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217、未来  量子の海に沈む声

夕子は、「在城夕子」として、ラスト・ライブラリに登録された。


この施設では、科学者と観察者が厳密に分けられた居住区に住んでおり、互いの往来には制限がかけられている。迷路のように複雑に入り組んだ通路は、一見しただけでは到底その全貌を掴めない。


だが、夕子は違っていた。


彼女は、一度目にした光景を網膜越しに記憶として焼き付けることができる。その力を使って、施設内部の構造を瞬時に把握していった。無数の球体ドームが無秩序につなぎ合わされたように見えるラスト・ライブラリ——その混沌の奥に、彼女は確かな“中心”を感じ取っていた。


すべての通路が収束する“最深部”。


そこには、一つの装置が静かに眠っている。


量子の海を渡る、黒く静かな舟。


それはi今や創造者たちと同じ力を持つ、この地球に生きる者たち——ラスト・ライブラリの科学者たちが、自らの手で築き上げた「断絶装置」だった。


セル・ポッド粒子で構成されたその舟は、銀河の声の力を媒介にして稼働する。そしてその目的は、クァンタム・セルの窓と量子の海を地球から切り離すという、かつて誰も試みたことのない巨大な断絶。


この舟はかつて、6人の女たち——夕子と同じ容姿を持つ“姉妹”を、科学者たちの手によって乗せられ、量子の彼方へと送り出された。


そして、夕子だけが見つからなかった。


彼女の存在は、優香によって隠されていたからだ。公的記録には一切名前が残っておらず、存在を証明する生体情報すら登録されていなかった。まるで最初から、「いなかったこと」にされていたかのように。


ベッドの上、夕子は仰向けになって、灰色の天井を静かに見つめていた。


「……私の前に、六人いたんだよね。私と、同じ顔をした“私たち”が」


唇の端に、わずかな笑みを浮かべながらそう呟く。嘲りではない。むしろ、自分の理解を確かめるような、静かな確認。


——私はただの最後のコピーなのかもしれない。でも、私にはまだ“するべきこと”が残っている。


あの漆黒の舟が、勝手に自分を迎えに来ることはない。

あれは、自律的に動くものではない。誰かの意志によって、人はあの舟に“載せられる”のだ。


けれど——私は、あれを探す。優香のために。


なぜ彼女が自分を隠したのか。その理由は、まだ完全には見えない。


けれど夕子は知っている。舟はまだ“ここ”にある。そして、それは——優香がなそうとしている何かのための鍵なのだと。


だから、自分は動き出さなければならない。


自分という存在に意味があるかどうか。それはもう問題じゃない。


誰かのために探す。それが、今の私を動かす理由。


***


「……創造者たちが亜希さんのコピーを創った?……なんのために……」


ラストライブラリへ向かう飛行機の中、侑斗は優香の発言に思わず問い返した。まるで聞き間違いか、冗談を聞いたような気分だった。


優香は真顔で、じっと彼を睨む。


優香はシートに背を押し付けながら、腕を組み、天井を見つめる。


「銀河の反対側の存在の悲鳴を掬い上げる為にね……」


中空を見据えたまま、彼女は言葉を続ける。


「創造者たちは、遥か上の階層からこの世界に干渉できる存在。そして彼らは、私たちの目には見えない“超対称性粒子”の世界まで把握している。銀河で起こった“変化の嵐”も、その影響で量子世界にまで干渉が始まったのも、全部彼らの掌の中だよ」


侑斗は、その言葉を咀嚼しきれない。彼の思い込みが、理解を拒んでいた。


「つまり……創造者たちは全部知ってたってことか? 変化の嵐も、“声”も……」


「うん。だから“対処”として、木之実亜希の存在を知った彼らは過去に遡って亜希ちゃんのコピーを創った。けど、シニスのダークはレイとベルによって打ち滅ぼされた。彼女達を利用する機会もなく」


優香は身を起こし、侑斗の目をまっすぐ見つめる。


「彼らは“声と繋がる分身”を創らせたの。そして、そのうちの一体を——私が確保した」


優香の言葉に、侑斗は言葉を止める。怒るだろうなぁ、勝手に自分のコピーなんか創られたらあの人。


「……まだいるってことか。亜希さんみたいな……“声と繋がる者”が」


「うん。全部で7人。彼女達は過去に遡って創られた。でも、その内の6人は利用されてもういない。そしてオリジナルのレイに創られた亜希ちゃんのように声の力も上手く使えない。だからこそ彼女は“最後の切り札”なの」


「……普通の女子、だったよ。少なくとも俺の知る亜希さんは」


そう呟いた侑斗に、優香は静かに頷いた。


「彼女はレイにずっと護られてきたから……偶然が重なって特別になった。でも、その分身たちは……さっき言ったようにもう6人が死んでる。人間達に捉えられ、非道な声の力の実験に使われてね。魂は量子の海を彷徨う“黒い舟”に囚われている」


「……残る一人って?」


優香の視線が真っ直ぐ前を見据える。


「——私たちが今、向かっている。ラストライブラリにいる"葛城夕子”。それが、最後の一人、史音にかくまってもらってたんだけど、どうやら脱走したみたい。夕子の考え方は解る。彼女は私の為に動いた。いいえ・・優しくなかった世界の為に動いた。もう何かを救うために誰かが犠牲になるのは真っ平」

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