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83. 過去 コアデータ 起点

ユウ・シルヴァーヌが世界の真実の一端を知ったのは、「励起導破戦争」が終結する1年前のこと。

それは、彼がレイ・バストーレに殺される1年前でもあった。


彼は、ステッラの地球をもっと深く知るために、ブルの地球にあるクァンタム・セルの窓から、ステッラの地球の北極にあるクァンタム・セルの窓へと向かった。

胸の奥で、何かが静かに囁いていた。

――呼ばれている、と。


真空用のセル・バーニアに入り、重力を余剰次元へ発散させながらゆっくりと上昇する。

機体が空気の抵抗を振り払い、雲を突き抜けるたびに視界が開ける。

やがて大気圏を抜けると、目の前には青く澄みわたる海の輝き、雲が太陽の光を反射する純白の世界が広がっていた。

眼下に漂う雄大な雲の群れは、淡い影を地上に落としている。


ユウは思った。


――自分が知るどの地球よりも、美しい。


この地球のもうひとつの姿は、クァンタム・セルの窓が存在する高度でしか見ることができない。


ユウ・シルヴァーヌは息を整え、「太陽の繭」とは比較にならない圧倒的なエネルギーを放つ太陽を見上げた。


彼は励起導破戦争で奪い合ってきた存在力について考えを巡らせていた。

彼らが求めた存在する力は源流はこのステッラの地球にある。彼らが存在力を求める度にステッラの地球はそれを奪われる。

だが、それぞれの地球を支えるエネルギーは太陽の鞘により補償されている。

エネルギー保存則とは無関係な存在力とは一体何なのか?既存の物理法則に記述のないのは何故か?


目が眩む前に瞳を閉じ、背後に広がる星々を仰ぐ。


無数の光が、宇宙の果てに瞬いている。

ステッラの地球は唯一無限の世界への門を持っている。特殊相対性理論により決して届かない光と聞いているが本当にそれを閉じても良いのか?



…………………


そのとき――


彼方から声が聞こえた。


それは、宇宙の静寂を裂くように響いた。


ユウの意識が微かに揺らぎ、青い地球を包み込む何かが、自分の五感を突き抜けた。


地球は震え、突如として遠ざかり、小さくなっていく。


「……波束の計算を間違えたかな? 僕の五感に、妙なものが紛れ込んでいる」


地球の姿はさらに縮み、やがて切り株の上にか細く伸びる若芽へと変わる。


――もう……許して……だから……私を殺して……全てを元に戻して……


小さな芽が懇願する。


それに応える声があった。


『貴女が存在している以上、私たちはそれを否定できない』


――……私は……あなた達に……否定されたい……そして……死んだまま生きることを……止めたい……


小さな芽は懸命に語る。


だが、彼方からやって来た声はざわつき、漆黒の姿へと変貌する。

それは何度か自らを振り払おうとするが、弾かれた。


『どうにもならない。貴女が存在する限り、先に消え去るのは我々だろう』


絶望の沈黙が、空間に満ちる。


――ユウの意識が、元へと帰っていく。


(……今の会話は何だった? なぜ僕に、こんな情報を与える?)


そして、小さな芽は少女の姿になる。


――これ……貴方の望んだ……私が形にした……


「……あなたは何? 僕を呼んだのはあなたか?」


――貴方たちに存在する力を奪われ、滅びゆくこの地球の慟哭が私。

私はパリンゲネシアと呼ばれる存在……

滅びる事を拒絶する意思、それを具現化した姿が私……

私は……貴方に伝えることしかできない……

だから創られた地球の人々に私の願いを送った。


ユウには、芽の言葉の意味が理解できなかった。


彼が知る世界の本質。


ステッラの地球は、いずれ消え去る運命にある。

だが、それは絶望ではない。

素材として別の地球の創造に用いられるのだから。


「この世界は……終わるわけじゃない」


創られた地球の人々は信じていた。

新たな地球が創造されれば、この星に存在する生命は別の地球に移行できる。

それが世界を創った創造主の行った生起創造。

だからこそ、人々は希望を抱いていた。


だが、その認識は正しかったのか。


「……この地球がやがて搾りかすのようになったとしても、新たに創造された地球がある。

それは……いけないことなのか?」


――……貴方は、初めて他の世界へ来て……私を外から見た……

貴方が幻と決めつける……この姿は……そう……無いものではない……


ユウの知覚に、それは刻み込まれていく。


私はこの星の大樹を育み、その枝に触れた者たちに特別な力を与え救いを求めた。その「願いの枝」に触れた者たちは、それぞれの方法でこの星を救おうとした。


しかし、彼らは争い、互いに異なる手段を模索し、ついには「不存在」と呼ばれるものが発現した。

彼らはそれを「シニスのダーク」と呼んだ。


ダーク――それはこの地球の全てを書き換える存在。彼らはそれがこの星を救う者と信じた。


しかし、その行為が銀河の彼方に潜む声を引き寄せた。


その声は強大な力を持ち、この星を再生させることができる。

けれど、それが行われれば、今の私も、そして貴方たちの地球も消滅する……。


声の力を恐れた一人の戦士が、シニスのダークに呑まれた地球の大樹を切り倒した。


刃が幹を断ち、音もなく崩れ落ちる巨木。

舞い散る黒灰のなか、わずかに残された小さな芽が微かに揺れる。


「……これが……」


ユウは、目の前の小さな芽を見つめた。


「あなたは全てを再生させてやり直したいんだな。あの声にすがりたいんだろう?」


『……わからない……本当の答えなんて……』


「……無い答えは導けない……だから、まず設問を問い直すんだ……」


ユウは想いを続ける。「問題は、君がそれを受け入れてしまっていることだ。

君は、もう一度大きくなって、枝を伸ばさなければならない」


その瞬間、ユウの目の前に巨大な大木が屹立した。

まるで空を貫くように、高く、強く、力強く。


ざわめく枝葉のひとつに、ユウはそっと手を伸ばした。

その枝に、最初のひとりとして触れる。


「……同じことが……また……起こる……」


ユウは考える。

どうすれば、これを繰り返させないで済むのか。


救う方法はあるはずだ。彼方の地球達もこのステッラの地球も。それには存在する力の本質を突き止めなければ。創造主はその方法を残したはずだ。全てが行き詰まるこの状況を。



けれどもユウのその想いは根本的に間違っていた。世界に対する理解の仕方が間違っていた。

それ故に結局彼は不幸な結末を迎えたのだ。

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