38、現在 幽霊船
朝日が水平線から顔を出し、海面を金色に染め上げる中、史音が目を細めて声を上げた。「おお、見えてきたぞ」
港の沖合に、その船は不気味な姿を現していた。船体は古びて、今にも剥がれ落ちそうな木造で、甲板にはボロ雑巾のような帆を張ったマストが伸びている。まるで時代に取り残された幽霊船のようだ。
修一が低い声を忍ばせる。「…まるで幽霊船だな。」
侑斗が断定する。「いや、幽霊船以外の何物でもないだろう。」
「誰だ、良い舟とか言った奴は?」
言った本人が声を出す。「その通り、幽霊船だぞ。」
これが港に着けられない理由だ。幽霊船につけた艀には縄梯子が降りてくる。史音は真っ先に乗り込む。
侑斗は間近でその姿を見て圧倒されていた。これ、大丈夫なのか? ちゃんと動くのか、これ。史音に続いて、修一が乗り込み、最後に侑斗が甲板に上がる。手を伸ばして引き上げてくれたのは、外国人の船員だった。
甲板の上には、船乗りらしい逞しい体つきの外国人の船員が数名いた。袖口や首から本物らしきタトゥーが見え隠れしている。
最近のシールは出来が良いらしいが、本物は迫力が違うと侑斗は思った。
少し小さくなってしまった侑斗に、史音が声をかける。「アンタ、気が小さいのか大きいのか分からない奴だね。」
小さくも大きくもないんだよ。どっちかでなきゃいけないのか? 発せられない言葉で史音に訴える。
「強面の奴もいるけど、皆そこらの奴らよりちゃんと生きている。外見よりもっと綺麗にしなきゃいけないところが、薄汚れた奴らがいっぱいいるだろう?」
いるな、確かにいっぱい。
「まあこの船は二年前に『幽霊船ツアー』をやった時に使ったイベント用の舟だ。結構ボロいが、ちゃんと動くから、心配するな。」
そっと思いついたことを侑斗が史音に聞いてみる。「その『幽霊船ツアー』ってうまくいったのか?」
史音は腕を首の後ろに組み答える。「…まあ他の似たようなイベントよりは客が入ったよ。ちょっと浸水したら皆ビビってたな、アタシが仕掛けただけなんだけど。面白かったぞ。」
こいつは主催者の一人だったらしい。悪趣味だ。やっぱり嫌な奴だなと侑斗は思い直す。
「それじゃあアタシは船長に話があるから、適当にやっててくれよ。」史音は修一と侑斗にそう言い残し、船内へ入って行く。
侑斗は改めて船の甲板を眺めてみる。所々に板の継ぎ目に穴が空いていて、下手に歩くのは賢明ではないと思った。修一は甲板の船首に行き、海を眺めている。侑斗は恐る恐る歩き、修一の方へ行く。
「波は静かだな。」修一が近づいてきた侑斗に気づき、前方を向いたまま言う。
「海の状態なんて天候次第だろう。」侑斗は事前に調べてきた天候予測を思い出す。天候は曇りで、気象衛星からもそんな様子が伺えた。風は少し荒く、波の高さは並。「このボロ船、簡単に難破しそうに見えるけどなあ。」侑斗は吐露する。
「そうは言っても観光ツアーに使っていたんだから、見た目ほど柔らかくはないだろう。」
いやいや、いくらなんでも見た目が悪すぎだろう。史音には悪いが、人間も物も見た目は大事だ。視覚による第一印象は、翻すのが厄介だ。
二人が甲板の様子に見入っていると、背後から史音の声が響いた。「おーい、もうじき出航だ。船内に入るぞ!」彼女の声に促され、二人は甲板を離れ、船内へと足を踏み入れた。