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37、現在 霞む水平線、定まらぬ未来

東の空が薄明るくなり始め、港には朝の静けさが漂っていた。空気はひんやりとしており、遠くからカモメの鳴き声が微かに聞こえる。波止場には、昨夜の雨でできた小さな水たまりが点在し、街灯の光がその表面で揺れていた。三人の足音が静かな桟橋に響く。


史音は見た目に反して足早で、修一は難なくその後を追うが、歩き始めたばかりの侑斗はついていくのに苦労していた。


「修一……天才少女に聞いてくれ、俺たちはコンテナ船にこそこそ隠れて行くんじゃないのか?」侑斗は息を整えながら尋ねた。


修一は侑斗の質問を自分の疑問として史音に投げかける。


「史音、俺たちはどの船に乗って海を渡るんだ?」


史音は振り向かずに答える。


「今、沖に浮かんでいる船だ。良い船だぞ。」


彼女のハスキーな声は小さいながらもよく通る。


「修一、沖の船までどうやって行くか聞いてくれ。」侑斗はさらに問いかける。


修一は侑斗を一瞥し、前を行く史音に尋ねる。


「おい史音、橘が沖まで泳いでいくのか心配してるぞ。」


史音は足を止め、振り向いて侑斗を睨みつける。


「面倒くさいな!この出来損ない。直接アタシに聞け!自走式の艀が桟橋に着いているから、それで沖まで行って引き上げてもらうんだよ。」


侑斗は目を合わせず、黙って頷く。


侑斗はこの旅を家族や亜希にも黙って来たことを思い返していた。兄は既に結婚して妻子持ち、両親とは高校卒業後から疎遠になっているため問題ないと思ったが、亜希のことは少し心配だった。怒るかなあ、亜希さん。でも修一が何とかしてくれるか。


「修一、俺たちの出国審査とかどうなっているか?天才少女に聞いてくれ。」侑斗は再び修一を介して尋ねる。



「・・こ、この野郎」史音の顔が引きつる。


修一の右手が史音を、左手が侑斗をひっぱたく。結構強い力で。


「いてーじゃねえか、修一。」史音は頬を押さえる。


「修一、いちいち殴るな。」侑斗も抗議する。


修一は二発目を振り上げながら言う。


「おまえら面倒くさい。仲良くしなさい。」


少し怒気を込めて二人を窘める。


「何でアタシがこんな奴と仲良くしなきゃならないんだ!自分の責任を少しも知っていない破廉恥な奴と!」


「修一、天才少女に言ってくれ。それじゃあ今から俺は海に飛び込んで、自分の知らない責任とやらをとって死ぬから、後は頼むと。」


侑斗は躊躇なく桟橋の端へ向かい、そのまま飛び込もうとする。


「わ、馬鹿!やめろ!アタシがベルに殺されるだろう。」


史音が侑斗にしがみつき、涙ぐんで止める。


修一が頭を抱えて言う。


「おまえらもう時間が無いんだから、本当にいい加減にしろ。橘、出国手続きは組織のルートで取ってあるから心配するな。お前の周りもできる限り問題が発生しないように俺がやっておいた。」


「そうか。」先に言えよ。


侑斗は桟橋の奥へ戻り、渇いた声で答える。


修一は溜息をつき、二人を眺める。


「橘、俺が知る限り史音を泣かせた奴は初めて見聞きした。天才小娘って言っても15歳の女子なんだから、気を遣え。」


侑斗は黙ったまま了解と両手を挙げ、反省の意志を示す。


「史音、橘は太宰治、真っ青の自殺マニアだ。保護者がいない時、否定されると迷わず本当に死のうとするから、言動は注意しろ。それからベルティーナだけじゃなく、姉貴にも殺されるぞ、お前。」


グスグスと泣いている史音にハンカチを渡し、諭す修一。


「艀に乗ってる間に普通に会話しないとお前ら殺して、俺も死ぬからな。」


早朝の薄明かりが空を染める中、三人は静かな桟橋に停泊している艀に乗り移った。周囲には朝霧が立ち込め、遠くからカモメの鳴き声が微かに聞こえる。本来エンジン機構を持たない艀を使うのは何かのカモフラージュかと、侑斗は想像した。操舵手の姿は見当たらない。史音が舵の方へ向かうと、修一がそれを制して自ら舵を握った。


「史音、方向と位置を教えてくれ」


「南南西、1.2キロメートル先だ」


修一がエンジンを始動させると、艀の後方でプロペラが白いしぶきを上げ、静寂な水面に波紋が広がった。


修一が舵を取る背後では、史音と侑斗が向かい合って座り込んでいる。史音は帽子を深く被り、その表情は朝の薄明かりの中で影に隠れている。彼女は低い声で侑斗に問いかけた。


「アンタ、何回くらい自殺未遂したんだ?」


不躾な質問に、侑斗は一瞬目を細め、遠くの水平線を見つめながら答えた。


「知らない、数えたことない。」


侑斗の脳裏には、4年前に自分を守ってくれていた赤いオーラが消え、その後は亜希や零が止めてくれた記憶が蘇る。亜希はいつも怒って、零は泣きながら。


「アンタの言うとおりだよな。アンタは何も知らないことで贖罪を背負わされている。アンタが楽に生きてたとか思ってて……悪かったよ」


侑斗は自嘲気味に笑い、右手を振って気にするなと示した。


「なあ」


今度は侑斗が史音に尋ねる。


「俺はまだこの世界のこと、他の地球のことをよく理解してないんだけど、修一から聞いた話だと、俺たちの地球上空の太陽の鞘というのが破壊されて、それに照らされている他の地球が危ないんだろう?」

「危ないという次元じゃない、即破滅するんだよ。大勢の人間と一緒に」


史音の帽子の間から大きく開いた瞳が現れ、鋭く言葉を放つ。


「その異世界の人たちに、危機が迫ってることを知らせて、協力してもらえないのかな?」


侑斗の提案に、史音は右手で帽子のつばを上げ、苛立ちを露わにする。


「はあ? 異世界とかを簡単に考えている、日本の阿呆共みたいなこと言うな。他の地球は余剰次元の彼方にある。カルツァ・クラインの条件を満たす状態でしか量子の海は渡れないんだよ。未だかつてこの地球から、他の地球に転移創造した奴はいない」


ようやく史音が本音で侑斗に向き合い始めた。舵を握りながら修一はその様子に安堵している。


侑斗は与えられた少ない情報で世界を整理しようと試みる。どうも他の地球とは、パラレル・ワールドや多世界解釈で出てくるものとは違うらしい。翼竜やエルフのような存在もいなさそうだ。


「そうか、じゃあやっぱり俺たちで対処するしかないのか」


侑斗が結論を求めるように言うと、史音は力強く頷いた。


「そう言うことだ。この地球でも当てになる奴は少ない。けど、どうにかその力を重ね合わせて、太陽の鞘の破壊活動を二度とできないよう、この世界で奴らの仕掛けをぶっ壊すしかない」


そう言い放つ史音の言葉に、侑斗は今は彼女についていくのが正しいと決意した。


やがて、前方の朝霧の中に不気味にそそり立つ船影がぼんやりと浮かび上がってきた。その巨大なシルエットは、これからの彼らの運命を暗示しているかのようだった。


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