表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/244

43、現在 無の波濤

「何だと!」

修一が勢いよく史音の頬を引っ張った。


「だから、このまま引くと象の鼻みたいに——痛い痛い痛いっ!」

史音がバタバタともがきながら、懸命に訴える。


侑斗が修一の後頭部を軽く叩いた。

「修一、ちゃんと史音に説明させろ」


ようやく手を放した修一を、史音は恨めしげに睨む。頬をさすりながら、ふくれっ面で言った。

「ホントに痛いなあ、修一。女の子は大切に扱えよ」


「時と場合による」

修一はあっさりと返す。


「いいから、さっさと説明しろ」

侑斗が促した。


「分かった、分かったよ」

史音は舌打ちしつつ、前方の有機パネルスクリーンを操作した。

「どうも今のところ、敵の先読みがアタシより上みたいだ。奴らがこの船を探知しようとして放った《シニスの無の波濤》は、全部陽動だよ」


スクリーン上に、無数の波の軌跡が浮かび上がる。史音は指を滑らせ、それをなぞるように説明を続けた。

「いくつもの《無の波束》で、アタシ達の選択できる航路を意図的に狭めてるんだ」


修一が眉をひそめる。

「確かに《シニスの波束》を避けて航行してるってことは、こっちの位置は大まかにはバレるかもしれない。でも、だからって海は広い。簡単に見つかるものか?」


彼はスクリーンの一角を指し示した。

「ほら、大陸側から放たれたこの細い《シニスの波束》なんか、幅数メートルしかないだろ? こんなの、避けるのは簡単じゃないか?」


「それが、無理なんだよ」

史音は即座に否定した。


修一と侑斗は顔を見合わせ、同時に史音の方を向く。


「……どういうことだ?」

侑斗が訝しげに問いかける。


「この小さい波束は、多分《枝の神子》達が捜索範囲を絞ったうえで、アタシ達三人の存在を正確に捉えるためのものだよ」

史音は指を弾き、小さな波束を強調表示した。


「この小さい波束を放ってるのは、他より多少マシな《知成力》を持った奴ら、だいたい十人くらいかな。巨大な波束より自由が利くし、機動力が高い。やつらはアタシ達を確実に捉えて、その《シニスの波束》でこの舟を消し去るつもりだよ」


——最初の要撃から大ピンチじゃないか?

侑斗は未来を考えて頭を抱えそうになった。もっとも、この状況で“先”なんてものがあればの話だが。


「対策は?」

修一が問う。


「そうだな。前に言ったように、奴らの波束をギリギリまで引き付けて、アタシ達の存在を消す」


そう言えば、そんなことができるって言ってたな。数分だけ。


「アタシが操舵士に頼んで、奴らが一番混乱しやすいタイミングを狙える場所まで行く。そして、そこでアタシ達の存在を隠す」


史音は操舵席へと駆け寄り、進路を示した。操舵士が舵を取り始めると、彼女は振り返り修一と侑斗を呼んだ。


「修一、侑斗! こっちに来い! アタシから1メートル以内に居ろ!」


有機スクリーンに映し出された映像が変わる。

いくつもの《シニスの波束》が、まるで生き物のように蠢いていた。それらを避けながら進む幽霊船。その動きに反応するように、敵の波束も追いかけて方向を変えていく。


「……1km以内に入ったな」

史音が低く呟く。

「船の速度を上げさせよう」


操舵士が頷き、スロットルを押し込んだ。


船橋の窓の外——

遠くの暗闇が、ぞわりとうねる。


その黒さを呑み込むように、怪しく灰色の波が寄せてくる。


「もう限界だな」

史音が息を呑み、硬い表情で言った。

「やるしかない。優香に教わった《地球の枝》の呼び出しを」


——コイツ、今“優香”って言ったか?


侑斗の胸がざわつく。

思い出したくない、嫌な名前を。


だが、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


史音は瞳を閉じ、左手を前へとかざした。


——空間が裂ける。


その先から、光が溢れ出した。

下へ行くほど太く、大きくなっている。


《地球の生成樹》——


幾つもの枝を広げる、その壮麗な樹。


「侑斗、見えるか?」

史音の問いに、侑斗は静かに頷いた。


「アンタが《枝の神子》でなきゃ、そもそも見えないんだよ。さあ、生成樹の空間に入るぞ。この枝に触れていれば、アタシ達の存在は他の《枝の神子》にも見えない」


史音は先へ進み、光の幹にそっと左手を触れた。

瞬間、光が彼女を包み込む。


「修一! アンタも早く枝に触れ!」


修一も躊躇わず枝へ手を伸ばした。

すると彼もまた光に包まれていく。


侑斗も続こうとした、その時——


「待て、侑斗!!」

史音の声が鋭く響いた。


「おまえは直接この枝に触れるな! おまえの“前の人格”に、意識を乗っ取られるかもしれない!」


光の中から、史音の右手が伸びてくる。


「アタシの手を掴め」


小さいが、強い意志を宿した手。


侑斗は、しっかりとそれを掴んだ。


途端に、生成樹のエネルギーが流れ込んでくる。

——史音の本性が伝わる。


その奥底にある、悲しみ——


史音、お前は……こんなものを俺に見せるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ