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240、未来 この宇宙に映る地球は…

──クァンタム・セルの窓、終焉の岸辺。


果てしない光の波間に、ひとり亜希は立っていた。

冷たくも温かい、光の粒たちが、足元から空へと広がっている。

まるで、世界の境界線が滲み、滅びていくようだった。


──そんな光の海の向こうから現れた人影。


ユウ・シルヴァーヌ、彼はそう名乗った。


その背に、侑斗の姿はなかった。

優香の姿も無かったが代わりに見たことの無い女性が静かに横たわっている。それは亜希の知らない葵瑠衣の姿だった。

長い黒髪が、光の粒を孕んで、淡く揺れていた。

まるで、夜空に散った星屑のように。


亜希は、胸に刺さる痛みを押し殺しながら、そっと問いかけた。


「……私を、待っていた?」


光に包まれたユウは、微かに微笑み、静かに頷いた。

そして、光と波音に溶けるように──語りはじめた。



「──僕は、かつて君より先に銀河の声を浴びた者だった」


ユウの声は、穏やかだった。

だが、その深層には、誰にも届かぬ孤独の匂いがあった。


「けれど、それは仮の身体だった。

だから、君のように直接、声の力を扱うことはできなかった」


静かに舞い上がる光の粒が、二人の間を漂う。


亜希は、黙ってそれを見つめていた。

微かな震えが指先に伝わる。


「──かわりに、手に入れた。創造性達と同じ力。

過去も未来も、俯瞰して見渡す力を。

そして、ほんの少しだけ……世界を調整する力を」


ユウは目を伏せ、懐かしむように言葉を紡いだ。



「この力で、僕は知った。

いつか、この時間、この場所に、君が来ることを」


「だから……僕は、世界を、少しずつ動かしてきた。

すべては、君がここに辿り着くためだけに」


胸の内に、小さな炎のような感情が灯る。

亜希は、きゅっと胸の前で手を握り締めた。


「──君のいるこの地球は、無数の可能性が重なってできた場所だ」


「そして創造者たちが仮装膜に創った地球はそれを模したものだった。彼等は創造と偽りこの星の可能性を剥ぎ取っていたんだ」


その言葉とともに、空間に幾つもの地球の幻影が浮かび上がった。

それぞれ微かに違う青、微かに違う未来──けれど確かに「地球」だった。


「この唯一宇宙と繋がる地球も

幾つもの可能性が、同じ階層に重なりながら、存在している」

そこで彼の声色が変わる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



言葉を聞きながら、亜希の胸に熱いものが込み上げた。

友と過ごした日々。

笑い合い、時に涙を流した記憶。

それらは、作り物なんかじゃない──確かに生きた、彼女自身の物語だった。



「創造者たちは、それを壊そうとした。

彼らにとって、存在の統一こそが正義だったから」


ユウは、微かな後悔を滲ませながら言った。


「僕も、かつては同じだった。

この宇宙に映る地球は、一つだけだと、信じていた。そして世界の構造を正しく理解せず間違いを犯し続けた」


「だから……僕自身も調整した」それが2人に分かれた今の姿だった。


ユウはそっと空を仰いだ。

そこに広がるのは、無数の可能性の光。


「地球は、いくつもの可能性を抱えながら、重なり合い、生きていた。

そして、その中で、君の物語だけが──最も未来へ繋がる姿だった」



「だから僕は、零を。ベルティーナを。優香を。侑斗を。他の地球からの転創者を使い

時に配置を変え、流れを調整してきた。君自身の物語に登場する者は、僕が調整した一部の者を除き世界に干渉出来ないから」


「──君の物語を守るために」


言葉のひとつひとつが、亜希の心に静かに沈んでいった。



「そして今──」


ユウの輪郭が、ゆっくりと淡く、揺らいでいく。


「やっと、君の物語に干渉できる者は、誰もいなくなった」


「僕は、もうこの姿ではいられない」


その声は、悲しみではなかった。

静かな、使命を終えた者の声だった。



亜希は、必死に叫んだ。


「待って──銀河の声の正体は!?

銀河の彼方で、救いを求める者たちは──誰なの?」


光の波間が震える。


ユウは、長い沈黙ののちに、答えた。


「分からない。

けれど……彼らは、進化の極限に達しながら、滅びを前にしていた。銀河の変化の嵐の頂点に立ちながら僕たちの側がそれを否定し続けたから」


「君が物語を完成させること。

それが、彼らを救う、唯一の道だ」


「──銀河の声は、君に託された願いだったんだ」



ユウの姿が、光に溶けるように消えていった。

ただ温かな余韻だけを、亜希に残して。


そして──


亜希の胸から溢れた光が、地球を包み込んでいく。

世界は、静かに、確かに再構築されていった。


眼下には、亜希のよく知る、美しい青い地球。



優香と、侑斗が、そっと目を覚ました。


亜希は、泣きながら手を伸ばす。


「良かった、侑斗、椿さん、一緒に帰ろう」


しかし、優香は小さく首を振った。

その瞳に、深い慈しみと、ほんのわずかな別れの影を宿して。


「それは、できないの」

優香は微笑みながら続ける。


「私たちは、これからクァンタム・セルの窓を閉じる。

そうしなきゃ、貴女の世界の光量で量子の海が干上がって、他の地球が消えてしまう」


「最初から決めていたんだ。窓を支え続けるのは──俺たちの役目」


侑斗が微笑み、亜希の頭にそっと手を置いた。



「嫌だ! 私も残る! 一緒にいたい!」


亜希の叫びは、静かな光の空間に吸い込まれていった。


優香は、優しく、厳しく言った。


「だめだよ、亜希。

ほら、()()()()()()()()なんて、存在しないんだよ」


「俺は亜希さんの書いた話あんまり読めなかったけれど大好きだったよ。だから続けてほしい」


「だから、貴女は──還るんだ」


2人の声が遠のく。


⸻そして


次の瞬間、亜希は──地上に立っていた。


そこは、昔侑斗に教えてもらった、ひとりで星を見られる最高の場所。

夜風に揺れる小さな丘。

見上げた夜空には、無数の星たちが瞬いている。


亜希は、しゃがみ込み、泣き続けた。


泣いて、泣いて、それでもなお。


──やがて、彼女の胸に、確かな小さな光が宿った。


自分だけの物語を、

自分の手で紡ぐために。


この宇宙に映る、たった一つの地球の上で──

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