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24、過去 紅蓮と蒼氷の狭間で

ユウとラナイの王、兄バーナティーとの最後の戦いが終わった。静けさが戻ったブルの世界。そこは、ユウの創造室――思考と記憶が交差する静謐な空間だった。


淡い光が差し込む室内に、ベルティーナの足音が響く。ユウに貸していたラナイの盾を受け取るため、彼女はここを訪れていた。


ユウは静かに盾を手渡しながら、微笑んだ。

「ベルティーナ、本当にありがとう。君だけが…僕の戦いに意味を与えてくれたんだ。」


その言葉は暖かさを帯びていたが、ベルティーナの胸に冷たい痛みが走る。それは、彼との繋がりが今まさに途切れようとしていることを告げる痛みだった。


「やはり…彼女の元へ戻るのですね?」

掠れた声で問いかける。感情を抑えようとするほど、心は悲しみに沈んでいく。


ユウは少しだけ視線を落とし、気まずそうに荷物をまとめながら答えた。

「うん。レイには黙っていろいろやってしまったからね。まずは、たくさん謝らないと。」


その言葉は刃のようにベルティーナの心を刺した。気づけば、抑えきれない思いが口からこぼれていた。

「ユウ、私では…駄目ですか? あなたと共に行くのは…。」


沈黙が降りた。ユウは彼女の瞳をまっすぐに見つめ、優しく、しかし残酷な声で答える。

「君はラナイの女王だろう?」


ベルティーナは唇を噛みしめた。ラナイの血も、女王の座も、今の彼女には意味を持たない。

「そんなもの、どうでもいいのに…。」心の中で叫んでも、声にはならない。


ユウはさらに続けた。

「僕はレイと約束したんだ。彼女は僕を選んでくれた、大切な人なんだ。」


「そう…ですよね。」

ベルティーナは微笑もうとしたが、その表情はあまりにも痛々しかった。


二人は無言のまま、室内を後にした。外の世界は、不吉なほど静かだった。


突如として、空気が裂けるような音が響いた。蒼く輝く矢のような光――アクア・クラインの輝石が飛来する。ベルティーナとユウは反射的に身を引いた。


視線の先に立っていたのは、怒りに満ちたレイ。そしてその隣には、ベルティーナの兄、バーナティーの姿があった。その男はベルティーナの願いによって命を落とす事なく、戦いに敗れたものだ。


ユウは瞬間、理解した。

――僕は間違えていた。言葉がなくても伝わると思っていた。けれど、沈黙はただ、すべてを壊すだけだった。


「近しい者を簡単に裏切るお前たち、裁きの時だ。」

バーナティーの声は冷酷で、空気すら凍りつくようだった。


レイがユウを見つめる。その瞳はかつての優しさを失い、悲しみと怒りに染まっていた。

「ユウ…あなたには私は必要なかったんだね。私はずっと、ずっとあなたを求めていたのに。」


レイの周囲に浮かぶ14個の輝石が、円を描いて回転する。その光は、美しくも恐ろしい。

「だから私は、私を必要としてくれる人と共に行くことにした。」


6つの輝石がユウを取り囲み、クライン・ボトルの結界を形成した。光の檻が、彼の身体を完全に封じる。


「あなたへの罰は後。クリスタル・ソオドが使えない空間に閉じ込めたから、せいぜい見届けなさい。」


レイはベルティーナに憎悪の視線を向けた。

「呪われた女王…お前の全身を、おまえの瞳と同じ赤で染めてやる。」


ベルティーナはすかさず「真空の瞳」を展開し、輝石を迎え撃つ。しかし、レイの放つ3つの輝石はその防御を容易く突破する勢いで迫る。


ベルティーナはラナイの盾を構える。輝石は一度弾かれるが、バーナティーが冷たく助言した。

「盾の四辺を狙え。あの盾は完全には再生していない。」


輝石の猛攻に、盾は徐々に砕け始めた。ベルティーナは思う。

――父と母は愚かだった。追放すべきは姉のヴェナレートではなく、兄バーナティーだったのだ…。


結界の中、ユウは必死にもがいた。

――ベルティーナがこのままでは死んでしまう!


クライン・ボトルを破る唯一の方法。それは、アクア・クラインの輝石自体で内側から破壊すること。しかし、レイ以外の者が触れれば、輝石のエネルギーは触れた者を粉砕する。


ユウは覚悟を決めた。サイクル・リングの力を右拳に集中し、輝石をつかむ。眩い閃光が走り、結界に微かな亀裂が生じた。隙を突き、クリスタル・ソオドを抜刀する。


「どうかこの願いを世界に…!」

ユウは渾身の力でアーク・ブレイザーを放つ。自らの全てを込めて。結界は粉々に砕け、大空へ光が駆け抜けた。


「ユウ、あなたは…!」

レイが叫ぶ。ベルティーナの盾は、もう砕ける寸前だった。


ユウはレイとは戦えない。それでも、ベルティーナを救う方法が一つだけあった。


禁断のサイクル・リングの移譲――。


「ベルティーナ…君なら、ラナイ一の知成力を持つ君なら、この力を使えるはずだ。」

ユウはベルティーナの右手を強く握り、自身のサイクル・リングを溶かしていく。


「これで、自分を守るんだ…。」


サイクル・リングの膨大な力が注ぎ込まれた瞬間、ベルティーナは意識を失い、崩れ落ちた。


「ユウ!どうして…私があげた銀のサイクル・リングを、その女に! あんなに一緒にいたのに、あんなに二人で過ごしたのに、私を…私を裏切って捨てるなんて!」


レイの叫びは痛烈だった。涙に濡れた瞳が、憎しみに変わる。アクア・クラインの輝石がユウの胸に突き刺さる。


ユウは、致命傷を負った。


「ザマはないな。」バーナティー・ルーベン・ラナイは血に濡れたブーツでユウの顔を踏みつけながら、冷酷な笑みを浮かべた。荒れ果てた大地に響くその声は、乾いた風に乗って冷たく広がっていく。


「俺に勝ったおまえがこんなに簡単に死んでいくとはな・・・だが痛快だぞ」

その言葉には勝者の傲慢さと、憐れみのカケラもない残酷さが滲んでいた。バーナティーの目には地にひれ伏すユウへの憐れみも同情もなく、ただ蹂躙するだけの快楽さが宿っていた。

「これからはおまえの女を使ってー世界を支配し直してやる」


少し離れた場所でーレイ・バストーレは微動だにせず立っていた。

その瞳は冷たい鏡のように暴力の光景を映し出すだけ。顔に浮かぶ感情は薄く、静寂の仮面を被っているかのようだった。しかし指先は僅かに震え、胸の奥では何かが軋んでいた。


その瞬間――世界が、悲鳴を上げた。


深紅の渦が天空を引き裂き、大地を揺るがす。その色はただの赤ではない。怒り、憎しみ、絶望、そして失われたものへの嘆きが混ざり合い、まるで血そのものが形を得たかのような深紅だった。空気がねじれ、地平線の向こうまで震動が走る。


まるで時すら凍りついたかのように、すべてが静止した。


「……愚かな……己の愚かさすら知らぬ者たちよ……!」


その声は、低く、地の底から響き渡る怒りの咆哮だった。ベルティーナ・ファラ・ラナイ。彼女は、いつの間にか立ち上がっていた。血に濡れた大地の上、ユウの命が流れ出たその場所から、まるで生きる災厄のごとく。


彼女の瞳は深紅に染まり、怒りの炎が宿っていた。その視線は、バーナティーとレイを射抜く刃となり、空間すら震わせる。ベルティーナは両腕を天に向けて大きく広げ、指先から溢れる漆黒のエネルギーが空へと舞い上がる。


「私の底に流れる呪われた血が……お前たちの存在そのものを、否定している!」


彼女の怒りは言葉だけでは収まりきらなかった。空間が歪み、巨大な差時間の渦が生まれる。それはただの渦ではない。過去と未来、存在と無を捻じ曲げる力。赤黒い雷が渦の中心からほとばしり、空を裂く。大気が悲鳴を上げ、地面は砕け散る。


「レイ・バストーレ!バーナティー・ルベン・ラナイ!」


怒声と共に、ベルティーナの名が世界に刻み込まれるかのように響き渡る。


「お前たちは、この女王――ベルティーナ・ファラ・ラナイの存在すべてをもって、打ち滅ぼす!」


その瞬間、レイのアクア・クラインが激しく脈動する。しかし、彼女は動けなかった。無数に膨れ上がったカーディナル・アイズが周囲を取り囲み、まるで鋼鉄の檻のようにレイの身体を封じ込めている。光の鎖が四肢を縛り、どれだけもがこうとも解けることはない。


ベルティーナの右腕には、血のように深紅に染まったサイクル・リングが輝いていた。その赤はユウの流した血の色――そしてベルティーナ自身の頬を伝う、消えることのない血涙に映る色だった。怒りと悲しみが混じり合い、彼女自身を狂気と化している。


彼女の存在そのものが、破壊と絶望の象徴となっていた。


ベルティーナは巻き上げた渦の先端を槍にして、兄バーナティーの身体を貫く。

一切の躊躇も容赦もなく。バーナティーは一瞬で絶命した。


荒れ果てた大地に、焼け焦げた空気が渦巻いていた。崩れ落ちた瓦礫の隙間から、まだ赤々と燃える火花が散り、戦場の静寂を裂く。ベルティーナの足音が、重く冷たく響くたび、大地はその怒りに震えた。


そして彼女は、レイと向かい合う。燃えるような深紅の瞳が、まるでレイの心の奥底まで射抜くかのように鋭く光る。その瞳には、怒りだけではなく、裏切りと失望が滲んでいた。


「……今度は、貴女だ」


低く、しかしよどみなく響く声。その中に押し殺された憎悪が宿っていた。


「貴女は……共に一緒に戦ってきた者を捨て、貴女を利用した者を信じたのだな」


ベルティーナの言葉は、刃のように冷たく鋭い。それは単なる非難ではなかった。レイに対する感情は激しい怒りと、そして憐れみだった。


その瞬間、カーディナル・アイズが唸りを上げ、レイのアクア・クラインと衝突した。激しい光と闇の奔流が交錯し、爆音が戦場を揺るがす。衝撃波が吹き荒れ、空気さえも切り裂かれるかのようだった。


二人の力がぶつかり合う中で、ベルティーナの視線はふと背後のユウの創造室へと向けられた。その瞳には、怒りの奥に隠された深い悲しみが宿っている。かつて夢見た未来が、粉々に砕け散った現実を見つめるように。


「――愚かで哀れな女よ、レイ・バストーレ……」


声が静寂の中に響き渡る。それは氷の刃のように冷たく、心の奥深くまで突き刺さる。


「この創造室の中には、ユウが造ったものがある。お前とユウのサイクル・リングで初めて動くセル・バーニア……二人で約束の地へ向かうための舟だ。だが――」


ベルティーナはレイを再び鋭く見据え、唇を噛みしめながら怒りを燃やす。


「もうお前がそれを見ることはない!」


その叫びと同時に、彼女のサイクル・リングが深紅の閃光を放ち、膨大なエネルギーが解き放たれる。ベルティーナは容赦なくアクア・クラインを打ち払う。その一撃は怒りと絶望、失われた絆への悔恨すべてが込められていた。


衝撃の波動が大地を裂き、レイの身体は吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた彼女の表情には、痛み以上のもの――心の奥底で崩れ去るものに対する戸惑いと苦しみが滲んでいた。


その時、瀕死のユウのかすれた声が静寂を裂いた。

「……止めるんだ、ベルティーナ。レイは悪くない」


弱々しくも確かなその言葉は、ベルティーナの胸に深く突き刺さった。そしてユウは、血に濡れた視界の中でレイの方へ顔を向け、震える声で続けた。

「……レイ、君を……傷つけて、苦しませて……ごめん」


その瞬間、レイの身体が崩れ落ちた。膝が力を失い、大地に打ちつけられるように座り込む。両手で顔を覆い、震える指の隙間からこぼれ落ちたのは、声にならない悲鳴だった。

「……う、あああ……ユウ……私は……私はなんてことを……!」


絶望の淵で叫ぶその声は、空気さえも引き裂くようだった。胸の奥に巣食う後悔と痛みが、涙とともに溢れ出す。


ユウは血を吐きながら、わずかにベルティーナの方へ手を伸ばす。その目は、痛みと哀しみを乗り越えた先にある、静かな決意で満ちていた。

「……ベルティーナ……お願いだ……どうか……僕をステッラの地球に……転創してほしい……」


声はかすれ、途切れながらも、確かにベルティーナの心に届いた。その願いは、別れの言葉であり、許しを乞う祈りでもあった。









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