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209、 未来 世界を創る戦いⅠ

自分たちが守ろうとした地球と、そこに生きる人々は、遥か上方の階層へと追いやられてしまった。そして、零とベルティーナがいた階層には、シニスが静かに降り立っていた。


「ダークは私たちがゲージ場の下から攻撃すると予測していたのでしょう。クァンタム・セルの窓を作り出したのも、もともとはシニスの親である創造者たち。クァンタム・セルからのゲージ変換攻撃はダークには防げないから、彼らは自らをゲージ変換し、この階層に降りてきた。地球の大樹が燃やされる前に行動を起こしたのね」


零の言葉にベルティーナは息を呑み、地表をじっと見つめた。眼下では白く渦巻く霧が地上を覆い、ガスが激しく吹き上がっている。その下にあったはずの生命や街並みは、もうどこにも存在していないようだった。


ベルティーナは深く考え込む。ダークはもう元の階層に戻れない。それは創造者たちにとっても想定外のはずだ。しかしダークは人間のように手段にとらわれず、目的のために最善を尽くす。


「ダークは私たちの知る人々を上階層へと押し上げ、ゲージ変換を施してシニスにしようとしている。そしてこの階層を消滅させ、新しい世界の構造を創り出すつもりですね。では上の階層へと追いやられた人々はどうなってしまったのですか?優香や侑斗、史音たちは……?」


ベルティーナは最悪の予感を抱きつつも、確認せずにはいられなかった。


零は表情を固めて答える。

「私たちが知っている彼女たちは、もういないでしょう。でも、まだダークと戦う方法はある」


零はベルティーナを手招きして、北の羅針盤があるフライ・バーニアの操作室へ向かった。そこにはかつて何度も転移創造で使った制御パネルがあった。零は慎重にその装置を操作し、クァンタム・セルの窓を捉えた。


モニターには、この地球の階層構造が立体的に映し出されていた。そこにはベルティーナがかつて上った階層への階段が映り、彼女が訪れたパリンゲネシアの階層が黒く濁って見えた。まるでインクが滲むように、その黒い汚れが下の階層を侵食し、新たな階層を創り始めていた。


「さて、どうしますか?シニスの階層へと追いやられた皆をどうやって取り戻します?」

ベルティーナが冷静さを保とうとしながら、零に尋ねた。


零は真剣な顔で言った。

「実はダークの反撃も少しだけ予測していたの。あなたには受け入れがたいかもしれないけれど」


零が床のモニターに映し出したフライ・バーニアの座標図には、シニスに書き換えられる前の階層の情報がすべて記録されていた。それを見てベルティーナは零の真意に気づく。


「レイ・バストーレ……あなたはシニスに置き換えられる前の世界の情報をここに保存していたのですね。つまり、シニスに追いやられた人々を取り戻すつもりはないということですか?」


ベルティーナの問いに、零は表情をさらに硬くした。


「ダークは私たちに対抗するため、自らの存在の次元を下げ、侑斗たちを自分の代理として操ろうとしている。もう彼らはほとんどシニスに書き換えられている。だから、取り戻すことはできない。私たちに残された手段は、階層を降りてきたダークを倒し、この世界を私たちの知る世界に書き換えるしかない」


ベルティーナは静かにため息をついた。

「つまり、ダークを倒して世界を創り直すしかないのですね……」


零の計画はシンプルだったが、ベルティーナには重いものだった。情報から創り直した世界は、本物の世界と言えるだろうか?しかし、逡巡の末、ベルティーナは諦めを含んだ結論に至る。自分たちは転移創造を繰り返し、自分を何度も創り直してきたのだ。世界全体に同じことを適用するだけだと。


しかし、一つ大きな問題があった。

「私たち二人の力で世界そのものを創り直せるのですか?」


ベルティーナが不安げに問いかけると、零は少しだけ表情を緩めた。そして、モニターに映った階層構造の中央付近を指差した。


「私たちだけで成功する可能性は、せいぜい5%くらい。でも、ここを見て」


零が示したその場所には、小さな針のような光が微かに瞬いていた。


「これは……?」


ベルティーナが驚きに満ちた声を漏らすと、零は力強く頷いた。

「これは私の分身、木之実亜希のエネルギーよ。ダークにもゲージ変換できなかった力が階層の間で留まり、今も激しく輝いている。この力を使えば、新しい世界を創り出す成功率は飛躍的に高まるはず」


木之実亜希の力――銀河の遥か彼方で悲鳴を上げる者たちから無限に注がれるエネルギー。それがあれば、世界を創り直すことも可能かもしれない。亜希が世界の再生を補助し、零がその力をうまく使えるならば、可能性は確かに存在していた。


「ただ、一つだけ心配がある。亜希さんが自分自身をもう人間ではない、日常に戻れない存在だと感じていたら、新しい世界を創ることは難しいかもしれない。亜希さんの潜在意識が世界を再構築する鍵になるわけだから」


銀河の頂点に近い階層に存在する者たちは、ベルティーナや零を操り、亜希を生み出したという。パリンゲネシアで史音とともに暮らした亜希を史音は「ちょっと阿呆な普通の女」と評したが、それは彼女にとっては十分な褒め言葉だった。ならば、亜希がごく普通の日常を求めているなら、世界を取り戻す望みはあるはずだった。


ふとベルティーナは、自分が亜希と一度も会ったことがないことに気づく。しかし最も信頼する史音が信頼を寄せているなら、きっと亜希も信じられると感じていた。


「下のダークと戦う前に、一つ話しておきたいことがある。もう二度と誰にも話す機会はないだろうから」


零はベルティーナのほうを見つめながらも、その視線は微妙に逸らされていた。


「それは、ユウのことですか?」


鋭いベルティーナは零の言葉から話題を察した。


「ええ、ユウのこと。そしてブルの地球の女と男の関係のこと」


零は目を伏せ、ためらいながらもゆっくり話し始めた。


「すべての地球の元となったこの地球では違うけれど、私たちが生まれた創られた地球は女性が支配的な社会だった。貴女の兄は暴走したけれど、結局、女王制のラナイの国を治めたのは貴女だった」


確かにその通りだ。ベルティーナは、混乱したラナイを救うために力ずくで国を治めざるを得なかったことを思い出した。


零はさらに続ける。

「私のいたブルの地球では、女性の数が男性の10分の1。それでも女性が社会を支配していた。なぜ男たちが不満を感じなかったのか、女に従っていたのか、それには理由がある」


零は苦悩の色を浮かべながら言葉を紡ぐ。


「私たちの地球では女性が男性の本能を操作していた。男性の性的欲求を戦闘本能へと書き換え、人間として扱わず、道具として使い捨てていた。この地球に来て初めてその行為がどれほど酷いものだったのかを理解した」


ベルティーナはその苦しそうな零の言葉に思わず反論した。

「それほど男女比が偏っているなら、女性たちが身を守るためには仕方なかったのでは?」


しかし零は首を振った。

「確かに生きるためにはそうするしかなかったかもしれない。けれど男性を完全に道具として扱い、存在価値を認めずに欲求だけを募らせたブルの女性たちは、あまりにも自分勝手だった」


ベルティーナはしばらく沈黙し、やがて零に問うた。

「あなたはユウにもそうした影響を与えてしまったのですか?」


零は唇を噛みしめた。

「分からない。ただ、無意識のうちにしていた可能性はある」


ユウとレイが旅立ったのは少年少女の頃だ。おそらく答えは明らかだった。


「そんな歪んだ世界でも、ユウの故郷の村の族長の娘は密かにユウに恋をしていた。ユウも身分の違いを知りつつ、彼女に惹かれていた。ユウは特別で、女に媚びない姿勢が彼女や私の心を惹いたのだと思う」


つまり零は、その女性からユウを奪ったことを告白したかったのだ。


「私は今でも、ユウを連れ去った時に彼女が私を睨んだ視線を忘れられない」


なぜ今この告白をするのか、ベルティーナは理解した。零は最後に、自分の罪を告白したかったのだ。


二人は静かに視線を合わせ、戦いの決意を固める。

ベルティーナは戦闘鎧を静かに鳴らし、零もまた戦衣を翻した。


「行きましょう。ダークを倒し、世界を取り戻すための最期の戦いへ」


「ええ、これが私たちの最期の戦い」


二人は決意と共にフライ・バーニアから飛び降り、眼下に広がる真っ白な地球、灰色の霧が渦巻く大気の中へと消えていった。



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