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89、現在 代替

意識が戻ってから丸一日以上が経つが、亜希の身体はまだ完全には回復していなかった。声の力が荒れ狂い、制御がきかない。だが、零がそばにいてくれることで、どうにか抑え込むことができている。


「琳の家の別荘、燃やされたみたいだな」


彰が低い声でつぶやく。亜希は視線を右前方のテレビに向けた。他の四人も同じように画面に目をやる。彼らは今、逃亡先のレストランで昼食をとりながら、今後の対策を考えていた。


「ひでえことをするな、教団の奴ら」

彰が唇を震わせる。


琳が少し落ち込んだ表情になる。テーブルの端を指でなぞりながら、静かに言った。

「僕たちがもういないことは分かってたはずなのに……本当に何がしたいのか、狂信者たちは」


松原も、奥底に潜んだ怒りを押さえつけているのが見て取れた。


「……琳……」

零が微かに声を発する。


沈黙が続いた後、琳が無理に明るい声を出す。


「大丈夫ですよ。ちゃんと火災保険入ってますから、きっと兄がうまくやってくれます。ハハハ……でも楽しかったですよね。私たち五人で合宿みたいにあそこで過ごせて……僅かな期間でしたけど……昔は家族でよくあそこを利用してたんですよ。楽しかった思い出がいっぱい、小さい頃からずっと……最後はみんなと一緒で……本当に良い思い出ばかり……」


琳の声がそこで滞る。


彰がそっと琳の頭に右手を置いた。

「私は大丈夫ですから……別荘なんて他にいくらでもあるし……私たちはちゃんと無事だし……」


彰はそのまま琳の頭をゆっくり撫で続けた。


「……何してるんですか……何触ってるんですか……私は大丈夫だって……手、放してください……私は本当に大丈夫……」


彰が優しく言う。

「ダメだ……お前が本当に大丈夫だって、俺が認めるまで撫で続ける」


店の中は次第に混雑してきた。食事を終えた彼らが長く留まる場所ではない。松原、彰、琳が立ち上がる。亜希も、零に支えられながらどうにか立ち上がった。


外に出ると、蒸し暑い空気を涼しげな風が追い払っていた。


ここは琳の家の別荘からそう遠くない、溶岩庭園だ。亜希たちはこの中を移動しながら潜伏している。


「洋、彰、琳、今この近くで起こっていることは『地球を守る教団』の意思ではない。酷く幼稚で無邪気で残虐な悪意が、ただ悪意をぶつけるためだけに行動している。そして、あのトンネルから這い出してきたものを利用し、更に悪意を広げようとしている。その悪意にとって、私たちを襲うこともただの言い訳、行動理由の代替に過ぎない。だから、こんなにも効率が悪く、人々を苦しめながら私たちを追っている」


先ほどのニュースで報道されていた。突然の人体発火現象で死んだ者、身体をバラバラにされて殺された者。その数はすでに数百人を超えている。最初は広範囲で発生していたが、次第に範囲が狭まり、亜希たちのいる地域に集中しつつあった。しかし、人々は起こっていることを受け入れられないのか、この溶岩庭園には今も観光客が大勢訪れ、普段通りに賑わっている。


零は自分のバッグから三本の羽箒を取り出した。赤、緑、青の三原色。


「零さん、それは?」

彰が尋ねると、零は真剣な面持ちで答えた。


「洋、彰、琳。私と亜希さんはあなたたちとは別行動を取る。私の目の前に敵が現れたら、悪魔のような輩とも何とか対峙してみせる。けれどその時、私は周囲の人々を巻き込むかもしれない。だから、三人ともこれを持って行って」


琳が赤い羽箒を受け取りながら首を傾げる。

「この羽箒って、私の家の別荘にあったものですよね?これでどうするんですか?」


「私が、あなたたちが身を守れるように知成力で作り替えた。これを持っていれば、敵の見えない場所からの攻撃を防げる」


彰も青い羽箒を受け取り、重さを確かめながら尋ねた。

「なんか重いな、これ……どうやって使うの?」


松原も緑の羽箒を手に取り、興味深そうに眺めている。三人に向かって、零は説明を続けた。


「とりあえず身に着けているだけで、あなたたちを害するものの力を打ち消す。攻撃される確率を、されない確率に書き換える。また、相手に向かって振るえば大きなダメージを与えることもできる」


つまり、それは零が創った武器なのだ。零は亜希の暴走を抑えるため、常にそばを離れられない。それでも、こうしてある程度の力を使える。


「零さんと亜希さんはどうするの?」

松原が尋ねる。


「ここまで近づかれると、敵に私の居場所を知られるのも時間の問題。私は亜希さんを守りながら、敵を迎え撃つための場所へ移動する」


零は遠くにそびえる鉄塔の方をじっと見つめていた。


意識が戻ってから丸一日以上が経つが、亜希の身体はまだ完全には回復していなかった。声の力が荒れ狂い、制御がきかない。だが、零がそばにいてくれることで、どうにか抑え込むことができている。


「亜希さんは大丈夫なんですか?」

琳が心配そうに声を掛ける。


「……精神的には大丈夫だよ。身体を抑えるのがちょっと大変なだけ。でも、零さんと一緒ならきっと何とかなるよ……」

亜希はかすれた声を発する。


「彰くん、琳ちゃん、僕らは二人から離れて、とりあえず三人一緒に居よう。全然正体の分からない敵だけれど、目の前に現れた時、一緒に対処できる」

松原がそう言うと、他の二人も頷き、ともにこの場を離れた。


亜希は零と共に、遠くにそびえる塔を目指してよろよろと足を進めていく。溶岩庭園の岩肌がむき出しになった地面は、不気味なほど静まり返っていた。




「女王、俺が行きますよ、あのガキのところに。俺の国で好き勝手しやがって」


ベルティーナの前に跪く一矢が、憤りを隠さず進言する。


ベルティーナは唇を固く結び、TVのニュースに見入っていた。画面には日本各地で起こる惨劇が映し出されている。しかし、彼女の瞳はさらに広い視野を見据えていた。他の地球では、もっと酷いことが起きている。だからといって、今この場の悲劇から目を背けることは許されない。


「一矢……在城龍斗のためにできてしまった私の隙に、アローンが付け込んだ。あんな危険な者は、もっと早く私が処分しておかなければならなかった。優香に頼まれた枝の神子たちを治める役目を、私が先延ばしにしたことで、あってはならないことが起きてしまった。私の責任です」


モニターから視線を外さず、ベルティーナが答える。


「女王、アローンの監視は俺の役目にも入っていた。教団に目を奪われ、あれから目を外した俺にも責任がある。今あそこでは落合さんが一人で対処している。彼女一人では無理だ」


一矢は落合美沙の弟子のような存在だった。有能さこそが人間の美徳だと信じていた彼に、その限界を教えたのが美沙だった。


人間の目的は有能さの限界を極めることではない。自分に何ができるかを知ることこそ、人が人として生きる真の目的だと。


だから彼女は今、一人で、決して強くはない自分の力で、できることを全てやっているのだろう。


「一矢……アローンは枝の神子の中でも史音と同等の知能を持つ者です。貴方が美沙の処に行っても、対抗できるかは疑問です。私の瞳の力を、一瞬だけ教団からアローンに向けて放ちます。もはや、あれを許すことはできません」


ベルティーナが、普段の女王としての口調ではなく、優しい少女としてそう言葉を向ける。


「それは駄目だよ、ベル」


部屋の入り口へ向かう通路の奥から、その声は鋭く放たれた。


「龍斗は貴女が真空の瞳を外した瞬間に、フライバーニアの極子連鎖機構を再起動させて、他の地球を滅ぼし始める。貴方がどちらを選ぶかは決まっている。紫苑と恵蘭の行動を無駄にすることは駄目だ」


颯爽とした表情で椿優香が現れた。


フライバーニアはカーディナル・アイズの力で今は誰も近づくことができない。


「女王、優香の言う通りだ。貴女は奴らを見張り続けてくれ。俺が落合さんと一緒に、あのクソガキをぶち殺してくる」


そう息巻く一矢に、優香が低い声を上げる。


「一矢、あなたには教団から離脱した者たちを見張る仕事があるでしょう?私も龍斗の元へ行かなければならないけれど、これ以上アローンは放置できない。葛原零が触発されて、もう一度この世界を見捨てて滅ぼしかねない。ベル、一矢。仕方がない。私が美沙の処に行くよ」


しばらく沈黙が流れた後、ベルティーナが静かに声を発した。


「優香、頼みます。世界を……人々をどうか守ってください」



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