39、現在 枝の神子
船内の通路は予想以上に狭く、壁に取り付けられた古びたランプが等間隔で淡い光を放ち、足元を照らしている。木製の床板は長年の使用で磨り減り、所々に傷や染みが見受けられる。三人は四畳半ほどの小さな部屋に入った。部屋の奥には二段ベッドが一つ、隅には和風の座布団が積まれている。史音はその中から二つを取り出し、侑斗と修一に投げ渡すと、自分も一つを手に取り、床に敷いて腰を下ろした。二人も彼女にならい、座布団の上に腰を下ろした。
史音は真剣な表情で侑斗に問いかけた。「さて、これからのことなど、色々と話しておかなきゃいけないんだけど。侑斗、アンタは組織の仕事に携わってきたんだから、敵の概念は分かっているよな?」
侑斗は少し考えた後、答えた。「在城龍斗っていう組織のトップに近い存在が、組織を裏切って『地球を守る教団』とかいうものを創り、信者たちを集めながら、世界のどこかにある他の地球や、そこに住む人々を滅ぼそうとしている。」
史音は頷いた。「在城龍斗、瀬乃・アクシア、フィーネ・クローゼル、他『地球を守る教団』の代表たちは、元アタシたちの組織の統率者ベルの側近だった連中だ。どいつもアタシや修一と同じように、地球の枝に降りた者たちだ。」
侑斗は驚いて、隣の修一に視線を向けた。
「そういえば、言ってなかったな。でも、どうでもいいだろ、そんなこと。」
修一腕を組み、わざと無関心を装うように肩をすくめた。冷えた空気が頬に触れるたび、どこか心まで冷たくなる気がする。
「俺が聞いていた“地球の枝”に触れた人は、確立した自我を持ち、物事の本質を見抜く力があるらしい。……史音さんや修一のように。」
侑斗の視線は小さな窓から見える空に向けられ、どこか言葉に重みを持たせるように呟いた。
「史音でいい。こんな年の離れたアンタに“さん”付けされると、気持ち悪い。」
その無骨な言葉とは裏腹に、風がふわりと史音の髪を揺らし、どこか柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「アンタの言うことは、“地球の枝”に触れた者たちの一面を概略しただけだ。まあ、間違ってはいないけどな。」
侑斗の混乱は収まらない。なおも自分の思い込みを口にし続ける。「えっと……“地球の枝”に触れた人は、普通の人には理解できないことを理解したり、普通ならできないことをやれたりするんだよね?それなのに、どうしてそんな人たちが他の地球を滅ぼそうとするんだ?」
「は? 何でオマエはそんな訳の分からん奴らを買い被ってんだ? 枝の神子ったって色々あるし、アタシはアイツらと一緒にされたくねーよ、それより……。」
史音はゆっくりと一歩前に踏み出し、侑斗との距離を縮めた。その近さに侑斗は無意識に息を呑む。史音の瞳はまるで侑斗の内側を覗き込むように鋭く、どこまでも透き通っている。
「ちなみに、“地球の枝”に触れた者は、同じく枝に触れた者がすぐに分かる。」
その瞬間、空気が一気に張り詰めた。周囲の音が消え、風の流れさえ止まったかのような感覚。
史音はさらに近づき、低く、確信に満ちた声で告げた。「アンタは、“地球の枝”に留まったことがある。」
その言葉が侑斗の胸に深く突き刺さる。
——思考が止まった。
目の前の景色がぼやけ、音も色も遠のいていく。ただその言葉だけが、脳内に何度も反響する。
俺が……?
自分の中に存在するはずのない何かが、ゆっくりと目を覚まし始める。
侑斗は、言葉を失った。