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69、現在 他我の種

ベルティーナは深い静寂の中で決断の時が訪れたことを感じていた。空は橙色に染まり、太陽の熱が大地に強く照りつけている。この世界の終焉が迫る中、彼女の心は迷いなく決まっていた。このままでは、太陽の鞘が完全に壊れてしまう。彼女はただ一つの方法を選ぶしかない。


「クァンタム・セルの窓に赴き、この地球を収縮させるのだ。」彼女は強く、そして静かに思いを定めた。


ベルティーナは左手を高く掲げ、天を仰ぐ。周囲の空気が一瞬凍りつき、彼女の意志を感じ取ったかのように、彼女の周囲に微細な光の粒が舞い上がる。その手から、セル・バーニアの存在が現れる。空気が震える。


その瞬間、背後から雷鳴のような声が轟く。「待ちなさい!ベル!」


ベルティーナは振り返らずに、その声に応じる。「…優香、あなたはここに来るべきではなかった。」


優香はベルティーナの周囲に迫りながら、鋭い視線で彼女を見つめる。「ベル、あなたはサイクル・リングを開放して、この地球を消し去るつもりなの?」


ベルティーナは一瞬だけ目を逸らし、答えることなくその場に立ち尽くす。足元に浮かび上がった微細な光が、彼女の心の中の葛藤を映し出しているかのようだ。


「ダメだよ、ベル。」優香の声は冷徹で、しかしどこか悲しげだ。「もしクァンタム・セルの窓が開いたままで、この地球が崩壊すれば、あなたたちの地球の結創造も破壊されるんだ。」


ベルティーナはゆっくりと背筋を伸ばし、優香の方を向いた。厳かに言い放つ。「私は、この星のコアだけを残し、その他全てを破壊し、クァンタム・セルの窓を閉じる。それが唯一の方法です。」


優香は眉をひそめ、深刻な表情を浮かべる。「でも、それじゃ…あなたも死ぬつもりなんだね。」


ベルティーナは少しの沈黙の後、答える。「優香、この地球を見捨てる時が来た。ほかの地球を守るためなら、私は何だってする。それが、私の選ぶべき道だから。」


優香の目が鋭く光る。「あなたは…私との約束を破るつもりなの?」


ベルティーナは言葉を飲み込み、黙って立ち尽くす。優香の言葉が胸に刺さる。


「でも…彼は、この星が崩壊しても、彼女が守ってくれるんでしょう?」優香は冷ややかに告げる。その言葉が、ベルティーナの心を乱す。


優香はゆっくりと歩み寄り、ベルティーナを優しく見つめながら言う。「違うんだよ、ベルティーナ。それでは何も救えない。あなたはもう、宇宙の理を知っているだろう?四年前、あの崩壊が起きた時、何が起きたのか…今度はすべてがリセットされる。でも、私を信じて。フライ・バーニアにいるあの5人を、もう少しだけ見守ってあげて。」


********************


「在城龍斗…」恵蘭はその男を見据え、呟く。彼女の目には涙がにじんでいた。


「龍斗。」紫苑もまた、涙をこらえながらその名を呼ぶ。その瞬間、二人の前に立っていた修一が姿を消す。


修一は位相を跳躍し、龍斗の正面に出現する。


「会いたかったぜ、この糞野郎。」修一は顔を歪め、怒りを込めて左腕を振り上げる。


その拳が龍斗の顔面に直撃し、血を吐きながら倒れる龍斗。倒れたまま、龍斗は口元を拭い、立ち上がろうとするが、修一はすかさずその肩を踏みつけ、更に力強く押し倒す。


「立たなくていいんだよ、お前は。このまま俺に蹴り殺されていればいい。」修一は怒りに震えながら、左足を振り上げる。


しかし、龍斗の左手が白く輝き、氷の結晶が瞬時に砕け散る。その力に修一の足元が揺れ、彼の足が氷面に突き刺さる。


「修一、戻れ!」史音の叫び声が響く。修一はその場を離れ、ぎりぎりのタイミングで位相の波頭を越えて、史音たちの元へ戻る。


「痛いなあ、修一くん。酷いことをするね。」龍斗は痛みに顔を歪めながらも、薄ら笑いを浮かべる。「代わりに、もう少しだけ彼方の地球を消してみる?」


史音は怒りを隠さず、冷徹に言う。「てめえ……。」その言葉に、龍斗は不敵に笑い返す。


「久しぶりだな、小さくて賢いだけのお嬢さん。」龍斗は軽蔑の眼差しを史音に向け、浮かべる薄笑い。


史音は臆することなく龍斗を睨み返し、声を張り上げる。「あんたこそ、相変わらず気持ち悪いんだよ。鼻っからアンタなんか信用してない。背丈以外に、お前より小さいものはない。それに、あんたより小さい器量を持った奴なんて見たことが無い。」


その言葉が、冷たい風のように龍斗の耳に届いた。


「どうして、極子連鎖機構の制御設備が東のクローズの端にあるんだ?あんな巨大なフレームアンテナが存在するのは何故だ?」恵蘭の声には、動揺が隠せなかった。


紫苑は震えながら、答えた。「盛土だよ、氷を埋め立てたんだ。少しの時間だけ、フライ・バーニアと実空間を繋げて、東側の気温で氷を増やして、フライ・バーニアを広げた。その上に、新しい極子連鎖機構を作ったんだ。」


その言葉が冷たい空気に溶け込み、周囲の氷の中でひび割れる音が響いた。



「おや、紫苑、傀儡の糸が切れてしまったね。まあ次は君の妹を使う事にしよう」

龍斗が冷笑を浮かべながら言った。その言葉と同時に、恵蘭の胸の奥から緑の光が蠢き出す。

龍斗はその光を指差し、鋭い針のようなものを発射した。


「はっ!」

恵蘭が悲鳴を上げ、胸に刺さる針を感じて目を見開きながら倒れこむ。


「恵蘭!」

修一が慌てて駆け寄り、彼女の体を支えた。


「大丈夫…心臓を貫かれたわけではない。」

恵蘭は胸を押さえながら立ち上がり、女王の羽根を操る力を振り絞って再び氷の大地に羽ばたかせた。


「女王の創った羽根か?」

龍斗は冷ややかな視線で恵蘭を見上げる。

「君の知成力では、そんなに何度も自由に操れるわけがないだろう?」


その言葉が響いた瞬間、龍斗の足元の氷面が再び割れ、赤い羽根がどんどん沈んでいく。


その光景を、恵蘭と史音は黙って見守るしかなかった。


「てめえ、シニスの力を使っているな。」

史音が冷徹に鋭く言い放つ。

「てめえが集めた知成力でシニスを操っているんだろ?」


「その通りだよ。」

龍斗は肩をすくめると、深いため息をついた。

「でも、君たちが撃退した海上のシニスとは、比較にならないくらい巨大な力だ。」


「何を言ってるか分からないが、てめえがどうやって他人の知成力を集めたのか、世界中の人々の心を掌握したのか、聞かせろよ。」

史音は強がりながら挑発するが、龍斗はわずかに肩をすくめて口を開く。


「まあ、君たちの旅はここで終わるんだから、死ぬ前に教えてあげようか。知ったところでどうにもならないけどね。」


龍斗が指を向けると、再び恵蘭、紫苑、史音、修一、侑斗の五人を順に指し示す。

その指先に、先ほど恵蘭の体内で発現した緑色の種のようなものがそれぞれの体表に浮かび上がった。


「それが『他我の種(たがのたね)』だよ。」

龍斗の言葉が低く響く。

「人間は、一人では生きられない。孤独を感じ、他者と共に生きたいという願望から、この種は生まれる。僕はその種を具現化し、君たちに見せているんだ。『他我の種』は、心が弱い人間、自我を保てなくなった者の中から成長する。蔦が伸び、そして僕はその蔦を握って、もう苦しまなくていい、何も考えず僕の言う通りにすれば良いと、成長した『他我の種』を更に大きくしてやった。苦しみから解放してあげたのさ。もう苦しむことはない。僕の言う通りにすればいいとね。」


その言葉には冷徹な冷笑が込められていた。


理屈は解る。それでもこの在城龍斗という男一人がそれを全て画策したというのか。

人間は弱い。それ故自分の存在意義を他人に求めるのは自然な事だ。残虐で良心を持たない本能のみの人間でさえそれを振るう大義名分を他人に求める。それを自在に操ることが出来るのなら世界はこの男のままになる。だが・・・・何かが侑斗には引っかかった。


「史音ちゃん、他人を信じない君にも小さな『他我の種』がある。修一くんには、大きなものが見える。恵蘭にも、そして紫苑には、太くて大きな蔦が伸びているだろう?」

龍斗は指をさし、薄気味悪い笑みを浮かべながら一人ひとりに語りかける。

「そして、橘侑斗くん。君には『他我の種』が見えないようだ。女王が作ったまがい物の人間だからかな?」


その言葉に侑斗は怒りを感じ、口調を荒げる。


「修一、あいつをぶん殴ってもいいか?」

「もちろん構わないが、今はやめておけ。」

修一が冷静に答えた。


「フン、そんな吐き気を催す方法はどうせアローン辺りが見つけたんだろう?図星か?」

史音が吐き出す。


龍斗が再び紫苑に目を向ける。

「さて、とりあえず君の『他我の種』の接点が切れてしまったようだね。そこから伸びる大きな蔦を繋いでやろう。」

龍斗が指から伸びた黄色い光の線が、紫苑の体から伸びた巨大な茎に繋がる。


「さあ、紫苑。君はもう迷う必要はない。君の羽根で、ここにいる四人を始末してくれないか?」


紫苑の体が龍斗の指先から伸びる糸に導かれ、侑斗たちの方へ向かう。しかし、白い羽根が舞い上がることはなかった。


代わりに、龍斗の足元の氷から、女王の赤い羽根が氷を突き破り、力強く空に舞い上がる。


「紫苑…」

龍斗が疑念のこもった目で紫苑を見つめる。


「『他我の種』か…これが私の中にあったのは分かっていた。でも、こんなに大きく、醜く育っているとは思わなかった。」

紫苑は恵蘭の手から小刀を取り、その刃を使って自らの『他我の種』から伸びた巨大な茎を一瞬で断ち切った。


「龍斗、私は自分の愚かさでお前の傀儡になっていた。だが、今こうして私の知成力でその糸を切ることができる。」


龍斗の周囲に赤い羽根が渦を巻きながら集まり、カーディナル・アイズの力が溢れ出す。


「恵蘭にはもう女王の羽根を操る力は残っていないが、まだ私には残っているようだ。」

紫苑は力強く言い放ち、赤い羽根が激しく蠢く中、龍斗の極子連鎖機構を破壊する決意を胸に秘めた。


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