3、現在 星の下でまた会おう
峠道を望む喫茶店**「ファースト・オフ」**の温かな照明の下、金曜倶楽部の仲間たちが集まっていた。
今日のメンバーは、松原洋、牟礼彰、小鳥谷琳、葛原零、そして亜希。
テーブルを囲み、和やかながらもどこか探り合うような会話が続いている。
「侑斗くんが、ちゃんと男かって?」
亜希の何気ない一言に、松原洋が怪訝そうに声を上げた。
その場にいた全員が反応し、それまでの会話を中断して亜希を見つめる。
洋は体格こそ良いが、誰に対しても穏やかな優しさを持つ男だ。
そんな彼にじっと見られ、亜希は少し気まずい表情になる。
「まあ、どうでもいい話なんだけどね……」
苦笑しながら言うと、反対側に座っていた彰が腕を組んだまま口を開いた。
「“ちゃんとした男” の定義は曖昧だけどさ」
どこか思案するように、彰は続ける。
「昔読んだSFに、ハインラインだったかな。確か、人間には男性、女性、両性、無性の四つの性があるって話だった。その分類で言うなら……侑斗は無性だな」
彰は何のためらいもなく断言した。
「えっ、侑斗さんって無性……? 性がないってことですか?」
琳が興味津々に食いつく。
いつものことだが、その旺盛すぎる好奇心に、亜希は少し辟易していた。
「いや、ちゃんと男なんだけどな」
彰はひとり頷きながら言う。
「あいつって、男も女もまったく同じように扱うだろ? 俺の知る限り、そんなやつ他にいない」
「それに」
彰は少し考え込みながら付け加える。
「堂々としてる時と、妙に卑屈な時の差が極端なんだよな。それがまた、面倒くさい」
それを聞いた洋が、落ち着いた声で亜希に語りかける。
「……でも、だからこそ、彼を理解しようとすることが大事なんじゃないかな」
亜希の脳裏に、過去の出来事が浮かぶ。
侑斗が、女性に強いトラウマを抱えていることを彼女は知っていた。
おそらく、零も知っている。
その零は、黙ったまま話を聞いていた。
「それはいけないことじゃないですか?」
突然、琳が唐突に話題を振る。
「せっかくの超美人なんだから、亜希さんか零さん、女性の魅力を発揮して侑斗さんを男にしてくださいよ!」
……まったく、いつものことだ。
どうせ、自分がその役になるのは嫌なんだろう。
「その発言、女子としてどうなの?」
呆れたように洋がたしなめる。
しかし、琳はまったく悪びれずに言い返した。
「別に変な意味じゃないですよ。ただ、正しくないものは修正されるべきかなって」
そのとき、それまで黙ってハーブティーを楽しんでいた零が、静かに口を開く。
「私は……亜希さんに期待している」
「えぇ……何を?」
零の言葉の意図が読めず、亜希は無言のまま嫌そうな表情を浮かべる。
彼女はいつも侑斗のことを考えているのに、何を期待されているのか全く分からない。
「そうだ」
突然、彰がスマートフォンを取り出しながら言った。
「次回の集まりは星見にしよう。で、侑斗のやつも呼ぶ」
洋も頷き、二人の視線が亜希と零に向かう。
「亜希さんがいれば、侑斗も安心するだろう」
……分かってる。
洋はともかく、彰の魂胆は見え見えだ。
侑斗が来れば、もれなく零も付いてくる。
静かな決意が、亜希を包み込む。
零には、どうしても返しきれない恩がある。
彼女がどうしてそこまで侑斗にこだわるのか、亜希には分からない。
けれど、何とかその想いを叶えてやりたい――
ただ、亜希はまだ知らなかった。
次の集まりで何が起こるのか。
そして、自分自身がどんな選択を迫られるのか。
寒空の下、物語は静かに動き出そうとしていた。