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224、未来 可動図書館、起動

優香とセレナが前に立ち、侑斗と史音がその後ろにつく。


「……最初に言っておく。ここを出たらもう二度と戻ってくる事はない、それは良いわね?」

セレナ・カンデラがそう呟いたのは、誰にでもなく、まるで自分の心に刻みつけるようだった。

彼女の指先には、作戦用のデータリングが光り、虚空に演算フレームが幾重にも立ち上がっている。


優香は壁際の蔦に背を預け、深く息を吸い込んだ。

「……どうでも良い確認はいらない、貴女は案内だけしていれば良いんだよ」

その声には決意と苛立ちがない交じりに響いていた。苛立ちは、もちろん、セレナに対しての。


史音は床に座り込み、小型端末で情報を走査していたが、ふと立ち上がると天井を見上げた。

「可動区画の深層マップが微妙にズレてる。……起動の兆候じゃねえの?あと数分も保たない。何かあったかも」

彼女の声にはわずかに緊張と不安があった。なにしろ天才の自分を一度は凌駕した相手だ。


侑斗はその傍らで、静かに全体を見渡していた。彼の肩には個人用の装備バッグが掛かっており、何度も点検した形跡がある。クリスタル・ソオドを取り出して右腕の手首に取り付ける。史音によって本来の使用方法に近いものにしてもらった。あの裏返った世界でユウ・シルヴァーヌが使っていたのと同じだ。

「史音、行こう、時間はない」

短く、それだけを言って、彼は一歩を踏み出した。


その瞬間だった。

ラスト・ライブラリが、呻くように軋んだ。植物と金属の融合体が、眠りから目覚めるように震えた。

壁がゆっくりと歪み、天井のライトが一瞬だけ点滅する。

まるで、この図書館そのものが、彼らの決意に呼応したかのように。


4人は言葉を交わさずとも、互いに視線を交わし、頷き合った。


「構造が、もう動き始めてる……!」


セレナの声に、誰よりも早く反応したのは史音だった。ホログラムのマップを睨みつけると、彼女は口を引き結んで呟いた。


「想定より……十二分も早い。史音の言うとおりね。誰かがこちらの行動を感知したかも……」


その言葉を遮るように、通路の奥で重々しい閉鎖音が響く。

赤い警告灯が淡く明滅し、可動式の壁が変形を始めていた。


「分断されるわ、急いで!」


セレナの叫びに、四人は瞬時に走り出した。だが、可動区画の動きは速く、分厚い壁が彼らを容赦なく引き裂いていく。


優香とセレナは左の通路へ。侑斗と史音は右の下層へ。


白く光る回廊の先、空間は歪み、迷宮のように変貌しつつあった。上下の感覚すら曖昧になるほどの慣性のゆらぎが、壁面の植物と機械の融合構造を不規則に動かしている。



「まったく、想定通りに動かないのがこのラスト・ライブラリの悪趣味なところだね。もう私たちの存在が知られたのなら、遠慮はいらない」


優香が肩をすくめながらも、《クリアライン・ブレイド》を抜く。

その刃は淡く青く光を放ち、変形して部屋の構造が変化して前でに立ちはだかる壁を世界の結合から外す。

一瞬無になる現実の層、その境界がゆらゆらと揺れている。


「セレナ、足止めは任せていい?」


「当然よ。正面突破があなたの役目なら、裏の計算は私がやる」


その言葉通り、通路の奥に待ち受けていたのは自律防衛機構。

白く無機質な四体の人型が、静かに武器を展開する。


「旧型の戦闘AIか……だけど油断は禁物」


セレナが短く呟いた瞬間、四体の兵が同時に動き出す。

一体が優香に向かって高速で突撃し、もう一体はセレナの位置を的確に狙って銃撃を始めた。


優香が横に跳ね、空間の次々と入れ替わる壁を砕いていく。クリアライン・ブレイドの本来の力を解放すれば一瞬で障害を打ち消すことも可能だが、夕子と量子船の存在がある以上できない事だった。

優香は剣を十字に斬る。敵2体の関節部分が消失し青い閃光とともに膝が崩れ落ちる。


「とりあえず2体!」


セレナもすかさず、掌に展開した円環状の演算子を操作し、相手の視界制御に干渉。敵が一瞬硬直する。


「動きを止めた、今よ!」


優香が飛び込む。数十体の戦闘AIが膝をつき、システムが停止する。

二人の意識が前方に集中した時、真下から鉄の槍が伸びてきて、回避するセレナの左背を鋭利な刃がかすめた。


「っ……くっ」


白いジャケットが赤く染まり、セレナがよろめく。


「セレナ!」


優香がすぐさま間に入り、クリアライン・ブレイドを振るって防御。

中間を失った敵の槍は二つに折れ、壁に突き刺さる。火花が散る。空間に焼けた鉄と血の匂いが混じる。


「無理して笑わなくて言い。血、出てるから、気持ち悪いから」


「……あら、気づいてたの? 少しだけ、熱いだけよ」


背中合わせのまま、二人は息を整える。そこには、これまでの対立を一瞬忘れた、戦場の連帯感があった。



一方、侑斗と史音のペアは地下通路を進んでいた。

壁面の植物がざわめき、まるで生きているかのように道を変化させていく。 


「ここ、生きてるみたいだな……」


侑斗が天井を見上げながら呟く。


「うん。正確には、半分は植物、半分は知性を持つネットワークだ。量子思考回路に近い」


史音が手元の端末を操作しながら答える。


そのとき、曲がり角を曲がった先に、閉ざされた旧研究記録室の扉が現れる。

金属の縁に埋め込まれた記憶素子が微かに光を帯びていた。

「これ?なんか私に呼びかけてるぞ」


史音が端末をかざすと、自動で扉が開いた。

中には薄暗い記録ホールと、スクリーンが一つだけ残されていた。


「これは……ベルの、ベルティーナの記録だ」


彼女は映像を再生する。そこには、かつての彼女が語った言葉が刻まれていた。


「何でそんなものが、ここにあるんだ?」

侑斗は訝しむ。


史音の表情が一瞬だけ揺らぐ。

彼女は懐かしむようにその記録を見つめる。


「……侑斗、言ってなかったけどな、元々科学者たちを守る為にこのラスト・ライブラリを造ったのはベルティーナなんだ。だからまあ最初は私も普通に入れたし、あのセレナとか言う自称ベルの分身も此処で生まれたんだろう」


「何が書いてあるんだ?」侑斗が静かに尋ねる。


「このラスト・ライブラリがベルの本意に背いた時の対処法と、セレナ・カンデラの正体について……書かれている」

史音はベルティーナの伝言を侑斗にも話す。


その言葉に、侑斗は息を呑んだ。

「こんなの絶対駄目だろう!」彼の指先は、微かに震えていた。



戦闘を終えたセレナと優香は、制御塔前の階段にたどり着いていた。

塔は無数の根と金属の柱で支えられ、その上部には中枢へ通じる光の螺旋が見える。


「これが最初の地点。中枢までのルートを切り開く」


「分かってる……次は、私が前に出る」


セレナが頷きかけたそのとき、わずかに膝を折る。


「セレナ……必要の無い無理はしないで」


「これは“覚悟”よ。今さら止まれない」


優香は一瞬、彼女の横顔を見つめた。

その瞳の奥に、計算でも論理でもない熱を感じた。



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