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219、未来  緑の封印、知覚の門

侑斗は、水面の波紋のように跳躍する優香の動きを追い、水落移動で後を追いかけていた。


“裏返しの世界”で情報を書き換えられ、優香によって調整された彼は、枝の神子としての力を再び取り戻していた。だが、水落移動は自身の存在位置を書き換える性質のため、優雅に世界の波頭を跳ぶ優香とぴたりと同時に現れることは難しかった。ほんの少しの時間差が、常に二人の間に残る。


飛行機を降りたその足で、二人はすぐに行動を開始した。ラスト・ライブラリに正面から入るのは危険すぎる――そう判断したのは優香だった。


彼女を追い続け、侑斗はようやくその跳躍先へとたどり着いた。


目の前に広がるのは、噂に聞いていたラスト・ライブラリ。その姿は、幾つものブロックを継ぎ接ぎしたかのように不規則で、どこか異様な構造をしていた。正規の入り口以外は、密生する奇怪な植物によって隙間なく覆い尽くされている。その有機的な塊は、まるで異物の侵入を拒む意思を持つかのようだった。


優香はその隙間を探し、侵入経路を模索していたようだが、どこを見てもそれらしき通路は見当たらない。


やがて彼女は、無言で腰の剣の柄に手を添える。クリアライン・ブレイド――透明な刀身が、空気の中にすうっと姿を現した。


「……仕方ないか」


そう呟きながら、優香はその一閃で、鬱蒼とした植物の塊を切り払った。


だが――。


強すぎる。細く絞った刃先にも関わらず、その一撃は空間そのものを穿ち、ラスト・ライブラリの上空までの軌道が虚無へと変貌する。


確かに、一瞬だけ道は開けた。だが、まるでバネが弾かれたかのように、周囲の植物が空いた空間へと殺到し、再び進路を塞ぐ。


優香は剣を腰に収めながら、しっとりとした空気を肺から吐き出した。


「俺がやってみようか?」


侑斗は、腰に帯びたクリスタル・ソオドに手をかけながら言う。全ての可能性を切断するその力なら、この緑の障壁すら消し去れるはずだ。だが、優香は小さく首を振った。


「ダメだよ。今ので分かった。この植物たちは、ラスト・ライブラリを守るために創られたもの。しかも、地下にある“黒き舟の借宿”を護るために、創造者たちが他の地球を創造した時と同時に生まれた万物……つまり、時間と存在力そのものが違う。完全に切り離すことなんてできないの。どれだけ切っても、それを上回る可能性で、また存在し続ける」


彼女の目には、理不尽に抗うことへの疲労と、それでも諦めたくないという決意が揺れていた。


ここは、創造者たちと地球を結ぶ、唯一にして最重要の場所。枝を登らずとも階層を移動でき、フライ・バーニア無しでクァンタム・セルの窓にたどり着く黒き船の波止場。侑斗と優香にとって、最後の戦いの前章となる舞台だった。


優香は腕を組み、苦い表情で思考の迷路を彷徨っている。


侑斗はそんな彼女を見つめながら、内心で自嘲する。


(こういうとき、俺の脳みそって本当に空っぽだよな……)


何もできない自分を蹴飛ばしたくなる気分だった。


ようやく沈黙を破ったのは、優香の方だった。


「覚えてる? 龍斗がプルームの岩戸で植物を操っていたこと。……いや、あなたは植物の枝に襲われてた方だったね」


そう言って優香は小さく笑い、すぐに真顔に戻る。そもそも侑斗自身は知らないことだった。


「ともかく、フィーネと取引した龍斗は、植物の遅さを無視して自在に操ってた。それに、あの地球の“大樹”。おそらく創造者たちは、この地球の植物と何らかの共通点を持っている。パリンゲネシアが植物を媒介して世界を創っていたのもの創造者達の仕業だろうね」


「……ってことは、変化の嵐の影響を、植物だけは受けなかったってことか?」


優香はうなずいた。


「多分ね。植物って、人間とはまったく違う価値観で生きてる。そもそも存在している階層がちがうんだよ。だから人の世界が何度上書きされても影響を受けないんだよ」


しばらく沈黙が流れた後、優香が静かに言った。


「とにかく、この植物たちをどうにかしないと、ラスト・ライブラリにも、夕子のところにも行けない」


胸元で腕を組んだまま考え込む優香。


(……まさか、ここまで来て無策ってわけじゃないよな?)


侑斗は内心で優香に鋭い視線を投げる。


「睨まないでよ。私はね、万能でも全知でもないの。力はレイやベルには全然敵わないし、頭も史音ちゃんほど良くない。だいたい、元は同じなんだから、君も何か考えてよ」


「それは……まあ、そうだけどさ」


あまりに不公平じゃないか、と侑斗はぶつぶつ言いながら、再び植物の壁を見据えた。


「いっそのこと、草刈りみたいにして全部刈り取っていけばいいんじゃないか?」


「そうしたら間違いなく、農家の雇われ人みたいな事をやりながら一生を終えるね」


「まあ、そうだよな」


「この緑の塊はね、中に入った者を永遠に彷徨わせるようにできてるの。そう“存在づけ”られてるんだよ」


「……じゃあ、正面から突入するしかない?」


優香はしばし黙った後、静かに呟いた。


「……まあ、最終手段としてはね。でも、私は夕子も救いけど、科学者たちにも生きていてほしい。できるなら、こっそり入りたいんだよ」


「……気の弱い泥棒かよ……」


そう悪態をつきつつも、侑斗はある記憶を思い出した。


「昔読んだSFでさ、人間の代謝を植物の時間に合わせて、植物の世界に入ってくって話があったな」


「私も読んだことある。でも、それだと……辿り着いた頃にはすべてが終わってるわね」


優香の口元が、少しだけ柔らかくほころんだ。


「でも逆に、私たちが植物に合わせるんじゃなく、植物を私たちの時間に合わせさせる……それなら、何か手があるかも」


優香が植物の時間に合わせるという発想を口にした、その時だった。


「……逆だろう。植物の時間に合わせるんじゃなくて、植物の“認識”をこちらに合わせさせるんだよ」


冷静な声が、背後から届いた。


振り返った侑斗が目を見開く。


「史音……!」


木々の間から、西園寺史音が姿を現した。短い髪を風に揺らし、少ない表情ながらもどこか安心感のある目で二人を見ている。


「こっそり来たつもりだったけど、話が聞こえたからな」


優香は少しトゲを含んで言葉を返す。


「まあ!会えて嬉しい史音ちゃん、夕子に逃げられた史音ちゃんが、何か言ってる」


史音の顔の色が変わる。


「うるせー、何でもかんでも人に押し付けるな!量子船の設計図を見直せとか、亜希を見張ってろとか、私は万能じゃねー」


そう言って、史音は淡々と続ける。


「要はこの中に入って夕子も助けりゃ良いんだろう」

史音は口元に拳を持ってきてコホン、と息をつく。


「……この植物、ただの草じゃない。敵を“情報”として識別して、排除しようとする仕組みがある。だから無理に壊そうとするより、こっちの認識を変えた方が早い。こちらが向こうに合わせるんだよ。そうすれば、向こうも敵だと判断しなくなる」


優香と侑斗は目を合わせた。ついでに言葉も合わせる。

「で、その方法は?」


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