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92、現在 鮮血

周囲には惨殺された人々の遺体が散乱し、鮮血が地面を染めている。腐臭とともに、溶けた肉塊が醜悪な形を成していた。


冬樹は胸に空いた穴を両手で押さえながら、浅い息を繰り返す。死の淵に立たされると同時に、彼女の内に眠っていた知成力が目覚めた。傷口がじわじわと修復されていく感覚があった。


「へえ」


冬樹の体当たりを受けた後、液体気流を使って彼女の胸を貫いたはずのアローンは、つまらなそうに冷笑する。この力は形状を自由に変え高い破壊力を持つ。


冬樹はぐらつく膝を押さえながらゆっくりと立ち上がり、アローンと対峙した。


「誰だか知らないけど、女王や葛原零、アルファや枝の神子以外に、こんな強い知成力を持った人間がいるとは思わなかったよ」


アローンは不敵な笑みを浮かべると、上空に向かって手をかざす。途端に黄呂の塊が集まり、禍々しい渦を巻いた。


「けどさ、僕らの足元にも及ばないよ。なあ、カノン?」


カノンは内心で「一緒にするな」と叫びながらも、ただ黙って頷いた。


アローンの指先が動くと、黄呂の塊が冬樹に向かって形を変えながら迫る。


「僕の意思を妨げる悪い女は、この中で永遠に呪われろ」


「うああああああ!」


突如、琳が叫びながらアローンの背後から襲いかかる。その瞬間、アローンの身体が勢いよく吹き飛ばされた。


「まだそんな力が……」


アローンが振り向くと、そこには三本の羽箒を手にした琳の姿があった。


「なるほど。力が少なくなっても、三つ合わせればまだそれくらいはできるんだ」


琳の背後には、座り込む彰、洋、そしてヒューリの姿があった。


「せっかく助けてもらったんだ。その人に手出しはさせないよ」


アローンは薄気味悪く笑うと、手をかざし、液体気流を彰と洋へと向かわせた。


――人体を発火させ、ギロチンのように切り裂く悪意。


ヒューリが必死に知成力で気流を相転移させようとするが、力の差は歴然だった。


「世界中の女が邪魔だな。アオイと史音以外は、全員消すことにしよう」


「その前に、私がおまえを消してやる!」


琳は三本の羽箒を同時に振るう。


「今、言ったよね? おまえはいらない存在だって」


アローンは掌を垂直に伸ばし、そこから液体気流を溢れさせる。琳の武器を吹き飛ばし、そのまま琳の顔面へと襲いかかった。


歯を食いしばる琳の前に、再び冬樹の身体が飛び込む。


目覚めた知成力を両手に込め、実在の力を集めながらアローンの掌に向ける。


だが――


アローンの液体気流は、冬樹の両腕を引き裂き、肩まで裂傷を広げた。


鮮血が飛び散り、冬樹の身体はその場に崩れ落ちる。


「身の程を知っただろう、この屑が」


アローンは冷たい声で吐き捨てるように言った。


琳は思わず、自分の前に立ちふさがり、再び自分を救った冬樹の無残な姿に身を寄せる。


「私はあなたを知らない……どうして私を助けるの?」


冬樹は口から血を吐きながら、かすかに微笑んだ。


「……貴女が傷ついたら、哀しみのあまり世界を滅ぼしてしまう人がいるから。それと、私も……一度くらい、誰かを助けてみたかった……そういう……」


「何だか僕が悪者みたいじゃないか」


アローンはつまらなそうにため息をつきながら、カノンとレオに命じた。


「カノン、レオ、君たちでアイツらを殺してよ」


しかし、カノンもレオも動かない。


「何してるんだよ? また蹴られたいのかい?」


レオはゆっくりと下を向いていた顔を上げた。


「蹴りたければ蹴れ! 俺は……その人のやったことを、なかったことになんかしない」


レオはアローンをまっすぐに見つめ、低く重く言葉を発する。


カノンは、その言葉を聞いて、己の間違いを悟った。レオは、自分よりもはるかにアローンの敵だったのだ。


「ああ、そうか。もういい」


アローンは天へと手を伸ばす。


「黄呂よ、ここにいる僕以外のものをすべて溶かし尽くせ。そして、その怨念を取り込め」


『やめろ!』


突然、巨大な空気の波動がその場に渦を作る。


アローンは不快げにその波動の中心を見据えた。


次の瞬間――


大地が大きく割れ、溶岩の道が崩壊する。その中を突き破るように、何かが空から降ってきた。


幾重にも広がる衝撃の余波が、戦場を包み込んだ。


渦巻く煙の中、ゆっくりと現れた影に、彰は息を呑んだ。


「……零さん」


その名を呼ぶと同時に、洋もまた、零の背後に横たわる亜希の姿を捉えた。彼女はまだ苦しそうにしている。


「ふん、やっと姿を現したか、この悪魔め」


アローンは嘲笑を浮かべながら零を睨みつけた。黄呂や液体気流の操作を止め、指先から変数操作線を引き、他我の種を操る準備を始める。


「悪魔とは、このような惨状を作り出した者を指すのではないか?」


鋭い眼光を向ける零に、アローンはあくまで余裕を崩さず、肩をすくめた。


「ははっ、かつて自分の都合で世界を滅ぼそうとした傲慢な女に比べれば、僕のやっていることなんて可愛いもんさ。大事なのは手段じゃない、目的だよ。僕には崇高な目的がある。そのためなら、どんな行為も許されるんだ」


その言葉を遮るように、アクア・クラインの輝石が閃き、アローンの頬を斬り裂いた。


「ぐっ……!」


汚れた血が飛び散り、アローンの右頬がえぐれる。


「確かに私は悪い女だよ。誰からも許されようなんて思ってはいない」


零は静かに告げる。


「だけど、それが貴様を許してやる理由にはならないよ」


彼女はその巨大すぎる力を、どうにか制御しようとしていた。亜希の力を抑えつつアクア・クラインを操ることは、まるで己の限界を試すかのようだ。


そのとき——零の背後で、亜希がそっと立ち上がった。


「……?」


彼女の力は強大すぎて、零が抑えていなければ身体の輪郭すら保てないはず。それなのに、まるで何かに導かれるように、亜希は零のそばを離れていく。


そして彼女が向かった先には——


「……冬樹さん」


琳の前に、無残な姿で倒れる冬樹。


「亜希さん……この人が、命がけで私たちを助けてくれたんだよ……!」


琳は涙をこぼしながら叫んだ。


「自分が死ぬことが無駄かもしれないって、分かってて……それでも私たちを助けてくれたんだよ! もう、こんなの嫌だよ……!」


嗚咽を漏らしながら琳が訴える。


冬樹は、ぼろぼろの身体のまま、かすかに笑った。


「……木乃実先生……最後に……会えましたね……」


「……冬樹さん……?」


「一つだけ……伝えたかったんです。私の……私の事情……本当は……貴女の大ファンだったんですよ……」


か細い声が途切れそうになる。


「……続きを……読みたかったな……」


その言葉を最後に、冬樹の瞳から光が失われた。


亜希は、彼の千切れた両腕をそっと取る。彼女の力で、冬樹の腕は再生されていく——だが、それが意味を持つことはなかった。すでに、彼女の命の火は消えていたのだから。


そして、亜希の背後で渦巻いていた暗黒の光が、音もなく消えていった。


「……はっ……あああああ……!」


亜希の瞳から涙があふれ、地面に落ちていく。


零はその姿を見つめ、静かに呟く。


「……もはや、おまえを殺すのに何の遠慮もいらないな」


冷徹な声に、アローンはそれでも余裕の笑みを浮かべた。


「ははは……ブルの地球の戦闘マシーン、僕が何の準備もなしに、お前みたいな化け物と戦うと思ったのか?」


指先から操作線を伸ばし、零の他我の種を締め上げる。


「貴様……!」


「葛原零……おまえの恐れはそれさ。誰かに捨てられ、置き去りにされることを、ずっと恐れている。だからこそ、自分の手で自分の本質を抑えることを選んできた」


操作線が締め付けるたびに、零の身体が痙攣し、全身が硬直していく。


「……小僧……お前ごときに……私が……退くものか……!」


ぎりっと奥歯を噛みしめ、零は自らの輝石を他我の種へと向ける。


「正気かい? 自分の他我の種を破壊するって、自分のルーツを破壊することだよ。己が己でなくなるってことだよ?」


「……それがどうした!!」


零は迷いなく、胸元へと輝石を突き立てた。そのまま、一歩、また一歩と、アローンへと歩を進める。


そのとき——


「止めるんだ、レイ」


その声は、風のように舞い降りた。


「君がこれ以上、傷つく必要はない」


言葉とともに、その存在は場の空気を一変させた。


「……葵瑠衣……」


零が呟く。


「……椿優香さん……」


亜希もまた、違う名前で彼女を呼んだ。


毅然と立つその姿が、すべてを見据えていた。


優香は静かに視線を落とし、横たわる冬樹の遺体を見つめる。


「……薫」


彼女はそっと呟いた。


「貴女がしてきたことが、これで許されるわけじゃない。貴女の罪が消えることはない。けれど——貴女が流した血の色を、私は一生忘れない」


そして、亜希と零を見据えた。


「やあ、二人とも、久しぶりだね」


優香は一歩前に出る。


「また会えて嬉しいと言いたいところだけど……この状況は、度し難い」


そして——


「とりあえず、この最低な子供の存在を消し去るのが、私の目的なんだよ」


そう言って、彼女はアローンを真っ直ぐに見据えた。

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