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85、現在 コアデータⅢ

曇天の下、乾いた大地が広がる。

風が吹けば、地表の砂が細かく舞い上がり、遠くの景色を淡く霞ませる。雨の気配はないが、空気は湿り気を帯びていた。


史音は、少し早口で話し始めた。


「椿優香の正体についてはまだよく解らない。ただな、葵瑠衣のことはアタシなりに調べた。解らないことがあるのは気持ち悪いからな。

先代の枝の神子の中にいたという葵瑠衣についてだ。今から十五年くらい前の記録だ。アメリカのある医療施設で、幼い葵瑠衣は眠り続けていた」


史音は、空を見上げて曇天を睨みつけるようにしながら続ける。


「葵瑠衣は、生まれたときから異常な体質だった。身体機能は維持できているのに、まったく目覚めない。脳波は特殊で、活動はしていた。でも精神活動は、まるで別の世界で行われているんじゃないかってオカルトじみた説が囁かれてた。まあ彼女は先代の枝の神子の1人として肉体を離れて活動してたんだがら当たり前だな。その間本体の肉体は意識のある場所に従うように、いくつものテラトーマを作り出していたんだ」


史音はそこで言葉を区切り、侑斗を見た。


「……テラトーマ、知ってるか?」


曇天の空を仰いでいた侑斗は、顔を戻し、少し眉を寄せる。


「馬鹿だが、それくらいは知ってる。身体から生まれる、不要だけど正常な変異腫のことだろう」


史音は軽く頷くが、何か腑に落ちない顔をした。


「まあな。でも葵瑠衣の場合、それとも少し違う。彼女の体内で生まれた細胞は、身体の一部を形作っては、まるで不要物のように体外へと放り出されていたんだ。しかも、その変異細胞は特殊なRNA遺伝子を持っていた。観測行為によって自在に遺伝子を操作できる……つまり万能細胞だ」


風が強くなり、乾いた土が二人の間に舞う。

史音は、砂を払うように片手を振りながら続ける。


「それをベクターウイルスに乗せて他人の身体に移植すれば、その個体の遺伝子構造と同じものに変わる。葵瑠衣は、無限の遺伝子の組み合わせを作り出せたんだ。たぶん、彼女の精神が存在していた世界では、それが当たり前の能力だったんだろう」


侑斗は目を細め、乾いた地面を蹴るように足を動かした。


「そんな万能細胞があるなら、世界中の苦しんでる人を救うことができるだろう?」


史音が、かぶりを振る。


「ダメだ。葵瑠衣の収容された施設は、国家機密だった。あの万能細胞は無敵だけど、エネルギー保存の法則は絶対だ。ゼロから何かを作り出すなんて、ほんの僅かな時間しかできない。彼女を生かし続けるためには、小さな国の国家予算並みの費用がかかった。普通の高濃度点滴じゃ、すぐに生命活動が停止してしまうほどにな」


彼女の声に、ほんの僅かな苛立ちが混じる。


「科学者たちは、葵瑠衣の細胞を外で作り出せないか、必死に研究した。でもな……どうも彼女は、この地球では稀な知成力を持って存在していたらしい。その力で、無限の可能性を持つ遺伝子情報を作り出していた。けど……」


史音は、深く息をついた。


「それだけ金がかかる個体だったから、彼女の万能細胞を使えるのは、ごく一部の特権階級だけだった。葵瑠衣の存在自体が、人道的な理由でひた隠しにされたんだ。そして……五歳になるくらいの時、突如姿を消した」


「先代の枝の神子たちの終末の時、何かが起こった。」


風が止み、辺りは不気味な静けさに包まれる。

史音の瞳に、かすかな疑念が浮かんだ。


「動くことのなかった個室のベッドから、厳重な監視体制の施設から、跡形もなく消えたんだよ」


侑斗は、その言葉を噛みしめるように黙り込んだ。

その幼い葵瑠衣は今の椿優香とどういう繋がりが有るのか?——。


「アタシは、アンタに信用してもらうために、誰にも話したことがない優香のことを話したんだ」


史音が、少し肩をすくめて笑う。


「で、アタシが優香に鎌をかけたら、『そうなんだよ。私はこの地球で目覚める前に、ロッゾの地球で何でも奪い取る魔女と暮らしてたんだよ』とか、ふざけたことを言いやがった。それから優香は葵瑠衣の特殊能力を持っている。二人は別人だが、全くの別人というわけでもない。」


乾いた風が再び吹き、空はますます重く沈んでいく。


「……後、何か聞きたいことがあるか?」


史音の喉は少し枯れている。ずいぶんと喋りすぎたようだった。


侑斗は、ふと頭をよぎった疑問を口にする。


「あのフィーネって何者なんだ?」


史音の顔が、わずかに曇る。


「ああ、フィーネは何十年か前に、この地球で大きな波動関数の収縮が起こる前に生まれた、中身のない女なんだ」


「……中身のない?」


聞き返す侑斗に、史音が困った顔をする。


「いや、あれどう見ても普通の人間じゃないだろ? 化け物だろ? 目から弾丸みたいなの撃ち出すし、思考形態が人間じゃないし。アタシが知る限り、三十回は死んでるんだけど、そのたびに何の痕跡も残さず蘇る」


史音の唇が、微かに震えた。


「だけど、どんな精密検査を受けても、普通の人間の証しか示されないんだよ。だから、余計気持ち悪い」


侑斗の中で、嫌な予感が膨らむ。


「……女王の組織は、どうしてそんな怪しい女を加えたんだ?」


史音が、乾いた笑いをこぼす。


「監視……まあ、まさかあの化け物が有城と繋がるとは、ベルもアタシも優香も想像してなかったんだ。どっちも互いを利用してるつもりなんだろうけどな」


空の色はますます濃く沈み、空気が冷たくなる。

椿優香といい、フィーネといい——この世界は、怖い女性の姿でできているのかもしれない。


侑斗は、ふと心の奥底で思う。


——やっぱり、滅んでもいいんじゃないか。


だが、すぐにその考えを振り払うように、侑斗は大きく頭を振った。

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