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32、過去  感情の計算、誤算の記憶

『レイはいつも冷静に感情を表現するよね』

ユウにそう言われたのは、いつだっただろうか。

零は遠い記憶の奥底を辿る。その記憶こそが、今この瞬間の現実よりも大切なものだからだ。


ああ、思い出した。ラナイの城で、ユウがあの王女ベルティーナと会ったと聞いたときだ。

「なぜ彼女と会う可能性のある場所へ行ったの?」

そう問い詰めた自分の声が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇る。


『花が好きなんだ。僕たちの世界では、もうほとんど失われてしまったから』

ユウはそう答えた。

花……零も好きだった。けれど、ユウがベルティーナと一緒にいることを想像するだけで、嫉妬が胸の奥を焦がし、花どころではなかった。


零は知っていた。ユウに惹かれる可能性のある女性の存在を、洞察力と冷徹な演算で理解できたからだ。

ベルティーナ――聡明で、知性に溢れ、気品すら纏う女性。会談の席で彼女を一目見た瞬間、零は確信した。彼女はユウに惹かれる、と。


『でも零、どんなに冷静に感情を計算しても、顔に出てるから意味ないよ』

ユウはくすっと笑いながら後ろを向いた。その声の余韻は、零の胸に今も残っている。


ユウと出会う前、零は感情と理性の違いがわからなかった。

戦いの中で心に湧き上がる衝動――それが感情なのか、理性的な計算によるものなのか、その境界線すら曖昧だった。

けれど、ユウと過ごすうちに気づいた。感情が疼く瞬間、自分は無意識のうちに表情を変えてしまうのだと。


あの時も、冷静さを装いながら誤った判断を下してしまった。そして、ユウを失った。

ユウの代わりなどいないのに、それでも代わりを求めてしまった。

思い返せば、感情に飲み込まれそうな時、正しい道へと導いてくれたのはいつもユウだった。


――そして今、この元地球で、また自分は「冷静な感情」という皮肉に満ちた仮面を被り、誤った計算をしたのかもしれない。


冷静に感情を振り絞り、葛原零という存在すら捨ててまで彼を求めた。

それでも、零には理解不能な現象が起こる。

やはり足りない。私にはユウが必要なのだ。


とにかく、まずは二人に会わなければ。すぐにでもユウに会いたい。でも、まずは――彼女だ。


零は修一に頼んで、通りを歩いている木之実亜希を呼び止めてもらった。


午後の陽光が斜めに差し込む街角。

雑踏の中、侑斗と別れた亜希は、一人憂鬱な気分で歩いていた。ビルの隙間から吹き抜ける冷たい風が、どこか心の隙間に似ている気がする。

(アイツから目を離すのは少し危険かもしれないけど……まあ、そこまで責任は持てないか)

そんな思考を巡らせていると、背後から自分を呼ぶ声が響いた。


「木之実亜希さん!」

振り返ると、葛原修一と、その隣に立つ美しい女性の姿が目に飛び込んでくる。

彼らの背後には青いスバルが静かに停まっていた。


宝石のように澄んだ蒼い瞳が亜希の前に現れる。その存在感に、思わず息を呑む。

(さすがにこの人には敵わないなぁ、私も、あの人も……)

亜希は自然と身構える。


零は右手をそっと上げ、亜希の左頬に触れた。

「亜希さん、ごめんなさい。痛かったでしょう?」

感情を抑えた無表情の中に、かすかな誠意が滲む。

(……いや、殴られたのは反対の右頬なんだけど)

心の中でツッコミを入れつつも、亜希は何も言わなかった。


「私は葛原零。これから、時間をかけてゆっくりと――私と一つになりましょう」

(うん、何を言ってるのか全然わからない)

亜希は内心で首を傾げる。こういう台詞って、普通は意中の男性に言うものじゃないの?


それでも、あの混沌の中で確かに感じた。

この蒼い瞳が、自分の心の奥底に触れたような気がしたことを。


「姉貴、木之実さんを送ってやろう」

修一の言葉に促され、亜希は零の車に乗り込んだ。

車窓の外を流れる景色を眺めながら、(なんてとんでもない日だ)と心の中でため息をつく。


午後3時。

自宅に戻った亜希は、着替える気力もなくベッドに倒れ込んだ。

(今日のこと、全部夢ならいいのに……)


一方その頃、零はハンドルを握り隣の修一に目をやる。

修一は面倒くさそうに視線を受け止める。

零の瞳には冷静さと焦燥が交錯していた。


別の街角。

侑斗はトボトボと歩きながら、独り言を呟いていた。

「……ああ、最悪の日だな。今日起きたこと、全部忘れたい」


美人は俺なんかに構わず、ちゃんとした男と付き合って人類の種をさらに高めていってほしい。200年前だったらそれが当たり前だったんだよな、この国では。最初から浮かれた気分にならずに諦めて生きていける。それはそれで良いんじゃないか。


行き交う人々は怪訝な表情で侑斗を避けて通り過ぎていく。


その時、背後から声が響いた。

「おい、橘侑斗!」

どこかで聞いたことがある声だ。天文部の女子がキャアキャア騒いでいた。文化祭の時に侑斗を尋ねてきた、くず原何とか?侑斗には興味が無いが、体育会系の部活で地元のスターだと、後で女子から聞いた。あの時何しに来たんだろう?お前ならもっと上手に今日をやれただろうに。何してたんだよ?


「俺を覚えているか?」――振り返ると、その葛原修一が立っていた。


「ああ……かろうじて覚えてるけどな」

侑斗は面倒くさそうに答える。


「紹介する。俺の姉貴だ」

修一の背後から現れたのは、宝石のような瞳を持つ女性。


彼女は迷いなく侑斗の手を握り、静かに言った。

「やっと会えた」


侑斗の心が叫ぶ。

(こんなことはもう沢山だ――)


だが、運命はそう簡単に背を向けてはくれない。

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