表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/244

97、現在 女王の顕在

「フィーネ、本当にどこにでもいるな。そろそろ出てくるとは思ったよ」

史音は険しい表情のまま、女の形をした存在に向けて乾いた笑いを向けた。


「史音、修一、橘侑斗。やっとここまで来たか? 遅かったな」


どこか嘲るような声。これまで散々行く手を阻んできた者の言葉とは思えないほど、軽薄な響きを帯びていた。


侑斗は腕に巻いていた布を外し、そこから短剣を抜き取る。刃に宿る光は、日本での一連の事件を経て完全に戻っていた。零の無事を確認できたことで、彼の心にもかすかな安堵があった。だが、今はそれを考えている場合ではない。


「おまえが虚無の神殿の手前に、この中間階層体を置いたのは最初から知っていたぞ」

史音の声は静かだったが、その言葉には確固たる自信が宿っていた。


「ベルもアタシも、お前の行動をずっと監視していた。お前の仕える者が真の敵だってことは気づいていた。箔花月の森の調査ももちろんやって来た。アタシはこの中に入る方法も知っている。ついでに破壊する方法も考えてあるぞ」


その言葉にも、フィーネは何の反応も見せない。ただ、ゆっくりと左手を胸に当て、無機質な動作で頭を下げる。


「……はあ? 何のつもりだ」


史音の眉が険しく寄る。


「人間が他者を我が家に招く時は、“ようこそ” と言って仰々しい仕草をするのだろう」


フィーネの声には、感情の欠片すらなかった。


「西園寺史音、葛原修一。お前達を歓迎する。お前の創った装置は、我が主の中に入ることを可能にするだろう。私が保証しよう。自分達の身体構造の階層を我が主に合わせて、中に入ればいい。無事に出られるかは保証しないが」


不気味な沈黙が場を支配する。


「ところで……」


フィーネの視線が侑斗に向けられる。その無機質な瞳から、白い光弾が放たれた。


「ッ──!」


侑斗は即座に短剣を振るい、光弾を弾き飛ばす。周囲の空間が軋むような音を立てた。


「橘侑斗、お前を歓迎するわけにはいかない」


フィーネの声が低く響く。


「お前はただ存在し、女達に利用されるだけの存在のくせに、私の計算のパラメータを常に狂わせる。だが逆に言えば──お前がいなくなれば、邪魔な女どもは投了だ」


空気が凍りつくような冷たさを帯びる。


「お前はここで消えてもらう……何より、ブルの戦士ユウの残照であるお前から、我らの仇敵・甲城トキヤの気配を感じる」


侑斗は無言でクリスタル・ソオドを握りしめた。次の瞬間、刃が鋭い閃光を放つ。


──縦一文字。


フィーネの体が真っ二つに裂ける。だが、すぐ背後に新たなフィーネが現れた。


「……トキヤも、仕組みも原理も違うが、透明な剣を使っていたな。忌々しいことだ」


今度のフィーネは、左腕の指先から青白い布を伸ばしてくる。


「っ……!」


侑斗の足に絡みつく布。瞬間、身体が引き寄せられる。


「くそっ……!」


バランスを崩した侑斗に、再び光弾が飛来する。寸前で短剣を振るい弾きながら、絡みついた布も斬り裂いた。


侑斗は一気に距離を詰めると、フィーネの心臓の位置に剣を突き立てた。


「──ッ!」


再び、フィーネの身体は風船がしぼむように縮み、消滅する。しかし、すぐに左側から別のフィーネが現れる。


「侑斗!」


史音が駆け寄ろうとする。


「来るな! 史音!」


侑斗が叫ぶ。


「剣の力は底が知れないが、お前の体力はいつまでも持つことはない。ここで私と永遠に戦い続け、やがて倒れ、お前は死ぬ」


新たなフィーネが横から現れ、その隣にまた別のフィーネが立つ。次々と、幾重にも増えていく。


「……フィーネ、最早自分が化け物であることを隠すこともしなくなったな」


修一が史音の前に出て、睨みつける。


「史音、修一! 俺を置いて行け。そして敵の本拠地を潰せ!」


侑斗の叫びが響く。


「俺はここで死んでも構わない! 誰かのために、何かができるなら──それは俺の本懐だ!」


幾重にも増殖するフィーネの攻撃を受けながら、侑斗はなおも声を張り上げる。


「……馬鹿野郎!」


史音の声が震えた。


「アタシにはお前が必要なんだ! アタシだけじゃない、ベルだって、修一の姉さんだって、きっとアオイだって──!」


その瞬間、四方から無数の青白い布が放たれる。


「っ……ぐッ!」


侑斗の身体に絡みつき、四肢を締め上げる。


力を振り絞り剣を振るおうとするが、布は次々と絡まり、やがて侑斗の動きを完全に封じ込めた。


──視界が、暗くなる。


「……侑斗!!」


史音の叫びが、虚無の中に響き渡った。


推敲し、情景描写を増やしました。


「──終わりだな」


フィーネが淡々と言い放つ。


虚無に満ちた空間に、彼女の言葉だけが響く。


「日本で私の本体は著しく損傷したが、我が主の傍であれば私の力は絶対だ。これで、本来あるべき時系列が出来上がる。嬉しいという人間の感情はよく分からないが、多分、今の私はそんな状態なんだろう」


彼女の左手が白く輝き始める。まるで全てを塗り潰すかのような光。それが、振り下ろされる──侑斗を貫くために。


──ああ、やっと終わるな。


侑斗は、全てを受け入れるように瞳を閉じた。


自分で決めた、自分の最後だ。


本当は──亜希や零、琳や彰、洋と、もっとくだらない話をしたかった。そして、本当はもう一度……あの人に会いたかった。


フィーネの腕が振り下ろされる刹那──


天空が紅に染まった。


深紅の光が天から舞い降りる。燃え盛る流星のような輝き。それはフィーネを一瞬にして呑み込み、消し去った。


「……っ!」


残された者たちが息を呑む。


光の中心に、一人の少女がいた。


金の髪が光を受けて煌めき、優雅に揺れる。その姿は幻想のようで、しかし圧倒的な存在感を持っていた。彼女の瞳が静かに瞬く。次の瞬間──


全てのフィーネが、音もなく掻き消えた。


「……女王……」


修一が、驚愕に凍りつく。


「ベル!」


史音の声が震えた。


ベルティーナは、倒れかけた侑斗をそっと抱きかかえる。その腕は、決して離さないかのように彼を包み込む。


侑斗の身体は限界を迎えていた。戦いの傷、疲労、そして死を覚悟した心。全てが彼を押し潰そうとしていた。だが、そのぬくもりが、彼を支えた。


「……貴女は……女王ベルティーナ……」


侑斗の声はかすれていた。それでも、彼は確かにそう言った。


ベルティーナは、侑斗を抱きしめたまま、そっと涙を流す。


「ええ、そうですよ」


彼女の瞳は、深い悲しみに揺れていた。


「私の創ったあなた……ずっと、辛い思いをさせてきましたね」


紅の光が彼女を包む。その光の中で、彼女は静かに言葉を紡いだ。


「あなたを転創(てんそう)させた時、私は……かつて共に戦ったトキヤのイメージを重ねてしまった。それ故に、私は貴方の一部を”戦士”として創ってしまった。でも……」


ベルティーナは、そっと侑斗の頬に触れる。その手は、震えていた。


「でも、紛れもなく貴方はユウの一部……そして、私の全てです」


涙が、一粒、侑斗の頬に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ