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28、過去 終焉(おわり)の向こう側へ

べルティーナは、一度その肉体を離れ、存在そのものとして漂っていた。

虚無の中で、まるで逆再生の映像を見ているかのように、崩壊したはずの世界が再構築されていく。

失われた大地が蘇り、砕け散った空がつぎはぎのように繋がっていく。色彩が戻り、風が吹き、音が満ちていく。その光景を、彼女は真空の瞳で無感情に見つめていた。


やがて、自らの身体へと意識が引き戻した瞬間——それは冷たい水面に沈んでいた心が、突然空気を求めて浮上する感覚だった。


気づけば、べルティーナは混乱と緊張に包まれた管制室に立っていた。

しかし、その混沌もまた消えていた。すべては、まるで何事もなかったかのように整然と元通りになっている。


「……何が、起こったの?」

声は震えていた。喉の奥が焼け付くような恐怖が、遅れてやってくる。


「ベル……わからない。だけど……」

史音の声もまた不安定だった。彼女は震える指先で操作パネルを確認し、目を見開く。

「シニスに覆われた空間が、強大な力で存在力に書き戻されている。しかも崩壊前より安定している……」


「……存在力が、戻った?」

べルティーナは息を呑む。


「そう。ただ、これは単なる復元じゃない。デコヒーレンスの壁の中で、何かが……いや、“誰か”が存在力を活性化させた。まるで知成力のような、でもそれ以上の……とてつもない力だ。まるで、外側から世界を再生させたみたいに」


べルティーナは静かに目を閉じた。その胸の奥で冷たい恐怖が形を成していく。

この世界には、サイクル・リングすら及ばない力が存在する。

彼女の一途な想いも、決意も、たった一瞬で打ち砕くほどの——圧倒的で、残酷な力が。


暗闇の中、亜希はまだ目を開くことができなかった。

しかし、誰かの声が意識の奥深くに響いてくる。


『……これ……貴方の望んだ……私が形にした……』

『……あなたは全てを再生させて……』

『……わからない……本当の答えなんて……』

『……無い答えは導けない……だから、まず設問を問い直すんだ……』


暗闇の中に浮かぶのは、一つの大きな樹と、ぼんやりと佇む人影。

誰? 誰なの?

遠い昔、どこかで出会ったことがある気がする。でも、思い出せない。


——意識が急激に引き戻される。


亜希が目を開けると、そこには霧に覆われる前の、当たり前の日常が広がっていた。

青空。風の匂い。かすかな街のざわめき。


横を見ると、侑斗もゆっくりと瞳を開いていた。彼の表情は混乱と安堵が交錯している。

その視線の先、壁にもたれかかるようにして座っている優香の姿があった。

彼女はまだ目を閉じたまま、かすかに何かを呟いている。


彼女だけ、まだ「戻ってきて」いない。


やがて、優香がゆっくりと顔を上げた。

目はどこか遠くを見つめている。けれど、すぐに焦点が合い、亜希と侑斗を見つめ返した。


「……そうか、そういうことか。」

低く呟いたその声は、かすかに震えていた。


「なんとか、帰ってこられたね。でも……これは終わりじゃなくて、始まりなんだよ。」


彼女の目に宿る光は、以前よりも深く、強い決意に満ちていた。


狭い休憩所は、すべてが元に戻っていた。

最初に消えた老夫婦も、元の場所に座り、ただ呆然と周囲を見渡している。

彼らは何も覚えていない。ただ、不思議そうに首をかしげるだけ。


優香が静かに立ち上がる。

「クライン・ボトルの中にいたあなたたちと、地球の枝に触れていた私だけが、全ての記憶を覚えている。でも……再生された人たちは何も覚えていない。怪しまれる前に、ここを出よう。」


外には、亜希と侑斗を乗せてきた真っ赤な車が、まるで何事もなかったかのように停まっていた。


亜希は、自分の身に何が起きたのか理解できず、頭の中で記憶を繰り返している。

一方、侑斗はただ目の前の現実に困惑し、額に汗を滲ませていた。


「……あ、あの……俺たちは、一体……?」


侑斗の言葉は、宙に漂うだけで返事はない。

優香は無言で二人を促し、車に乗せた。


「約束通り、町まで送るよ。」


エンジンが唸りを上げ、車は静かに走り出す。

その間、優香は一言も喋らなかった。

ただ、ハンドルを握るその手だけが、かすかに震えていた。


——終わりではない。すべては、ここから始まるのだから。

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