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23、過去 真空の瞳(カーディナル・アイズ)

金属とガラスが織りなす冷たい空間、偏光量子管制室は青白い光に満たされていた。巨大な位相モニターが空間の歪みを映し出し、無数の赤いラインが世界の崩壊を告げている。その中心には、黒い斑点のような歪曲点が脈動し、不穏な振動が床を伝わってきた。


「全員、指定位置につけ!」


鋭い声が室内を切り裂く。少女の姿をしたべルティーナは、鋼の意志を宿した瞳で部下たちを睨みつけた。その細身の身体から放たれる威圧感は、彼女が単なる存在ではないことを物語っていた。


「位相モニターで歪曲点の中心を半径25㎞まで絞れ!」


指示に従い、部下たちは慌ただしくコンソールを操作する。フィーネと沙羅が焦りを隠せない顔で端末に向かい、無数のホログラムが空中に浮かび上がる。室内には緊張と焦燥が交錯し、冷却装置の低いうなりだけが静かに響いていた。


巨大なディスプレイに映し出された世界は、崩壊の淵で蠢いていた。都市の輪郭が歪み、大地がまるで呼吸するように波打つ。その異様な光景に、誰もが目を逸らしたくなる衝動を必死に堪えていた。


「それでいい。」


べルティーナは一歩前に進み、静かに両目を閉じた。


──カーディナル・アイズ、起動。


その瞬間、彼女の瞳がゆっくりと開かれる。瞳孔の奥で真空のような漆黒が渦巻き、世界そのものを吸い込むような冷たい光が放たれた。


**真空のカーディナル・アイズ**──それは、地球上であれば広大な範囲を支配できる力。位置か運動量がわかれば、支配下に置いた空間で差時間の揺らぎを生み出し、その領域を消滅させることすら可能だった。


べルティーナはその力で、崩壊しつつある世界を必死に繋ぎ止めてきた。


だが、今日の崩壊は違った。何かが根本的に異常だった。


フィーネが青ざめた顔で叫ぶ。

「女王! シニスの崩壊が最初の指定歪曲点の周囲に……複数出現!」


偏光量子管制室がざわめいた。緊張が一気に爆発する。キーボードを叩く音、警告音、誰かの短い叫び声。パネルに映し出される赤い警告は止まることなく点滅し続けた。


べルティーナは微動だにしない。その姿だけが異様な静寂を保っていた。


「全ての事に理由を求めよ。」


その声は、鋼の刃が空気を切るような冷たさだった。


ことわり無き事象など、観測する意味はない。」


彼女は振り返り、部屋中の者たちを鋭く睨みつけた。その瞳は恐怖すら打ち消す絶対的な力を宿していたが、誰もがその瞳の奥に微かに揺れる不安を感じ取った。


「狼狽えるな!」


声が反響し、室内を震わせた。


「自然の摂理とは常に無情で理不尽なものだ。この部屋は命を紡ぐ舟。自然界の法則と対峙し、綻びを繕う舟だ。人の力で森羅万象に抗う意味を思い出せ!ここに集いし者は、己の覚悟を示せ!」


その言葉で一瞬、沈黙が訪れる。しかし、それはほんのわずかな安定に過ぎなかった。


震える声が沈黙を破った。最重要素体を担当する**史音**だった。


「ベル……誰かが、崩壊を外へ流しているよ。とてつもなく強い力で……」


部屋の温度が一気に下がったような錯覚に襲われた。誰もが息を呑み、べルティーナの視線が一点に固定される。


彼女は気づいた。彼に張った結界の中に、彼とアオイ、そして──もう一人の存在が。


その気配は間違いなかった。


レイ・バストーレ。


感情が胸を突き上げる。混濁したものが理性の隙間から溢れ出す。


彼女が何かを仕掛けている。


直感が警鐘を鳴らす。


「……私は、サイクル・リングをこの世界に来る直前に手に入れた。この世界の物理法則を取り入れた今の私の力は、かつてのものではない。最強となったカーディナル・アイズの力を甘く見るな。」


その言葉にさえ、かすかな焦りが滲んでいた。


べルティーナはさらに声を荒げる。


「自分の意志でここに立てぬ者は、直ちに立ち去れ! そうでないのならば、己の存在の全てを尽くせ!」


その叫びは命令ではなかった。それは自らに向けた最後の言葉でもあった。


──その時だった。


零の声が、静寂を切り裂くように響いた。


「女王、貴女の想いはこの程度か。」


零の瞳は、空の向こうに潜む存在を捉えていた。その瞳には恐れはなく、ただ一筋の鋭い光だけが宿っていた。


「その程度で、私のアクア・クラインを侮るな!」


その言葉は、世界を切り裂く刃となってべルティーナの心に突き刺さった。


決意の炎が燃え上がる。恐怖も混乱も、一瞬で凍りつく。


零の瞳が告げていた。


──私は、立ち止まらない。破壊も崩壊も、全てを超えて進む。

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