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21、過去 愛と破壊の方程式

零は茫然としている亜希を、自分の車の後部座席に座るよう促した。

修一が「悪いが姉貴の言うとおりにしてくれ」と取り繕う。

彼女がコク、コクと頷いて乗り込み、後部座席のドアが閉まったところで、零は車を発進させる。

・・どうして?と零は思う。自分の映しで有る彼女が、今この瞬間に彼の隣にいないのだろう?長い年月戦いの中で演算を間違える事は無かった。そうやって生き延びてきた。

だが自分の意志が、道理が通らない。

クァンタム・セルの窓で待ち構え、量子の海を渡ってきたあの女、位相擾乱して四散して消し飛ばしたはずのあの女王べルティーナが何故かこの世界に転創され、その瞳で彼の周りに結界を張り、零が近づくのを邪魔し続けている。


全てが上手くいかなくなったのは、励起導破戦争の終わりからだ。あの女がべルティーナがユウに近づいてからだ。

澪は遥か遠い過去の遠い場所に思いを馳せる。

※※※※※※※※※※※※※※※※※

            

零は戦場に居た。ブルの地球の自分の世界の戦場に。

残っているのはレイと敵一人のみ。周囲には戦いにより饐えた人の無残な姿が屍山血河されている。

敵は強かった。13歳にして出会った過去最強の敵だった。だが無数にいた敵の残りは目の前にいる巨漢の男ただ一人。

ブルの世界の戦士も生き残ったのはレイただ一人。

だがブルの世界の戦力はレイ一人が9割を占めている。勝敗は決まっている。


クライン・ボトルの結界で封じた敵にレイは生身の拳をぶつける。敵は血塗れだ。レイも血塗れだ。だがレイの血は全て敵の返り血だ。この空間に噴きこぼれたのは全て目の前にいる男のものだ。レイは拳を振るい続ける。だが生身の拳では相手に止めはさせない。

レイは結界の一つの輝石を招き寄せ、左手に握る。そしてそのまま敵に打ち込む。

巨漢の男は一瞬で消し飛ぶ。

レイはクライン・ボトルをほどき地に腰を付け、そのまま突っ伏した。

息切れが収まらない。

だがまだ意識を失うわけにはいかない。敵の残した巨大なパールムをサイクルリングに取り込まなければならない。だが、レイのサイクルリングには敵から吸収した存在力で一杯でとても収まりそうに無い。


レイは味方の屍から敵に存在力を吸い取られ、空になったサイクルリングを外す。そのサイクルリングに高度に高めた知成力によって敵のパールムを組み込んでいく。

銀色のサイクル・リングが完成した。レイの金色のものと丁度一対である。しかし所有者のいないサイクル・リングは安定しない。レイは4個の輝石で再びクライン・ボトルを作りその中に銀のサイクルリングを保管した。

「・・・これを使える戦士を見つけなくてはならない・・・」

一人でこんな事を続けるのは辛すぎる。レイは屍に埋め尽くされた大地を見てそう呟いた。


すでに戦士の直系一族は、レイ・バストーレを残して死に絶えていた。静寂の中に刻まれたその現実は、彼女の胸に重くのしかかる。しかし、ブルの戦士は絶えぬもの。必要とあらば、戦士の血を引かぬ者の中からも選ばれることがあった。彼らは戦士の素養を宿し、鍛錬を欠かさぬ者たちだ。


レイは新たな戦士を求め、荒涼とした大地を越え、古びた石畳が続く一族の村を訪れた。風が舞い上げる砂埃が、彼女の漆黒のマントの裾をはためかせる。村の空は曇りがちで、どこか寂しげな薄明かりが大地を照らしていた。


村の長たちは、まだ幼さの残るレイに対しても威儀を正し、敬意をもって迎え入れた。彼らにとって戦士の訪問は名誉そのもの。戦士になることは、誉れ高き宿命だと語り継がれてきたからだ。


レイは候補の中から、同じ十三歳前後の少年少女を十人ほど選び出した。彼らは誰もが優れた身体能力と知成力を備えていた。鋭い眼差し、しなやかな動き、溢れる自信。だが、レイの心は不思議とどれにも動かなかった。何かが足りない。何か決定的な欠片が、彼女の胸の奥で欠けたままだった。


迷いのまま、レイは村の外れにある一風変わった造りの家の前に立ち止まった。その家には戦士の気配はなく、代わりに金属の匂いと微かな熱気が漂っている。武装を造ることを生業とする家──シルヴァーヌ家。彼女は扉に刻まれた家紋を一瞥し、無言で足を踏み入れた。


作業所は静寂の中に機械音が響き、淡い光が鋼の断片を照らしていた。そこで、一人の少年が黙々と作業に没頭していた。少年はレイの気配に気づくと、手を止めることなく軽く振り返り、言葉を投げかけた。


「お姉さん、戦士の人だよね?僕の友達が噂してた。でも、ここにはお姉さんが探してる人なんていないよ」


レイは思わず眉をひそめた。


「君はいくつ?」


「十二歳」


確かに年下だが、「お姉さん」と呼ばれる理由はない。けれど、幼い頃から修羅の道を歩んできたレイの身体と心は荒み、鋭く尖っていた。そのせいで、あどけなさの残る少年の目には、彼女がずっと年上に映ったのだろう。


「君は、何を作っているの?」


レイの問いに、少年は手を止めずに答えた。


「電磁場の伝導率を高めて、極低温を作る箱。食料を保管するんだ」


「食料の保存箱?」レイは眉をひそめた。「ここは武装を造る場所のはずでしょう?それは、どんな力を持つ武器になるの?」


少年は作業の手を止め、呆れた表情でレイを見上げた。


「何言ってるの?食料の保管箱だって言ったでしょ。お姉さん、馬鹿なの?」


その無邪気で無遠慮な言葉に、レイは驚き、そして思わず吹き出した。今まで誰にもそんなふうに言われたことはなかった。ただの言葉なのに、妙に胸の奥が温かくなる。


「貴方の名前は?」


笑いを抑えながら尋ねると、少年は不服そうに眉をひそめて答えた。


「ユウ」


その憮然とした態度、隠しきれない無邪気さ、鋭さのない正直な瞳。レイの心は不意に決まった。まるで長い旅路の果てに、やっと見つけた何かを掴んだように。


彼女は姿勢を正し、真剣な眼差しでユウを見据えた。


「ユウ・シルヴァーヌ。どうか私と一緒に来てください。私と、このレイ・バストーレと共に戦ってほしい」


ユウは少しの間、沈黙した。その瞳は、どこか遠くを見つめるように揺れていた。


「……駄目だよ。僕は知成力もみんなより低いし、運動だって得意じゃない」


「そんなものは、私がすべて持っている。私は、私にないものが欲しいの」


レイの言葉は、まるで炎のように胸の奥から溢れていた。けれどユウは、まだ戸惑ったままだ。


「……お父さんに怒られるけど、僕は戦争が嫌いなんだ。争いごとが嫌いなんだ」


その言葉に、レイはさらに一歩、彼の心に踏み込んだ。


「戦争が嫌いでもいい。嫌いなままで良いから、私と一緒に来て。そしたら、私は貴方を必ず守り抜く」


レイの声は、まるで凍てついた空気を震わせる炎のようだった。その瞳は決して揺るがず、まっすぐにユウを射抜いていた。彼女の心の奥底から湧き上がる情熱は、戦場の轟音よりもはるかに強く、ユウの胸を打った。


ユウはうつむき、指先で床の埃をなぞった。彼の声はかすかに震えていた。

「それに、僕はいつも間違いの中にしか答えを見つけられない……」


その言葉に、レイは一歩、彼に近づいた。瞳は熱を帯び、真っ直ぐに彼を見つめる。

「貴方の出した答えは、私がすべて正しいことにする。」


言葉は刃となり、時には盾となる。ユウの揺れる心を貫き、同時に守ろうとするレイの矛盾は、まるで彼女自身の不完全さを埋めるための祈りのようだった。


「本当に僕は戦争が嫌いなんだ。武器を造ることだって、本当はしたくない」


ユウの告白は、まるで冷たい水のようにレイの胸を打つ。しかしその冷たささえ、レイの心をさらに熱くした。彼女は膝をつき、ユウと同じ目線に降り立つ。


「何もしなくていい。ただ、側にいてくれるだけで良い。」


その瞬間、ユウの中で何かが静かに崩れ落ちた。恐れでも、迷いでもない。それは、心の奥で小さく燃えていた希望の火だった。


──そして、二人は旅立った。


ユウの父は歓喜の声で二人を送り出し、母は冷たい視線で彼の背中を見送った。しかしレイは構わなかった。大切なのは、ユウが彼女と共に歩むこと。それだけだった。


それから八年。レイとユウは数えきれない戦場を共に駆け抜けた。ユウは予想外にも、レイが与えた銀のサイクルリングをすぐに使いこなし、その才能を開花させた。


「僕は、いつもレイに守られてばかりだね」


ユウはよくそう口にしたが、真実は違う。彼の独特な戦術と鋭い知恵で勝利した戦いは数知れなかった。ユウが自ら設計したクリスタル・ソオドと、そこから放たれるアーク・ブレイザー、さらに集合するスクエア・リムの力は、レイさえも驚愕させた。その力で、かのロッゾの魔女を打ち倒すことができたのも、ユウの奇策によるものだった。


レイは気づいていた。ユウがただの戦友ではないことに。彼の存在が、自分の心の奥深くに根を張り、静かに、しかし確実に大きくなっていることに。


──そして今、再び時は動く。


ユウの転創先である彼を、ようやく取り戻す機会が訪れた。レイは唇を固く噛みしめ、ハンドルを握る手に力を込める。


ユウを、必ず取り戻す。たとえそれが私自身ではなくても。


目の前には、世界の崩壊を告げる灰色の霧が立ち込めていた。それは、べルティーナのカーディナル・アイズの結界によって封じられている。この結界は零の侵入も強く拒む。この先へ進むことは不可能だった。


レイは車を止め、重い扉を押し開ける。冷たい風が彼女の顔を撫で、心の奥まで冷たさを運ぶ。しかし、その中でも彼女の決意は揺るがない。後部座席の扉を開き、座っていた亜希の腕を引いた。


「貴女は此処で彼を待って。そして、貴女の役割を果たして」


レイは亜希に一言だけ残すと、再び運転席に乗り込んだ。エンジン音が静寂を切り裂き、亜希を置き去りにして車は走り出す。


「無茶なことするなあ……」


後方から修一の声が微かに聞こえたが、レイは振り返らなかった。その言葉に答える余裕も、必要もなかった。


久しぶりの戦いだ。二度と、あの女、べルティーナに遅れは取らない。


灰色の霧が広がる彼方に、レイの心はただ一人、ユウだけを見つめていた。彼の存在が、彼女のすべての原動力だった。戦場で幾度となく命を賭けたその理由は、今や戦士としての誇り以上のものとなっていた。


──それは、愛という名の戦いだった。

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