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221、未来  静かなる選別

史音は、背負っていたバックから小さな輪っかのような機械を取り出した。それは古びた金属の中に、ガラスのような光る石がはまっている不思議な装置だった。


「これを使う。昔ここに呼ばれた時、外からここに入る方法を考えて造った試作品だけど、使えるはずだ。これは“自分が何者か”っていうイメージを一時的に書き換えることができる。つまり、植物たちに“私は敵じゃないよ”って思わせるために、自分自身の見え方を変える」


侑斗が眉をひそめた。


「そんなこと、本当にできるのかよ?」


史音は、少しだけ笑って肩をすくめた。


「できるかどうかは、やってみなきゃ分からない。でも、可能性はある。それに……他の方法は今のところ思いつかない」


優香は装置を受け取ると、それをじっと見つめた。迷いの表情を見せた後、すぐにきっぱりと顔を上げる。


「……じゃあ、とりあえず私が行く」


「えっ!?」


侑斗が思わず声を上げる。


「夕子を助けたいのは、私なんだよ。だから、ここは私がやらなきゃ」


そう言って、優香は笑った。少し不安も混じっていたけれど、それでも、前に進もうとする強い意志が感じられた。


史音が静かに言った。


「この装置は耳の後ろに当てて、“敵じゃない”って念じ続けて。途中で気を抜いたら、植物たちに本当の敵だと思われて、進めなくなるかもしれないから」


「うん、分かった」


優香は大きく息を吸って、そして一歩、緑の壁に近づいた。


すると――


不思議なことに、植物たちは彼女を拒むことなく、少しずつ道を開けていった。まるで、優香を歓迎しているかのように。


「……通れた……!」


侑斗が小さくつぶやいた。


史音は腕を組んだまま、静かにうなずく。


「でも、時間はそう長くない。優香が意識を保っていられるうちに、夕子を見つけて、戻ってこなきゃ」


「……分かってる」


侑斗は、遠ざかっていく優香の背中をじっと見つめていた。


その姿は、緑の中に少しずつ溶けていくように消えていった。


優香の姿が、植物の壁の向こうへと完全に消えた。


静寂。空気が、微かに湿った葉擦れの音に満たされている。


侑斗は、不安げに史音を見た。


「……本当に、大丈夫か?」


「分からない。でも、行かせるしかなかっただろ」


史音の声には迷いがなかった。けれど、その瞳の奥には、冷静なだけではない、何かを押し殺した影があった。


そして数分後。


突然、植物の間に走る一本の“振動”が、ふたりの神経を強く刺激した。空間の深部から、じわじわと何かが迫ってくる。


「これは……」侑斗が小さく息を呑む。「拒絶反応か……?」


「違う」史音が即座に言った。「優香の認識が、何かに上書きされた。――誰か、あるいは何かが、優香の存在情報に干渉してる」


「まさか……」


言いかけた侑斗の言葉が途切れる。次の瞬間、遠くの植物の壁が、不気味な静けさを保ったまま“開いた”。


そこに立っていたのは――


「……優香……!?」


だが、それは優香であって、優香ではなかった。


表情は変わらず、けれどその瞳の奥には感情の熱がなかった。無言のまま、彼女はゆっくりと右手を掲げる。その指先には、あの認識変化装置が――砕けた状態で握られていた。


「失敗……?」侑斗が息を呑む。


だが、次の瞬間、背後で「コッ」と金属の音が鳴った。


振り向いた先には、いつの間にか周囲を取り囲む無数の人影――いや、“警備機構”のような存在が立っていた。人型に見えるが、その動きはまるでプログラムされたかのように整然としていた。


「囲まれた……っ」


史音が歯噛みするより早く、彼女の足元に走った光の輪が情報拘束を発動し、動きを封じた。


「優香、逃げろ!」


侑斗が叫びかけたが、それは届かなかった。


優香は、まるで操られるようにゆっくり進むと、天井から伸びる扇形の装置の下でぴたりと足を止める。


そして、急に意識が戻った優香は小さく――呟いた。


「ごめん……。甘く見ていた。ラスト・ライブラリは最早シニスよりやっかいな敵になっている」


直後、周囲の植物が再びざわめき始める。その音は風ではなく、何か巨大な意思が“選別”を始めたかのような、静かな審判の響きだった。


「ようこそ、来訪者たち」


頭上に、機械と生体の中間のような声が響いた。


「ここは、ラスト・ライブラリ。創造者に最も近い“記憶”の保管場所。あなたたちの進入は、記録された存在順に照らし、違反と認定されました」


「待て、俺たちは――!」


侑斗の叫びは、すぐに光の網によって喉元を封じられた。


史音もまた、たったまま目を見開いていた。


優香は――その場に立ち尽くしていた。


彼女の身体にも、見えない拘束が巻きついている。それはまるで、彼女自身がこの場に案内した張本人であるかのように、容赦なかった。


“敵ではない”と示すことが、逆に“危険な異物”として自らを強調してしまったのかもしれない。


植物たちは静かに、けれど決定的に、三人を取り囲んでいた。


「まずは、ここを出る方法を考えよう!」


薄暗い通路で、侑斗の声が小さく響いた。非常灯の淡い緑が揺れて、二人の影を長く伸ばす。史音は胸元で手を握りしめ、静かに息を整えた。


「考えてるよ。……私の判断ミスだからな」


彼女の言葉には、かすかな震えと悔しさがにじむ。これまで倒してきたフィーネやダーク、パリンゲネシア――どれも規格外の敵だった。それでも今、史音の前に立ち塞がるのは人間という最後の敵。



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