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6. 現在 . 羽のある蟻は、次元の外を見る

峠道の途中にある喫茶店「ファースト・オフ」。深い緑に囲まれたその店のテーブルには、亜希(あき)松原洋(まつばらひろし)葛原零(くずはられい)牟礼彰(むれあきら)小鳥谷琳(こずやりん)の五人が座っていた。


余剰次元(よじょうじげん)について知りたいって?」

洋がパスタをフォークに巻く手を止め、眉をひそめる。


「亜希さん、自称文学作家をやめて、SF作家にでもなるつもり?」

彰が茶化すように言った。


亜希は口元を引き締める。

「私はどこまでも文学作家よ。でも、科学には敬意を払ってる。だから、ちゃんと理解して書きたいの。」


この言葉の裏には、先日修一に言われた警告が引っかかっていた。

『余剰次元の彼方が危ない』

彼の言葉がずっと心に残っている。


「すごいな、亜希さん。余剰次元って、私たちの三次元の外側に広がってる世界のことでしょ?そんなスケールの大きい文学を書くなんて!」

琳が無邪気に感心する。


彰はため息をついた。

「俺たちの世界は、空間三次元に時間を加えた四次元という考え方もある。」


「え?時間を加えて四次元?」

琳が首をかしげる。


洋が説明する。

「アインシュタインが、時間と空間は切り離せないって証明したんだ。だから、空間三次元+時間で四次元。それとは別に、余剰次元は空間次元が追加されるイメージだね。」


「ふーん……そういうものなんだ?」

琳が半端に納得したような声を漏らす。


「でも、余剰次元は僕たちの世界の外側じゃなくて、ミクロの世界としか接触していない。」

洋は冷めかけたパスタをようやく口に運びながら続けた。

「小さく折りたたまれているから、僕たちみたいなマクロな存在には認識できないんだ。たとえば、円筒の上を歩く蟻を想像してみて。蟻にとっては、筒の表面は平面に見える。でも実際には、世界は曲がっていて、内側に折りたたまれている。でも蟻には、それがわからない。」


「羽蟻なら分かるんじゃないか?」

彰がすかさず口を挟む。


……なるほど、羽があれば見えるのか。


洋は氷水を飲みながら、紙ナプキンで口を拭った。


しかし、亜希の心にはわだかまりが残る。

——私が知りたいのは、そういう話じゃない。


彼女の視線の先には、目の前の友人たちが見ていない「彼方」が広がっていた。


「余剰次元の理論は仮説に過ぎない。でも、重力だけは余剰次元を超えて影響を及ぼすと考えると、いろいろ辻褄が合うんだよ。」

洋が気恥ずかしそうに言った。


沈黙を保っていた零が、静かに亜希を見つめる。

「……亜希さん、何があったの?」


その瞳は真珠のように澄んでいるが、言葉の底には鋭さがあった。


「ただの好奇心。でも、松原さんも彰くんも、よく知ってるね。」


零はまだ訝しむような視線を向けたまま、独り言のように呟く。

「余剰次元、量子の海を超えるのは重力だけとは限らない。この世界の人間は、未だに自分の尺度に縛られている。」


カプチーノを優雅に飲みながら、泰然とした態度で言う。


「うん、美人は何を言っても説得力があるな。そうだ、その通り、俺たちはいつも既成概念に縛られてる。」


少し間を置いて、彰がひとり納得したように頷いた。


琳が不機嫌そうに言う。

「あの、なんかひどくない?私がうんちく言うとすぐバカにするくせに!」


はあ、琳は自分が薀蓄を語っているつもりだったのか。すごいな。


「いいか、美人の言うことは常に正しいんだ。そうじゃないと、世の中が残念すぎるだろ?俺はあらゆる物理法則より、それを信じる。」


「……もう!」

琳はさらに頬を膨らませる。


洋が苦笑しながらフォローする。

「まあ、彰くんは彰くんだから、仕方ないよね。」


テーブルには笑い声が広がる。


だが、亜希の心にはまだ引っかかるものがあった。

余剰次元とは一体何なのか。

それは、自分たちの世界のすぐ隣にあるものなのか。

そして、亜希の行く道は、それを知ることでどう変わるのか——今はまだ、わからない。

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