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95、現在 星空

箔花月の森の手前に立つ侑斗達は、未だに入り口を見つけられずにいた。

そこは敵の最終拠点の手前に存在し、そこを通り抜けなければたどり着く事は出来ないと、史音は言う。

木々が生い茂る森を予想していた侑斗だが、目の前に広がるのはまるで異世界のような光景だった。砂でできた塔が、まるで空を突き刺すかのように高く立ち並んでおり、その塔の隙間からは、暗い空が見える。

夕暮れ時、わずかに赤みを帯びた空が幻想的に照らし出していたが、どこか不気味で、侑斗は目を細めながらその景色に違和感を覚えた。

こんな異様な場所がもっと有名でないのは奇妙だと、疑念は次第に深まるばかりだった。


「まあ、そもそもこの砂の森は割と最近出来たものだからな。運良く入り口を見つけて中に入った者も、反対側から出る時には、全てを忘れているらしい」


史音の声が、静かな砂の地面に響く。彼女は一心に手元の複雑そうな機械に取り組んでいた。


その間、侑斗と修一は森の入り口を探していたが、時間が過ぎるごとに、見つける気配はなく、日が暮れかける頃には無言で戻ってきた。


「この前、俺に向かってきた悪意の塊みたいなの、何だったんだ?」


侑斗がふとその時の記憶を辿りながら質問すると、史音は一瞬だけ手を止め、ポータブル電源から強い光を注がれた手元を見つめながら、ゆっくりと答えた。


「前に話したアローンの断末魔だな。アタシらから逃げ回っていたアイツも、ついに年貢の納め時が来た訳だ」


その言葉を耳にした侑斗は、再びあの忌まわしい記憶が甦る。遠く離れた地で起きた出来事、情報が届く度に、心に重くのしかかる事実が増えていった。地球を守る教団が勢力を拡大していたことは知っていたが、母国で起きた大量殺戮の報告には驚きを隠せなかった。


「まあ、アローンが独断でやったことが、逆に教団への不信を招いたんだな。日本中にその噂が広まって、結構な反響を呼んだってわけだ。アタシ達の母国が、馬鹿ばっかりじゃなくて良かったよ」


その時、史音の手元に照らす光の中に、戻ってきた修一の影がぼんやりと映る。


「入れそうな場所を何カ所か見つけたけど、それだけじゃ箔花月の森には入れないだろう。史音の作ってる装置は、いつ出来るんだ?」


修一が声をかけると、史音は手を止めて、組み上げた装置を軽く叩き、満足そうに頷きながらポータブル電源のライトを落とした。


「大体出来たぞ。あとは朝を待って作動実験だな。実験と実使用が同時進行になるが、時間が無いからな」


修一は、フライバーニアから離れてから、ようやく立ち直り、安定した姿勢でいる。


「アローンの奴、ほんとうに死んだのか?」


修一が、まだ信じられない様子で史音に問いかける。強烈すぎるアローンの死は、どこか現実味が無く、未だに信じるには無理があったようだ。


「ベルの組織の見張りがいなくなった途端に、溜まっていた悪事をやり過ぎたんだろう。アタシの目の前に来たら、瞬殺してやったけどな。最後にアタシの前に残滓が来たけど、あんなものはどうしようもなかった」


侑斗は、アローンの残滓という激しい感情の塊を思い出す。それが自分に向かってきた時の恐怖と、それに伴う怨念のようなもの。自分が、あれほど誰かに憎まれることがあるとは思いもしなかった。


「アローンは、史音を気に入っていたからな。最後に自分の一番大切なものの元へ行ったら、邪魔そうなお前が居たんだよ」


修一は、あの出来事を振り返るように言った。その後、侑斗に教えてくれた。


流石に史音も疲れたのか、目を閉じて大きく息を吐く。


「アローンの奴、アタシが大嫌いだって何回も言ってやったのに、しつこくてさ。何度か殺そうとしたんだけど、アイツ頭だけは良かったから、いつも逃げられてた」


物騒なことを何でもないように言う史音の表情は、どこか寂しげだった。


「それで、橘、アローンの執念の残滓を消し飛ばしたのは、本当に姉貴だったのか?」


侑斗が、東の果てからやって来た光の矢を思い出し、質問した。


「うん、零さんの強い意志が感じられた。また、守ってくれたんだ」


零が侑斗を守ろうとするのは必然だ。しかし、今回の事は単純にそれだけではなかった。

零の放った光の矢は、女王の力でフライ・バーニアに飛ばされ、教団の極子連鎖機構を氷の大地ごと吹き飛ばしたのだ。

史音によれば、敵の幻無碍捜索は事実上不可能になった。しかし、教団がその事を計算に入れていない筈がない。


「いろいろ画策したのはアオイだろう。あの女は利用できるものは何でも使うからな」


史音が、面白くなさそうに悪態をつく。


「でも、零さんの背後に亜希さんの気配も感じたな」


侑斗が、何気なくその事を呟くと、史音は目を吊り上げて侑斗を睨んだ。


「お前、女に全く興味ないくせに、女の知り合い多いな。周りの女達を不幸にする前に死ねばいい」


「何でそんなに怒るんだよ。死ねとか言うなよ。お前は本気で実行しそうで怖いんだよ」


「木乃実さんの意思か?姉貴があの人の力を借りるとはなあ」


修一が、眉間に手を当てて、少し困ったように声を上げる。


「史音も会ったことあるだろ?姉貴に会いに行った時」


史音はポカンとした顔をして記憶を辿る。


「ああ、修一の姉さんの周りにあと二人、女が居たな。あの珍竹林の方か、やたら奇麗な方か?」


琳が聞いたら泣き出しそうだな、と侑斗は思う。史音も十分珍竹林だとは思うが、それは口には出さなかった。


「やたら奇麗な方だよ。姉貴と変わらないくらい」


そう答える修一に、史音はしばらく黙って下を向き、何かを考え込んでいた。


史音がライトを消すと、暗闇が一層深まった。その中で、侑斗は目をゆっくりと慣らしていく。やがて、視界が広がり、星々がその冷たい光を投げかける。

上を見上げると、無数の星がきらめき、壮大な星空が広がっていた。

その美しさに、侑斗はしばし言葉を失った。日本よりも緯度が低いこの場所では、射手座が高く昇り、天の川の中心がまるで手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じられた。思わず息を呑む。

亜希は、どうしてこれが嫌いだったなあ。


「星なんか見て、何が面白いんだ?」

侑斗の後ろから、史音の冷たい声が響く。


「さあね。でも、昔から夜の晴れた空は好きだったんだ。」

侑斗は星空を見つめたまま答える。視線は遠くの星々へと引き寄せられる。

「史音は、地上のこともよく知らないくせに、宇宙のことを考えるのは烏滸がましいって思ってるんだろう?」


その言葉に、史音は少し考えるような静かな間を置いた後、冷笑を交えて言った。

「そんなことは思わないさ。その理屈で言ったら、医学知識がない奴は生きるな、って話になっちゃうだろ?」


周囲の光が消え、地面と空の境が曖昧になっていく。まるで宇宙の中に浮かんでいるような錯覚が、侑斗を包み込む。三人は、無重力の空間の中で立っているかのようだった。


「フェルミのパラドクスって知ってるか?」

突然、史音が問いかけてきた。


「うん、知ってる。宇宙には地球に似た星がたくさんあって、同じような生命がいっぱいいるはずなのに、その証拠が全く見つからない。電波でさえ、何もつかめない。そんな謎だろ?」

侑斗は、星空に広がる宇宙の神秘を感じながら答えた。

「でも、史音が宇宙人に興味を持ってるとは思わなかった。」


史音は短く笑ったような気がした。

「宇宙人に興味を持ってる暇はないな。アタシが不思議なのは、量子物理学者であるフェルミが、なぜ突然天文学にそんな疑問を持ったかってことだ。」


侑斗は少し考えてから、持っている限りの知識を引き出して答えた。

「それは、人間がミクロとマクロの世界の中間にいるからじゃないかな。ミクロの世界を探求しながら、マクロの世界とも繋げていかなくちゃならない、フェルミはそう考えたんだと思う。」


それでも、侑斗の答えはどうしても素人の考えに過ぎなかった。量子物理学者が天体物理学に興味を持つことが、なぜいけない。そういうことだってあるだろう。


「侑斗、つまらない答えだな。」

史音の声が冷たく響く。

「人間が中間にいるっていうのも、所詮は人間の尺度でしかない。本来の中間階層は、全く違うところにあるかもしれない。アタシたちは、ミクロとマクロの極端な世界だけを追い求めてきた。中間にあるものを調べようともしなかった。」


その言葉は、まるで侑斗の中に隠れていた思いを引き出すようだった。人間が地球の大気と宇宙との境界を認識できないのと同じように。クラークの『楽園の泉』にもそんなことが書かれていたような気がする。


「だから、アタシたちが知らない中間層にいる者たちがいるってことさ。私たちはその存在に気づかずに生きてきたんだ。」


侑斗はその話に、次第に興味を覚え始める。史音の考え方は、普通の人間には到底理解できないような深さを持っている。彼女の言葉の一つ一つが、まるで新しい世界を開くカギのように感じられた。


「でも逆に、中間階層にいる者たちは、私たちのことを知っているかもしれない。」

史音は星空をじっと見つめながら続けた。「自分の中にある私たちを、見ているかもしれない。」


その言葉に、侑斗は大きな疑問符が浮かんだ。いや、前世からもたらされた記憶のようなものが、彼を揺さぶった。


「史音、その存在について、心当たりがあるのか?」

彼がそう尋ねると、史音は静かに乾いた笑いを漏らした。


「そうさ、アタシたちが思う境界は、そいつらにとっては何でもないことさ。そいつらは、私たちが血液を意識しているように、自分の中に流れるものをただそう認識しているだけだ。そして、

私たちは、常に境界を崩すものを知っている。」


その言葉を聞きながら、侑斗は視線を下ろし、星空を見上げる彼女の顔に目を向けた。


「史音、もしかしてそれって…?」


「そうだよ。シニスのことだ。」

史音は遠くの星々を眺め、眩しそうに言った。「シニスは、先代の枝の御子たちによって形を与えられたと言われている。でも、私は違うと思う。」


その言葉に、侑斗は胸の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

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