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222、未来  セレナ・カンデラの解

薄暗い演算空間に光が散らばるように浮かぶ中、侑斗はヒューマノイド型AIたちに取り囲まれたまま、史音に問いかけた。


「なんでこんなに簡単に術中にハマるんだよ、史音。お前の“天才”は、どっかに置き忘れてきたのか?」


いつになく狼狽した様子の史音は、唇をかすかに噛みながらかすれた声で返す。


「“論理の檻”か……発動してたのか。……くそ、敵を見くびってたな。創造者の力を手に入れた科学者どもは、きっとそれに溺れてその力に依存しきってると思ってた。……けど、あいつら、私より頭が切れるかもしれない」


史音は額の汗を拭いながら、わずかに口元を歪めた。


「……“論理の檻”ってのはな、自分では自由に考えてるつもりでも、実は全部、誰かに誘導されてるってやつだ。選択肢も答えも、最初から用意されててさ。私みたいに論理で詰めていくタイプほど、綺麗に罠にハマる」


侑斗が訝しげに眉を寄せた。


「……お前でも気づかないくらい巧妙だったってことか?」


「そうだよ。問いに答えてるつもりが、いつの間にか“敵が望む答え”しか選べなくなってる。それが“檻”だ。見えない、でも確かにある。最悪

彼女の額ににじむ汗。そこには敗北を認める苦さと、敵への警戒心が浮かんでいた。



──その女は、まるで虚空から溶け出すように現れた。


音もなく、気配もなく。最初からこの場所に在ったかのような佇まい。女は静かにため息をついた。


「……平和って、案外退屈だったわね」


ひとりごとのようなその言葉に、どこか哀しみと皮肉が交じっていた。


優香は、植物の拘束に絡め取られながらも、目だけを動かしてその女を見据えた。


長身で、均整の取れた姿。金髪のおさげ。顔立ちは整っており、その口元には微かな笑みが浮かんでいるが、眼差しには一切の温もりがない。冷えた鏡のように、世界を俯瞰する視線。


「椿優香……地の底から何度も這い上がり、自我を砕いて他を退けてきた身体能力と知性の持ち主……でも何これ? 妙に整いすぎたデータ……誰かが改竄した?」


女は首を傾げ、どこか楽しげにそう呟いた。


優香は睨みつけながらも、心の奥で必死に思考を回転させていた。脱出の可能性、攻撃の反応速度、あらゆるパターンを計算して。


「ふふ……その顔。知らない誰かが助けに来るなんて、そんなに不自然?」


女が右手をそっと掲げた瞬間、空間を覆っていた“論理の檻”が音もなく崩れていった。まるで、この場全体が彼女の意志に従っていたかのように。


「ふふ、よく作られてたわ。“論理の檻”。きちんと考えれば考えるほど、思考が決められたルートに収まるようにできてる。……でもね、そういうのって、ちょっとした“ズレ”にはめっぽう弱いの」


セレナは指を軽く弾き、空間のひび割れを見下ろす。


「私はそういう“ズレ”を見つけるのが得意なの。正しすぎる仕組みって、むしろ壊しやすいのよ。完璧な迷路って、一つの穴で崩れるから」


パリン、と脳内に響くガラスの破片のような感覚と共に、優香の体を縛っていた植物の拘束が音もなく崩れ落ちる。優香は息を荒く吐きながら立ち上がり、目の前の女を見据えた。


「……あなた、誰?」


問いに応じて、女は微笑みを浮かべた。


「名前なんてどうでもいいけど……そうね、セレナ・カンデラとでも名乗っておくわ。私はベルティーナが“もしもの時”に備えて創った、自分自身の否定から生まれた分身よ」


「ベルティーナの……分身?」


「ここはね、視野の広い者だけが行動を許される場所。あなたたち、ラスト・ライブラリを甘く見ていたわ」


一瞬で、優香の身体に警戒が走る。彼女の勘が告げていた──この女は、危険だ。敵か味方かすら、まだ判断がつかない。


優香はゆっくりと懐のクリアライン・ブレイドに手を伸ばそうとしたが──


「やめなさい。その物騒な剣を抜くのも、外の旦那様にクリスタル・ソオドを抜かせるのも禁止。……あなたの得意な“刻奏音”で彼に伝えて」


「……なぜ?」


「まだ、施設の監視に引っかかってはいないの。剣を抜けば警戒アラートが作動する」


セレナが携帯端末を画面すら見ずに操作し、上空へとかざす。次の瞬間、ヒューマノイド型AIが侑斗と史音の周囲から身を引くように動き、空間が開かれていく。


やがて三人は再会した。


「誰だよ、コイツ……」


「史音も知らなかったんだね」


セレナは史音に目を向け、くすりと笑う。


「IQ200超えの天才、西園寺史音。天から才能を授かった“最後の神子”……でも、そんな才能、案外つまらないわ」


史音の眉がぴくりと動いた。


「初対面の挨拶がそれかよ? 随分と偏った礼儀教育だな」


「これでも最大限の敬意よ。“天の才能”なんて、持ってるほうが恥だと思ってたから」


「なら、お互いに軽蔑し合う関係でいいよな」


挑発に応じた史音は、だが冷静だった。


セレナはわざとらしいほど無駄のない所作で肩をすり抜け、耳元で囁く。


「本当に賢い人間はね。周囲に“馬鹿に見せる”ことすら、計算のうちよ」


史音は苦笑し、侑斗に小声で囁く。


「……おお、世界は広ぇな。優香よりひでー性格の奴、初めて見た」


その一言に頷きそうになったが、優香の視線が侑斗の背中を貫いた。


セレナはふと侑斗に視線を移し、微笑みながら言う。


「橘侑斗。自己評価が常に最低、だけど内心は誰にも譲らない強情な論理主義者。つまらないところが、逆に面白いわね。そのおばさんと別れたら、私が面倒見てあげる」


次の瞬間、優香の手がセレナの頬に飛ぶ──だが、当たらない。音も衝撃も、何もない。


反対の手で二度目を試みても同じ。セレナはその動きを見切り、寸分の誤差もなく避けていた。


「椿優香、達観しているようでいて、実は感情に弱い……どうでもいいデータが、案外役に立ったわ」


優香は息をつき、絞り出すように言った。


「……本当にベルの“反証”だね。史音、知ってた? ベルティーナが自分の分身なんか創ってたって」


「……いや、全然知らなかった」


史音の声には戸惑いと疑念が滲んでいた。


「なんで今になって現れたんだよ」


その問いに、セレナはまっすぐ史音を見返して言った。


「答えは単純よ。“あなたたちの力が、もう使えなくなった”と私が判断したから。私は、必要とされるまで存在しないように設計された存在」


その言葉に、史音は絶句した。


「……存在しない?」


「選択肢は、選ばれるまではゼロと同じ。私は“不要な可能性”だった。けれど今、ようやく選ばれたのよ」


セレナは背を向け、歩き出す。足元に数式が走り、光の道が生まれていく。


「──行くわよ。もう時間が無いの、ラスト・ライブラリの“本来の支配者”が誰か、教えてあげる」


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