35、現在 揺らぎに消える狂信者
「くそお、重たいなあ……。ベル! 出発前に、アタシたちに張り付いてた奴を捕まえたよ!」
史音は苛立った声で叫びながら、捕らえた男を引きずってきた。男は薄い透明な金属膜に包まれており、わずかに身体をよじるが、逃れることはできない。史音が作った原始的な罠に見事に引っかかったのだ。
「……離せ。この星を蝕もうとする異世界の侵略者ども。我々は決して地球を滅ぼさせたりはしない。我々の使命は、お前たちの世界全てを終わらせることだ!」
男は金属膜越しに怒鳴りつけたが、その声はどこか虚勢じみている。
史音は肩で息をしながら、冷ややかな目でその男を見下ろした。この男の存在には以前から気づいていたが、さほどの脅威ではないと判断して放置していた。しかし、今は状況が違う。アオイ、優香が不在で、ベルティーナの周囲が手薄になっている今、このような存在を放っておくわけにはいかない。
「ベル、面倒くさいからコイツ処理しちゃっていい?」
史音はわざと男に聞こえるように囁く。その声には冷淡さが滲んでいた。
「おやめなさい、史音。」
玉座に座るベルティーナが静かに制止の声をかけた。その姿は荘厳で、静寂の中に凛とした威厳が漂っている。彼女には、無駄とわかっていても確認しなければならないことがあった。
「お前たちの教祖、在城龍斗は何を目指しているのか?」
その問いに、男はわずかに表情を硬くする。在城龍斗――彼は些細な事象に執着しながらも、大局を見据える男だった。史音と話す中で、彼の目的が本当にこの星を救うことにあるのかもしれないと推測することはできた。しかし、太陽の鞘を破壊し、存在力の喪失を食い止めても、時間が逆行するわけではない。結局、この地球自身が持つ力が尽きれば、この星は滅びる運命なのだ。
「在城龍斗は、なぜ他の地球を滅ぼそうとするのか?」
ベルティーナの問いに、男は低く呟いた。
「寄生されたものは、寄生するものに気づいたとき、抗うのが必然だ。お前たちが我々にしてきたことは、共生などではない。一方的な搾取だ。我が教祖は、この星を救うための最初の儀式として、お前たちの世界を断つのだ。」
ベルティーナは目を細め、冷ややかに問い返す。
「それはお前自身の言葉か? 他人の理屈を借りて語ることに、何の意味がある? 自らの信念を語れ。それができないなら、ただの空虚な模倣にすぎない。」
男は黙り込んだ。その沈黙は、彼自身の内側にある確信の脆さを露呈していた。
「狂信……それ自体は否定しない。何かを信じることは尊いものだからな。しかし、他者を断罪するためには、信じるに値する証を示さねばならない。己の正しさを示せ。それができないなら、ただの自己満足に過ぎない。」
ベルティーナの静かな怒りに、男は微かに震える。しかし、その信条を変えることはない。彼のような者は、広い視野を持つことを恐れるのだ。
「ベル、こんな奴に言葉をかける意味なんてないんだよ。どうせ届かないんだから。」
史音は男の耳元に顔を近づけ、囁く。その声は無邪気さを装いながらも、冷酷さが滲んでいた。
「でもさ、ここで終わるっていうのも、楽なもんだよね?」
その囁きに、男の顔は蒼白になる。
「解放してあげなさい、史音。」
ベルティーナは穏やかに言ったが、その声には揺るぎない力が宿っていた。
史音は不満そうに顔をしかめた。
「ベル、知ってるでしょ? アタシはこういう手合いが一番嫌いなんだよ。」
ベルティーナは小さく首を振るだけだった。男は怯えたまま、地面を這うようにして逃げ去っていった。
「本当に甘いね、ベルは。」
史音は肩をすくめながら言った。
ベルティーナは静かに俯き、呟いた。
「手間をかける必要などない。あの程度の存在は、次の波の揺らぎの中で消えていく。」
「そりゃそうだ。」
史音は腕を頭の後ろで組み、親友を見上げながら薄く笑った。
「でもさ、女王やってるときのベルって、やっぱり怖いよね。」
ベルティーナは微笑みを返した。その微笑みには、優しさと厳しさが同居していた。
「恐れられない女王など、誰が信じるでしょう? でも……貴女とアオイ、優香は特別です。」
史音は遠くの空を見上げ、深く息を吸い込む。
「明日、出発だね。明後日には修一たちと合流する。」
彼女の視線の先には、まだ見ぬ未来が広がっていた。