第十一話
「──えー。それでは、これからの計画を立てたいと思います。えいえーい?」
「おー」
「声が小さい!」
「…………」
『付き合ってやったのに』とジト目で見られた。
「……はい、それでは始めていきましょう」
私は勝手に──まあ私が勇吹輝なのでいいと思うのだが──勇吹輝の引き出しをあけ、ルーズリーフを取り出した。
見出しに〈これからの計画〉と書く。
「えーっと、まず今日が6月15日で、と」
6月15日と書く。
そして、三つ点を書き、説明書きを加える。
えー、霞伊とお泊まり、と。
「まずはお風呂でしょうか、それともご飯でしょうか」
「どっちでもいいだろ」
「……そっすね」
夕飯、入浴、と追加する。
「寝るのはどこ?」
「……ここでいいんじゃね? 二階だし、何かと都合がいいだろ」
「……何かと、とは」
「リビングと離れてるから話しやすい、とか?」
「なるほど」
就寝(勇吹輝の部屋で)、と……。
「じゃあ話すのはこの時でいいね」
「そうだな」
「じゃあ着替えをまず準備しておこう。というか私はこの部屋を探検することにする」
「そうか。んじゃオレの着替えも取っといてくれ」
「は? 嫌だけど」
「は? なんでだよ」
「は? だって男物だよ?」
「は? だからなんだよ」
「は? 私触りたくないに決まってんじゃん」
「は? お前は今からそれを着るんだが?」
「は? 知っているが?」
「……ごめん、オレはお前が何を言っているのか理解が及ばないよ」
「手伝えってことだよ!」
「なら初めっからそう言え!」
「ヒドイ! そんなに責めなくたっていいじゃない!」
「あ゛ー! お前マジでめんどくせぇな!」
「…………。よし。真面目にいこう」
「……ああ。まあ、お前から始めたことだけどな」
「……。うん。まあ。うん。そう。だね」
「………………」
「………………」
私達は無言で簞笥へ向かう。
なんでだろう。
私達よく叫んだり無言になったりするなぁ。
…………。ほとんど私のせいか。じゃあ仕方ない。
簞笥を片っ端から開けていく。
この部屋の簞笥は、三段が二つ。
右側の一番上には、夏物のトップスが入っていた。
真ん中には、夏物のボトムス。
一番下には、夏物の家着と、下着、靴下が入っている。
一旦霞伊と顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
目的のものは発見したが、左側の簞笥も開けることにする。
おおかた予想はできる。どうせ冬物のもんが入ってんだろ?
そんなことを考えながら、左側の簞笥を開けていく。
一番上には、冬物のトップス。そしてセーター。
真ん中には、冬物のボトムス。
一番下には、冬物の家着、そして上着が入っていた。
ほれ見ろ。私天才。
「え。これ取ればいい、んだよね」
「……そうなんじゃねぇか? そこについてはオレも何とも言えん。そんなプライベートまで把握してねぇわ」
「まあだよね。してたらきもいもん」
「……やっぱ帰ろうかな」
「?」
私は霞伊の腕を握りしめる。
強く。とぉっても強く。
「帰さないよ?」
「お前、思ったより力強くね? 痛えんだけど。痛えんだけど! 痛い! 痛い痛い!」
「…………」
「……え? どうして放してくれないの? 怖い」
「いやだってまだ帰ろうとしてるよねぇ!?」
「…………ツッコもうかツッコもうか悩んだんだけどさ。ちょっといい?」
「…………どうぞ」
「そのちょっとおかしなイントネーションなんなん?」
「はい?」
「『帰さないよ?』って普通言う時は“え”と“い”が下がるんだよ。でもお前はなんていうかいろいろ反対な発音なんだよ! “え”であがってまた“な”であがってんだよ」
「えぇ? そうかなぁ?」
「そうなんだ! 『帰ろうとしてるよねぇ!?』もだよ! 普通“してるよ”で一旦下がって“ねぇ”で上がるんだ! でもお前はずっと上がってんだよ! 一旦下がって、がないんだ!」
「君は何をそんなに必死なんだ?」
「オレの方が分かんねぇよ!」
かわいそうに……。馬鹿なことで必死になっちゃって……。
と、
「──おーい、二人ともー! お風呂沸けたわよー! 先に入っちゃってー!」
そんな母の声が響いた。
「……だってよ」
「……返事とかしなくていいのか?」
「返事とは」
「まあもう遅いしいいだろ」
「確かに」
「んで?」
「はい?」
「どっちから風呂入るんだ?」
「え、同時」
「ばっ、入んねぇつってんだろ!」
「なっ、ひ、酷い! やっぱり私なんて遊びだったのね!」
「何の話だよ。気持ち悪りぃ」
「んじゃ諦め〜。じゃんけんで決めよ」
「切り替え早すぎて草」
「それがーいちばんだいじー」
「……じゃあ、じゃんけんで負けた方が先な」
「うい」
「「最初はグー、じゃんけん、ぽん!」」
私はグー、霞伊はパーだった。
「くぅ……っ。私は今後一生グーなんか出してやらないんだから……っ!」
「オレがチョキ出してたら何で言ってたんだよ……」
「“一生この拳を愛す”」
「手のひらころっころだな」
「んじゃまあお風呂入ってきますわ」
私はさっき出した着替えを手に取り立ち上がる。
「がんば」
「ん」
私は霞伊に背を向け、一人歩いていく。
それはさながら、戦場へ赴く武士の如く。
私は階段を一段一段丁寧に踏みしめながら降りていく。
「……、……っ……、…………」
一旦真剣に考えよう。
私は前世が女で、今、現世では男。
しかも、他の人間の魂を押し除け、入ってきた私。
まあもともと、この『月見勇吹輝』は私のゲームアカウントの『主人公』だそうなので、押し除けるというのには語弊があるかもしれない。
その『主人公』は『私』なので、『月見勇吹輝』イコール『私』と言っても過言ではないだろう。
そもそもこれはなんのためなのだろう。
私はどうして転生してきたんだろう。
なんであのまま死ねなかったんだろう。
悔いがあったから? 私の執着心ゆえ?
どうして。なんで。そもそも。どうして、なんで、そもそも、どうしてなんでそもそも──
──ああ。やっぱり、深く考えるのはやめにしよう。
考えたって答えは出てこないしそもそもない。良いことなど一つもないのだ。
そうだ。
そうか。
私はいつも、考えすぎていたんだ。
いつも自分のせいだと。
もっと気楽で良いんだ。
もっと、もっと、気楽に考えていけば良いんだ。
きっとそれが、今は一番良い選択肢。
階段の最後の一段をすとん、と降りた。




