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68、現在 天空の氷島

氷の大地の淵にたどり着いた四人は、恵蘭の羽根によって引き上げられる。降り立った氷島の周囲は小高い丘に囲まれている。マイナス10度以下の凍った風が勢いよく四人に吹き付ける。「寒い・・・」侑斗は荷物から上着を取り出して羽織る。「当たり前だ。エヴェレストよりはるかに高い標高なんだぞ。それでもフライ・バーニアは直接外と繋がっていないから、この高度本来の温度よりはずっと暖かいんだ。侑斗、アンタもフライ・バーニアが認識できるようになったな」と史音が手を震わせながら言う。優斗が氷の島を見れるようになったのはベルティーナの力によるものだろう。


「太陽の位置」恵蘭は上空を見る。「予定通りここは氷島の西側バレスだ。極子連鎖機構の反対側。私はこの丘を越えて真っ直ぐに敵の居場所に向かう。修一達は淵に沿って進み、東のクローズへ向かって」

恵蘭が三人に指示する。「わかってるよ。姉ちゃんとの対決に水を差すつもりはないよ」と史音の答えを受けて、恵蘭は位相の波頭を飛び越えて丘を越えていく。

「さて、それじゃあアタシ達は南の平原アプスへ向かおうか」と史音が修一に同意を求める。「そうだな。ただ、あの二人の殺し合いを放っておけない」と修一が答えた。

「東の戸締りとかに向かうんじゃないのか?」侑斗が二人に尋ねる。先頭を歩く史音が軽く振り返る。「まあ、人情だ。お前には悪いが、付き合ってくれよ」


氷の丘を背にして、冷たい烈風の中を三人は進んでいく。これだけ冷たいのに吹雪ではない。それにしても島の淵に沿って歩くのは精神力がいる。落ちれば即死だ。

「この氷の島はどのくらいの大きさなんだ?」震えた声で侑斗が尋ねる。すぐ前を行く修一が答える。「せいぜい一番長いところで10㎞くらいだ。寄り道しても大差はない」

ふと思いついたことを侑斗が口にする。「その女王様のなんとかアイズで島ごと掌握できないのか?」先頭を行く史音が、前を向いたまま答える。

「なんでも便利に使えると思うな。このフライ・バーニアの氷島は極端に観測行為を阻害しているから、誰の目にも止まらず存在できると言ったろう。ベルの真空の瞳は通常の人間の一万倍の知成力を持つ。そんなものにさらされたらこの島は一瞬で消し飛ぶ」

「この島が消し飛ぶって、問題はあるのか?」敵の索敵装置があるのなら、島ごと吹き飛ばせば楽じゃないか。

「フライ・バーニアがなくなれば北極上空のクァンタム・セルの窓に行くことが不可能になる。ベルや修一の姉さんが自分の地球に帰れなくなるだけじゃない。滅びゆく私たちの地球を救うにはどうしてもクァンタム・セルの窓に行く必要があるんだ」

長くて全く分からない説明だ。


しばらく歩いて丘の端に三人は足を置いた。南の平原アプスに辿り着く。「息をひそめろ。と言っても相手は紫苑だ。すぐに私たちに気づくだろうがな」


優斗たちの100メートルほど向こうに向かい合う姉妹の姿があった。凍り付く強風の中だが、二人の姿がはっきりと視認できる。痛いくらいに。


「恵蘭、一人で来ると思ったが、修一や史音も連れてきたのか。いつからそんな臆病者になった?」薄笑いを浮かべる紫苑。恵蘭は表情を崩さない。

「紫苑、貴様との闘いに彼らはいらない。お前が無様に敗れるこの茶番の観客のようなものだ」紫苑の背後から無数の羽根が舞い上がる。

「私がお前に敗れる?一度も私に勝てたことのないお前が」恵蘭も全身から無数の羽根を羽ばたかせる。

「羽根使いで姉さまに勝てるとは思っていないよ。しかし、この戦いを羽根使いの器量を争うものだと考えているのなら、紫苑、お前はここまでだ」


遠くで黙って見る三人。

「あの女たちが使っている羽根は何なんだ?」随分と便利に使っている。綱梯子にしたり。「あの二人の家系は羽根使いの一族なんだよ。といっても地味な曲芸や暗殺くらいにしか使えないレベルだったが」史音が少し口ごもる。

修一が代わりに答える。「史音が枝の御子の力を使った羽根使いの応用法なんてものを考えついたんだ」

「・・・ああ、そうだよ。モノポールを使った力線操作を考えたのは確かにアタシだ」侑斗は沈んだ記憶を掘り起こす。

「モノポール?磁気単極子のことか?あれはまだ未発見じゃなかったか?」史音がくだらないことを学んでいるな、と責めるように侑斗の方を向いて唸る。

「未発見だし、そんなものはどの地球でも存在できない。あの二人は生体分子の全ての極性を揃えることができる。分子の磁性ベクトルが全てプラス、マイナスのどちらかに揃えば、マクロ的にはモノポールに近いものができる。分子レベルで使えば磁力線を操ったように重力に逆らって生体分子の羽根を操ることができる。鋼鉄の針のように」


二人の羽根使いの戦いは、まるで壮大なアトラクションのように繰り広げられていた。


紫苑の純白の羽が扇のように広がり、恵蘭を包み込む。しかし、恵蘭の赤みがかった羽根が渦を巻くように輪を作り、その包囲を打ち破った。羽根が舞い散る中、恵蘭は一気に距離を詰め、今度は自身の羽で紫苑の体を縛る。しかし、その束縛も長くは続かなかった。紫苑の羽根が内側から激しく舞い上がり、束縛を破っていく。


激闘はまるで呼吸をするかのように、攻防を繰り返していた。


「さあ、恵蘭。お客様への見世物はこれくらいでいいだろう?」


紫苑が余裕を滲ませた笑みを浮かべる。


「修一も満足しているさ。お前を殺して、次は向こうの三人だ」


恵蘭は僅かに視線を落とす。氷面には、いつの間にか紫苑の白い羽が無数に散らばっていた。その瞬間、羽根が一斉に舞い上がる。恵蘭の羽根の隙間を縫うようにして、白い羽根が全身を包み込んだ。


白に覆われた恵蘭。


「ここまでなのは、お前だったな」


紫苑の瞳が鋭く光り、すべての力線を恵蘭の中心に集中させる。


「龍斗の影響か、馬鹿になったな紫苑」


冷ややかな声が響く。史音が軽く溜息をつきながら、哀れむような目で紫苑を見つめていた。


「届いたな……」


白に覆われた恵蘭が、小さく呟く。


「届いた?」


紫苑が怪訝そうに呟いたその時、彼女の視界に異変が映る。


真下の氷の中に、鮮やかな赤い帯が広がっていた。


「何だ、これは……?」


次の瞬間、恵蘭の全身から赤い羽根が一斉に放たれる。自身を覆っていた白い羽根が、勢いよく引き剥がされ、風に散る。


「だから言っただろう? 私は羽根使いとして、姉さまに勝てないことくらい分かっていた。無意味な戦いをするつもりはない。曲芸で貴女の眼を誤魔化しただけさ」


氷の下を這う赤い帯。恵蘭の羽根が作り出したものだ。


「どうやってこれだけの羽根を仕込んだ? あり得ない……」


狼狽する紫苑を冷めた目で見つめながら、恵蘭が答える。


「今、氷の下を這っているのは女王のカーディナル・アイズによって創られた羽根。私たちがフライ・バーニアまで上るのに使った羽根だよ。女王の創り出した羽根を私が使う分には、なんら問題はない」


恵蘭の羽根は、まるで生き物のようにうねりながら東のクローズに設置された極子連鎖機構のフレーム・アンテナへと伸びていく。


「私が姉さまと一緒に観測用施設を作ったこと、忘れたか? どこを潰せばあれが破壊できるか、私は貴女以上によく知っている」


鈍い音を立てながら、アンテナが下から持ち上げられ、崩れ落ちていく。その下から現れるのは、果てしなく広がる恵蘭の羽根の群れ。


「ふむ……ベルの創った羽根か。それなら、それくらいのことはできるな」


史音が関心して口を開いた。


再び、紫苑と真正面から対峙する恵蘭。赤い羽根が宙に舞い、紫苑の周囲では白い羽根が渦を巻く。


「だから紫苑、無様な姉さんよ。私は時間稼ぎのために貴女の遊びに付き合っていただけなんだ。女王の羽根に、お前ごときの羽根が敵うものか?」


恵蘭が瞬きをした瞬間、紫苑の白い羽が対消滅するように赤い羽根と共に消えていく。


「紫苑、お前は私情で多くの地球を滅ぼし、そこに住む人々を殺した。何か言い訳があるか?」


「……私怨……私は私情で誰かを苦しめていたのか……? 私がそんなことを……何故……」


「傀儡の糸が切れたか、紫苑。ならその命も絶ってやろう」


恵蘭は懐から小刀を取り出し、紫苑へと歩み寄る。紫苑は膝をつき、溢れる涙と共に恵蘭を見上げた。


「もうやめろ、恵蘭!」


波頭を飛び越えて、修一が背後から恵蘭の腕を掴む。


「修一、放しなさい。この女は優れた知成力を持ちながら、自我を持つことを拒否した。万死に値する。私が許しても、女王は決して許さない」


修一は二人の間に割って入る。


「紫苑、お前ほどの女を操る方法を持つ者がいる。俺たちの目的の一つは、そいつを突き止めることだ。お前はどうしようもない女だが、まあ、それは俺も似たり寄ったりだ。だから、それを教えろ。その後、どうするかはこの氷原で自分で考えろ」


「……私が操られた……龍斗に……違う……私は何かに心を掌握されていた。それは貴方ではなかったのか……?」


鋭い音が響く。崩れ去った極子連鎖機構の向こうから、さらに巨大な何かが起き上がった。そこから四つの白熱した物体が飛び出し、空へと向かう。


「ストレージ・リングだ! 奴ら、やっぱり保険をかけていた」


史音が叫ぶ。


「さて、今の攻撃で太陽の鞘がいくつ破壊されたかな? ちゃんと彼方の地球を滅ぼしてくれたかな?」


何でもないことのように、在城龍斗は上着のポケットに手を入れたまま、そう言い放った。


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