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212、未来 ラスト・ライブラリ

パルドフは自分を支えるには、勿体ないほどの頑丈な椅子に尻の半分をつけて怯えるように質問者達を上目遣いに見る。いや実際怯えていたのだ。彼等の口先は我こそとばかりに発言する時を待っている。

そんな役回りだ。どうしてこんな事になったのだろう?数学と言う言葉を知らない者達に科学を教えるのは、猿に人間の言葉で話しかけるようなものだ。少なくとも翻訳してくれる者の補助が有っても良いじゃ無いか!自分なんぞより大衆相手の執筆を嗜んでる者が他に大勢いるでは無いか、パルドフは自分一人に素人集団の相手をさせた仲間達を恨めしく思う。


「それでは教授、宜しいですか?」

対策会議とやらのリーダーらしき者が発言する。

宜しく無い、パルドフは下唇を噛んで言葉を抑える。

「空に仲良く並んでいるこの地球によく似た円盤についての貴方の解釈を我々に理解出来るように話して頂けますか?」

パルドフは言葉を上手く発音できない。

「あれは虚像だ。我々が見させられている実態の無いものだ」

そのオリハナという対策会議のリーダーは辟易した仕草で睨んでくる。

「貴方達、物理学者は皆そう言っていますね。その根拠をあらゆる物理相互作用を起こしていないからだと、その程度のこもなら私もサイエンス・ライターの知己がおりますので理解はしております」

ならばその知己とやらに知りたい答えを聞けば良いだろうに。

「質問を変えたらどうかね?」

対策会議の他のメンバーが口を挟む。

「何故実態の無いものが我々に見えているのか?あの虚像を作り出しているのは何者か?私は教授の説に非常に興味があるのだがね」

辟易している事に関してはパルドフも同様だ。

「そうですね、教授。あなたがネイチャー・サイエンスに寄せた余剰次元の仮説に我々は大変興味を持っております。私達に今あらためてそのご高説を聴かせて頂きたい。私は余剰次元とは非常にミクロの狭い範囲に収まっていると聞いております。それが何故我々のマクロの世界に影響を与えているのか?」

オリハナは浅い知識をひけらかしてそう言い挑んでくる。

「その前に私から聞きたい」

パルドフがオリハナの言葉の切先を遮る。

「君たち対策会議とやらについてだ」

パルドフは低く唸るような声をあげて、一同を黙らせる。

「君たちが対策を考えている危機を説いたのは私達専門家達だ。ならばそのまま対策を私達に任せて置けば良いのではないのかね」

そう言う科学者達に対して彼等素人はいつも謦咳で誤魔化すのだ。

「我々は今でも専門家、まあ貴方達に期待はしていますよ。ですが危機が予言されてもう半年が経つ。それなのに状況は全く変わっていない。我々は納税者に状況を説明する義務がある」

きっとオリハナは同じような質問で多くの専門家に心労を強いてきたのだろう。

「君は先程余剰次元の話をしたかな?」

オリハナは短く頷く。

「我々の世界は一つの時間次元と9つの空間次元で出来ている。そうしてその空間時間の内の三つが大きく広がっている。光の速度に制限があるのも広がった三つの空間次元が有るからだ」

ホワイト・ボードとマーカーがあれば直ぐにでも数式を並べたいとパルドフは心底思った。

「しかしだ、三つの空間次元は我々にとって広がって見えると言う事だ。先程君が言ったように余剰次元はミクロの世界でのみ我々の次元と繋がり、素粒子レベルでの我々の空間次元に干渉して、世界の種を作っている。しかしこれは我々の主観から見たものの考え方だ。我々に見ることの出来ない他の6つの次元からすればこの三次元のみおかしなベクトルを持ち、よく分からない広がり方をしている、そう言う事だ」

パルドフがそう言うとオリハナ達対策会議の一同は間の抜けた顔で口を開けている。

「教授、持って回った説明で我々を戸惑わせないで下さい。簡潔にお願いします。何故ミクロの世界における余剰次元が私達の地球に干渉するという貴方のご高説を」

オリハナが焦ったい素振りをあざとく見せて、話を強要する。

「簡潔に・・か、だとすると方程式を並べるのが最も効率的だが、それで良いかね?」

「ドクター!」

対策会議のメンバー達が不満の声を上げる。高等数学の知識が有れば解らない数式ではないのだが。

ふうっと溜息を吐き出してパルドフは続ける。

「余剰次元の影響を受けている我々のような空間次元は他にもあるらしい。高次元側から見ればその方向にエネルギーが流れ出しているわけだが」

パルドフは汗を拭おうとどこかのポケットに入れたはずのハンカチを探る。

ようやく探し当てたそれで額の汗を拭く。

「その高次元に浮かぶ別の空間次元に有るこの地球に似た星が、我々の地球の空に映し出されている、そう言う説でしたね。何の潮汐力も持たないあの星達が虚像だと言うのは理解できますが、何故可視光線としてあれらは映し出されているのか、そして貴方達専門家がそれを危険視する根本を教えて頂きたいのです」

「それは・・・」

パルドフは少し口籠もる。


「物理の定数が突如一つ増えたからだ」

「物理の定数が増えた?」

オリハナが訝しげな声を上げる。

「我々は余剰次元によって作られた膜の上の三次元の世界に縛られている。我々の知る全ての物資、質量、つまりエネルギーは膜上において存在するが、そしてミクロの世界では基本弦の振動状態を余剰次元によって縛られている。

知っていると思うが、重力だけは膜を離れ余剰次元へ伝播することが出来る。

高次元の彼方に存在する別の膜時空へも移動する事は可能だ」

奥の方にいる若い金髪の女性が口を挟む。

「つまり教授は空に映し出されている地球に良く似た球体は高次元の彼方にある別の地球という事ですか?」

彼女はずっと黙っていたが、対策会議のメンバーの中では最も注意が必要な人間だ。自分に理解出来ない事はあってはならない、そういう反知性主義者だ。パルドフは少し声のトーンを落とす。

「間違ってはいないが、補足させてもらえれば本来高次元に浮かぶ他の膜宇宙は我々の時空と同じ物理法則を持つ可能性はほとんどない。だからたまたま我々の時空の直近に同じような膜宇宙が存在する可能性は殆ど無い。したがってあの星達が存在する膜宇宙は、何者かの意思によって創られたものだ」

それ故その仮想膜上の空間はごく限られた狭い、地球のみを存在させる為のものだろう。

オリハナが問う。

「教授、お話はまあ理解できますが」

パルドフはフンと鼻を鳴らしそうになる。

「何故高次元に浮かぶ膜上あの星達が、我々の空に映るようになったのですか?そして貴方達専門家がそれを脅威だと言う理由は?」

少し間を置いて勿体ぶったようにパルドフは更に声を低くして怒気を含める。

「あれらが我々の地球と相互作用を始めたからだ。厳密に言えばそれは遥か昔から作用されていたが、我々の目から隠されていた。そしてそのベールが剥がされた。今やあの星達は直接的に我々の地球と繋がろうとしている。それが進行すれば・・・この地球は銀河の腕を剥ぎ取って崩壊するだろう」

その場にいた対策会議のメンバー達がどよめく。

「教授」

先程の金髪の女性が一人落ち着いた表情で声を上げる。

「その危機を防ぐ方法はあるのですか」

ざわついていた一同が沈黙する。

「そうだな。あれらの星達との相互作用を断ち切る事が出来れば可能かも知れん」

「その方法は?」

「今のところは高次元を通してどうやってあれらの星が私らの地球と繋がっているかを調べているところだ」

「その仮想膜に地球によく似た星を創った存在については?」

「全く検討もつかんね」

もうこの辺で質問する気もなくなっただろう。

沈黙に浸されたその部屋を見回してパルドフも口を閉じ、申し訳程度に用意した壇上の資料をまとめ始める。


「教授、是非お願いしたいのですが、私たち対策会議のメンバーを貴方達科学者グループのいるラスト・ライブラリに入れるよう取り計らって頂けないでしょうか?」

またあの金髪の女性だ。名前はなんと言ったか、サラ・・・

「貴女は自分で何を言っているか、理解しているのかね?」

彼女は能面のような表情に僅かな感情を込める。

「パルドフ教授、この世界の危機に対して貴方方専門家が、鉄壁の壁を作り一切の状況報告を拒んでいるのは理不尽だと私は考えます。同じ人間として共にこの状況を超える手段を考え共有しましょう」

パルドフは整理し始めた資料から手を放す。怒りが理性を隅へ追いやっていく。

「何故私たち科学者がラスト・ライブラリを作り自らのの安全を確保しなければならなかったか、貴女は忘れたわけではないだろう?」

彼女は束の間沈黙を強いられる。そして先程までの毅然とし過ぎた口調が削がれていく。

「教授、あれは不幸な事故だったのです。人間は誰しも野蛮な感情を持っています。時にそれを制御出来ない時もあるのです」


パルドフは顔を上げ、一同を見渡す。彼等のような知性を憎む者達によって科学者が現在の危機を予言した時、暴徒達によって多くの科学者とその家族が虐殺された。それ故パルドフ達はラスト・ライブラリを作り身の安全を確保しながら対策を研究せざるを得なかった。

「あれをただの不幸な事故だと言う者達に話すことは何もない、知っているだろうが私は妻と娘を貴方達の非道な行為で失った。あんたの言う通りだよ。人は野蛮な感情に取り憑かれる。私らはそれから逃れる為に自分達のエリアに閉じこもった」

もはや声を上げる者はいなかった。オリハナさえ固く口を結んでいる。


会場から対策会議のメンバー達が謦咳を漏らしながら去っていく。


閑散としたその場をパルドフも後にしようとしていた。

その時今まで視界に入らなかった入り口の方から若い東洋系の女性が近づいてきた。

「ドクター・パルドフ、シャドウ・エリアは個人の資質を認め一定の条件を満たせば新たに入る事が出来ると聞きました。私は貴方達に有益な情報を持っています。そして私は貴方達に協力を申し出るつもりなのですが」

彼女の表情は美しく理知的に見えた。あの対策会議の面々には無かったものだ。パルドフは少し彼女に惹かれた。

「有益な情報・・・・ね」

彼女は優美な表情を崩さず、流れるように声を出す。

「空に浮かぶあの幻影の星達の位置にある太陽の鞘について、まだ貴方達はその情報を公開しておりませんよね」

パルドフは眉を顰める。

咳払いをして尋ねる。

「君の名前は?」

彼女は即答する。

「私の名前は在城夕子。あの教団の教祖だった在城龍斗の妹です」


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