2、現在 四年越しの、まだ終わらない会話
寒空の下で散々な目にあったあの日から、もう四日が経つ。
私はまだその記憶を引きずったまま、ファーストオフという峠の途中にある喫茶店で橘侑斗を待っていた。
お礼を言うため? いや、どちらかというと文句を言うために呼び出したのだ。
けれど、いざ言葉にしようとすると、いつも簡単にはいかない。
店内はカントリー調の温かい雰囲気で、壁には夜空の星の写真が飾られている。
よくわからない赤っぽい染みのようなものが写っている写真もあれば、アンドロメダ銀河の鮮明なものもある。
「ああ、これは彰くんの作品だな」
風景と星空を組み合わせた星景写真もあるが、実際に見た星空と比べると、どこか作られた感じがしてしまう。
特に昼間に見ると、その違和感はより強くなる。
そんな中で、ふと目に留まったのは野鳥の写真だった。
カワセミやツグミの写真――
星の写真よりも、私はそちらに心を寄せることで、ほんの少し気持ちを紛らわせていた。
「あれ、早いね」
突然の声とともに、喫茶店のドアが開く。
侑斗がいつものダサい重ね着のまま、無邪気な顔で入ってきた。
「確か13時30分にここに来るようなメールを見た気がするんだけど。15分くらい早く着きすぎたかな」
呆れるしかない。
「私はここで1時間前から仕事をしながら、あんたを待ってたんだよ」
苛立ちをぶつけるように言うと、侑斗は肩をすくめる。
「それで、あのちっちゃい丘に行ったんでしょ? ロケーションは最高だったでしょ?」
……どうやら感謝を期待されているらしい。
この不機嫌な顔を見ても、それに気づかないのか。
「ははは、そうだね」
私は皮肉交じりに返す。
「もうちょっと道が歩きやすくて、後ろから変なものがついてくる気配がなくて、気温が10度高かったら……ロケーションとやらも最高だったかもね」
侑斗は再び肩をすくめた。今度は、ようやく私の怒りに気づいたらしい。
「寒いのは仕方ないでしょ。まだ春先なんだから」
悪びれる様子もなく、彼はさらりと言う。
「だからさ、素人の星見は大変なんですよ」
その言葉の温度差に、ますます苛立ちが募る。
侑斗はやかましいほどに星空の魅力を語り始めた。
私は適当に相槌を打ちながらも、心の奥底で、自分の作品に対する不安が膨らんでいくのを感じる。
彼はただ純粋に、星を見ることの素晴らしさを伝えようとしている。
でも、私の心には、そんな余裕はなかった。
面倒くさいので、話題を変えることにする。
「そういえば、あんた、零さんと会ってる?」
ふと、思いついた疑問を投げかけた。
「え、何で? 会うわけないでしょ」
侑斗の返答には、何の感情の揺らぎもなかった。
「長い付き合いだよね、私と同じくらい」
私の推測が、彼に通じるかは分からない。
私はただ、彼の本当の気持ちを知りたかった。
でも、彼は私に興味を持たない。
きっと、零さんに対しても大して変わらないのだろう。
「綺麗なお姉さんは苦手ですか?」
冗談めかして言うと、彼はあっさりと否定した。
「女性の容姿には興味がないし、そういうのはもういい」
――もういい?
その言葉の裏にあるものを考えながら、私は知らないふりをする。
過去の侑斗のトラウマを、あえて忘れたふりをして。
少しだけ、踏み込んでみたくなった。
太陽が雲に隠れ、店内が薄暗くなる。
私は彼の目を見つめ、静かに言った。
「あんたも金曜倶楽部に来てよ。みんな、あんたを待ってる」
しばらくの沈黙のあと、侑斗は短く答えた。
「……分かった。近いうちに行きます。」
そう、私たちはまだ進めていない。
心の中に、言葉にならない気持ちを抱えたまま。
あの四年前を引きずりながら、ただ未来へと踏み出す。
寒気を帯びた空気の中で、温もりを求めながら――。