう。
「絵本読むって約束したのに、寝ちゃってるよ。」
いろはがスーカの頭を撫でながら言う。
「一人置いていくわけにもいかないから、抱っこして連れて行こう。」
いろはは見かけによらずとても力持ちだ。
難なくぐっすりと眠るスーカを抱き上げる。
「セヴァは布団をよろしく〜。
ベッドカプセルは僕の机のいつものとこね。」
「はーい。」
リビングで待たせているリラへ声をかけに行く。
「リラ、ごめんだけど中庭で寝ることになったから移動しよう。
水草どうぞ。朝の分もまとめて持ってきたよ。」
「さっきの中庭ね?いいわね!」
セヴァはカプセルと水槽を持ち、いろはの後を追いかけた。
中庭にて、カプセルのスイッチを押し、放り投げると空気を一気に含んだマットレスがふんわりと出現した。
「キャーーーー!!!クジラがでたわ!!!!」
突然の光景にリラはひっくり返り大騒ぎした。
「あ。ごめんごめん、びっくりしたよね!
クジラじゃないよ!大丈夫!」
スーカをマットレスに寝かせながらいろはが言う。
このカプセルはいろはの発明品で、場所さえ確保すればどこでもふんわりベッドで眠ることができる。
カプセルは手のひらに収まるサイズなので持ち運びも簡単だ。
頻繁に寝泊まりするため、お互いの家にはこのカプセルがいくつが常備してある。
仕舞う時はスイッチ一つで空気が抜け元の大きさに戻る。
いろははベッドカプセル以外にも沢山の発明品を世に送り出していた。
普通の子供が出来る範疇を越えていろはは世界的に活躍しているのだ。
そして、この世には個人の『普通』では推し量れない事が沢山あるとセヴァは知っていた。
「ちょっと!スーカをそんなところに置いて大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。ただのベッドだから!……ほら、ね?」
すやすやと変わらず眠り続けるスーカをじっと見て、納得したようだ。
「な、なら良いのよ。あーびっくりした。」
水草で髪の毛を梳き始めた。
毛先はまだ茶色くゴワゴワとしているため手入れしづらそうだ。
掛け布団などを全て揃えてから、ようやく布団に入る。
小さなテーブルも持ってきて直ぐ側に水槽を置いた。
「うわぁ、きれいだなぁ」
プラネタリウムで映像が写っているだけとはいえ、とても美しかった。
この世界では、夜は色んな所で煌々と明かりがついている為ほとんど星が見えない。
いろはが目を閉じながら言う。
「明日の夜、ここから見えるはずの星空を投影しているんだよ。
街の明かりが全て消えれば、この夜空を直接見ることができる。」
「街の明かりが全て消えれば……」
セヴァが生まれた時には、もうこの昼夜逆転の生活が当たり前になっていた。
そのため、真っ暗な街というのを見たことがないのだ。
山奥へ行き、運が良ければ星空を見ることができるだろうが、まだセヴァ達兄妹は幼い為に連れて行ってもらったことがない。
「街の明かりが全て消える。想像したこともなかった。」
「本物の星空はどれほどきれいなんだろうね。」
「うん、いつか見てみたいな。」
「フフフ、街の明かりが全て消える時、それば人類が滅亡した時に違いない!」
目を閉じていたはずのいろはが目を開け、両手を大げさに広げる。
「そんな、怖いこと言わないでよ……。
でも、そういうことだよね、考えたくないけど。」
しばらく星空を眺めていると、星が流れた。
あっ!といろはの方を見ると、すでにぐっすりと眠っていた。
リラも静かなので寝たのだろう。
セヴァはあと少しだけ、としばらく星空を眺め、目を閉じた。
ーーー
「……ァ、……ヴァ……セヴァ!おきて!」
リラが呼びかけている。
「うーん……どうしたの?
空のシャッターが開いてないから、まだ日没前だよ」
中庭の端にある時計を確認すると、16時と表示されている。
日没予定時刻の掲示は16時57分だ。
いろはとスーカもまだ起きる気配がない。
「眠っていたら、お父様の声が聞こえてきたの。
普段からお父様とはテレパシーで会話はできるんだけど、それとは少し違ったみたいなの。」
「うん、何て言ってたの?」
「よく聞き取れなくて。
でも、私はお父様の反対を押し切って家出してきたようなものだから。
怒っているのかもしれない。
ね、私、海が見たいわ」
「海に帰りたいの?」
「帰りたいわけじゃないの。
一目海を見るだけでいいのよ」
「わかったよ。もうすぐ日没だから、今から準備して早めに帰ろう。
明るいうちだったら家まで歩いて帰れるし、帰り道に海の側を通れるよ。」
「あぁ、ありがとう。
ほんの一目、海を見ることができれば安心できるわ。」
日没後数十分で夜になってしまうため、急いで支度をする必要があった。
寝ているいろはに「リラが海を見たがってるから帰るね」と話しかける。
「スーカは僕が見ておくよ。
海に落ちないように気をつけて。」
と言いまた眠りについた。
水槽を落とさないようにしっかり体に固定し、研究所を後にする。
自宅までは徒歩30分ほどだ。
久しぶりに一人で外を歩くので少し緊張していた。
日没後の空は、水色とピンクが美しく入り混ざっている。
やわらかな雰囲気をまとうこの時間は早起きした日だけ見ることができる。
深呼吸をして海沿いの道へ向かって歩き出した。
少し歩くとすぐに海が見えてきた。
今日はスーツを持ってきていないので浜へは入れない。
歩道から見えるように水槽を持ち上げる。
「リラ、海だよ。」
「…………いつも海の中から陸を見ていたの。」
「うん」
「ずっと地上に憧れていたの。
私はあなた達の言葉で言う、『人魚』だし、海で生活すべきとわかってはいたのよ。
でも、絶対に地上へ行かなくてはいけないという思いがずっと心の中にあったの。」
「怖くはなかったの?」
「ちっとも。
まぁ、セヴァが見つけてくれなかったら、ゴミにまみれてあのまま死んでいたでしょうけれど。
何となく大丈夫という自信があったわ。
私を見つけてくれて本当にありがとう」
「僕は僕にできることをしただけだよ。
王子様に今すぐ会わせることは難しいけど、どうすれば良いのかこれから一緒に考えよう。」
「そうね、この穏やかな海を見ていたら安心したわ。
お父様が怒ったら海が荒れるから。
またたまにこうやって連れてきてちょうだいな。」
「もちろんだよ!
僕は海が大好きなんだ。
海に行くときはリラも必ず連れて行くよ。」
少しの間だけ立ち止まり、2人で波の音を聞く。
リラのこわばっていた表情が柔らかくなっているのを見て、ゆっくりと歩き出した。
自宅は少し高台にあるため、海沿いの道から外れ住宅街へ入る。
チラホラ、歩く大人の姿が見え始める。
しばらくすると、セヴァがいつも持ち歩いているゴミ袋はゴミでパンパンになっていた。
落ちているゴミを拾いながら歩いていたからだ。
「あなた、私みたいなのばかりでなく、何でも拾うのね!」
「この落ちてるゴミが風で海まで飛んでいったら、海が汚れてしまうでしょ?」
「まぁ、そうね……」
するとセヴァ達を追い抜いて前を歩いていた大人がゴミをポイ捨てした。
目の前でゴミ拾いをする子供がいてもお構い無しだ。
リラは『セヴァ一人がゴミを拾っただけでは、どうにもならないのに』とポイ捨てした大人を睨みながら思う。
だが、黙々と拾い続けるセヴァの姿を見て、本当に海が好きで、心が優しい人なんだなと。
胸の辺りが暖かくなったように感じた。
ゴミを捨てた大人の姿はもうすっかり忘れてしまっていた。
この心優しい少年の姿を、いつまでも見ていたいと小さな人魚は思った。




