表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/244

50、過去 異数Ⅱ

「フミネ、いい子だから私たちの相手もしてください。貴女はもう少し協調性を身につけた方が良いですね。貴女の情操教育責任者は誰でしたか?」


史音を抱え込み、力ずくで連れ出そうとする二人の科学者。白衣の袖から覗く手は細くしなやかだが、その力強さには容赦がない。


だが次の瞬間、スッと史音の身体はするりと女の腕から解き放たれた。


「はーい、史音の教育責任者は私でーす。責任は私にありまーす」


軽快な声とともに、史音の手を掴んだのは葵瑠衣だった。彼女は片手をひらひらと振りながら、にこやかに続ける。


「それはともかく、小さい子供を力ずくで押さえつけるのは、いけないことっていうのは、日本だけの常識なのかな?」


史音がこの研究施設で最も苦手とする人物、葵瑠衣。その明るい声を聞いた瞬間、史音は小さく舌打ちした。


「アオイ! 貴女がそんなだから——」


憤る女科学者を余所に、葵は防犯カメラを指さす。


「Dr.レーン、そこに防犯カメラがついてますよ。統括責任者のDr.オーバスに叱られますよ?」


瞬間、女科学者の顔が引きつる。もう一人の科学者と共に怒りを噛み殺しながら、無言で食堂を後にした。


***


「史音ちゃん、探してたんだよ〜。私に黙ってまた実験室に入ってたんでしょ」


ワザとらしく眉間に皺を寄せるアオイを、史音は睨む。


「アオイ、助けてくれたことはありがたいけどさ、私に構いすぎ。見た目は子供でも、私はあんたたちより遥かに深い人生をやってるんだ。私の目には、自称大人の方がよっぽど子供に見えるよ」


「へえ、じゃあ私も子供に見えるんだね?」


「……あんた、まだ17歳だろ。子供みたいなもんだろう」


「ふふ……そうだね。でも、史音ちゃんに子供って言われると、なんか嬉しいね」


葵瑠衣はいつもこうやって敵意や悪意を、軽やかに受け流す。彼女にとって、効率の悪い会話は1秒でも早く終わらせるべきものなのだろう。


アオイは腕時計を確認すると、いたずらっぽく笑う。


「実はね、史音ちゃんに会わせたい女の子がいて、探してたんだよ。なんとか時間通りに行けそうで安心したよ」


「……なんて面倒なときに、面倒くさそうなのを連れてくるかな」


史音はうんざりした表情でため息をつく。アオイは時間配分が好きだが、得意ではない。10回に1回成功すればいい方だと本人も認めている。


アオイが史音の教育責任者になったのは枝の神子の組織の力だ。アオイが言うには葵瑠衣が初めて地球の枝に触れた者で、最後に触れた者が西園寺史音だと言う。何を根拠にそう断定しているのか、分からないが。確かに自分より年下の枝の御子に出会ったことは無い。


「史音ちゃんは地球が最後に託したものを凝縮して持っているんだよ。私と史音ちゃんが居れば他の枝の神子たちは要らないくらいにね」

そんなことをアオイは簡単に言うのだ。だからなのか史音にとって人として価値のあるものは葵瑠衣しか居なかった。後は皆、存在の薄い幻影みたいなもの。


そんな彼女が「史音に会わせたい」と言う相手。ろくでもない予感しかしない。


「さあ、どうぞこちらへ。女王ベルティーナ」


アオイの呼びかけに、入り口の陰からゆっくりと姿を現したのは——青みがかった金髪の少女だった。


ピンクのドレスをまとい、気品あふれる佇まい。その姿に、史音は無意識のうちに目を細める。


「有難う、アオイ。はじめまして、西園寺史音さん。私はベルティーナ・ローゼンと申します」


差し出された右手を、史音はポケットに突っ込んだまま見下ろす。


「……私が気に入りませんか?」


ベルティーナの美しい顔が、わずかに曇る。


「史音ちゃん、ベルティーナはイタリア貴族のお嬢様で、特別見学でこの施設に来たんだよ。歳も近いし、仲良くしてあげてほしいな」


アオイがそう説明するが、史音はますます気が進まなくなる。


ベルティーナは右手を下げ、瞳を開いて史音を見つめる。その瞳が深紅に輝く。史音は本能的に反射で位相を飛ぶ。アオイとベルティーナの居た場所から6メートルほど離れる。


ふう、と息をつくと真横から少女の声がする。

「ごめんなさい。私は惹かれる人や物を見るとこの真空の瞳を無意識で発動してしまうのです。まだ、この世界に上手く馴染めていないのです」

反対側からアオイの声。

「史音ちゃん、地球の枝からもらった力を使いすぎだよ。だからここの研究者達から余計な注目を浴びるんだよ」


その台詞はアオイにだけは言われたくない。アオイの奇行ぶりは史音以上だった。


「ふーん、地球の枝に触れていない者でも、波頭を捉えることが出来るのが居るんだ」

史音はその事に少し興味が湧いた。


「揺れ動く状態の先へ移動するのは私の世界の王族には極一般的な方法でしたので」

慎ましく上品に少女はそう言う。だが少女?この娘からは同年齢の女子とは思えない高貴な落ち着きが有った。


「あんたまるで異世界から来た……お姫様みたいだな」


「ええ、よく分かりましたね。私は異世界から来たお姫様なんです」


史音のこめかみがズキリと痛む。


「お姫様は何用で、この寂れた世界においでになったんだ?」


ベルティーナは目を伏せ、悲しげに呟いた。


「愛しい人を探して、守るため……だったのですが、今では余計な役目も持たされてしまいました」


「そりゃあお生憎だったね。私の計算では、いかなる異世界からも、時空の量子分布を超えてこの次元に来ることはできないはずだけど?」


「そうですね。でも私は、自分の存在をこの世界に映すために、かなり困難な状態の上書き操作を行いました」


もっともらしく語るベルティーナ。その冷静さが逆に不気味だ。


「史音さん、私はアオイに頼まれたのです。枝の神子たちの仲間の――女王をやってほしいと」


 静かな声が空間に響く。ベルティーナは真っ直ぐに史音を見つめ、その瞳には迷いがなかった。


 その言葉に、史音の感情が一気に沸点に達する。


「アオイ! お前が言ったんだぞ! 枝の神子たちはもうどうにもならないって! 忘れたのか!」


 怒りに駆られ、史音はアオイの襟元をつかんだ。ぐっと力を込めると、アオイの身体が少し浮く。


「ぐ……苦しいよ、史音ちゃん……」


 アオイは苦笑しながら息を詰まらせる。


「どうにもならないから、ベルに助けを乞うたんだよ……世界中探し回って、やっと見つけたんだ……」


 掠れる声に、史音はわずかに力を緩めた。だが、その言葉が胸に響くことはなかった。


 ――どうにもならない? それを知ってなお、他人にすがるのか?


 史音は荒い息をつき、アオイの白衣から手を離す。


「……もういい」


 これ以上、この話に関わっている暇はない。


 踵を返し、ベルティーナにもアオイにも背を向けて歩き出す。靴音が硬質な床に響く。


 ドアへ向かいながら、最後に言い放った。


「アオイ、お前、見学に来たって言ってたよな。なら、それ以外のことは絶対にさせるなよ。お前が責任を持て」


 吐き捨てるような言葉が、冷たい空気の中に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ